国語教育

 

-科学技術が急速に進む21世紀。だからこそ「言葉」を大切に-

 

未知な未来に向かって果敢に立ち向かっていくためには、知識という基礎力、熟考する思考力、形にする実践力が必要です。国語はそのすべてに必要不可欠な「言葉」を扱っているのです。「言葉」という基礎を習得し、「言葉」によって論理的に思考し、「言葉」を使って表現活動を実践していきます。

京都聖母学院の国語科は、「言葉」を自在に操れるように、様々な学習な学習形態を駆使して授業を作り上げています。例えば、知識の習得には旧来の読み書きに加えてイメージしやすくなるためのグループ学習を、思考を鍛えるためには個人の表現を自由に出し合いながらまとめていくブレーン・ストーミングを、調べたことを表現するためのプレゼンテーションや作品展示などを行います。また、思考や作品に必要な情報を得るために、積極的にICTを活用しています。私たちは、自分たちの手で課題を解決して21世紀を作り上げていく、そんな皆さんをサポートします。

正確さと美しさ
「人間は言葉でものを考える」という言い方は、半分しか正しくありません。あなたの頭の中にあるあなたの「考え」は、それだけでは誰にもわかってもらえません。「声」に出してもすぐに消えてしまう。「文字」として書かれて初めて、自分でも客観的に見られるし、他の人に伝えることもできて、一緒に検討したり、理解してもらえるものになります。「言葉の正確さと美しさ」が表裏一体となっているのは、他人のためにフレンドリーでありたいという希(ねが)いがそこに込められているからです。あなたの言葉を磨くこと、それはあなたの心を磨くこと。お手伝いさせていただきましょう。
豊かな人生の《One-Step》
聖書のヨハネ福音書冒頭に「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。(中略)言葉のうちに命があった。命は人間を照らす光であった。」という一節があります。国語は「言葉」を扱い、具体的にも抽象的にも私たちを照らす「光」となってくれます。正確な知識で丁寧に論理的に文章を読み解いていくと、評論であれ小説であれ、あなたの人生を豊かに照らしてくれるでしょう。豊かな人生を歩む《One-Step》  それは国語から始まります。
国語力は生きる力!
私たちの「日本語」を学ぶ。これはまさに私たちの「生きる力」をつくりあげようとすることです。母国語によって論理的に深く考え、感性を磨き、そしてそれを表現していくことによって世界で活躍できる人格形成がなされます。語彙力、読解能力、文章作成能力、古典に対する造詣…。大学進学に必要な積み重ねの学習はもちろん、その延長線上に常に「生きる力」を見すえて「国語」を学びます。
答は一つじゃないことのおもしろさ
国語の作品を読み、問題点をひとりで考えてみる。次にグループで話し合う。他のグループの発表を聴き、納得したり、疑問に思ったり…。国語には、正解が一つとは限らない場合があります。出された問いに対して、仲間と協力して答にたどり着こうとねばる。そのこと自体にも意味があり、それが国語の楽しみの一つだと思います。ぜひ本校で国語の楽しさを実感してください。
ことばの力で自分の世界を広げよう
国語の授業では教科書や問題集の本文、友達の意見などたくさんの人の考えや想いに出会います。語彙や表現の読み取り方、古典作品では古典常識など、幅広い様々な知識を正しく持つことで、その内容を正しく理解することができます。それらの知識や考えや想いはあなたの生きる世界を広げてくれます。授業では、図書館の書物やパソコンを用いて知識を蓄え、その知識をもとにじっくり考え、グループワークや発表を通して自分の意見を発信する機会がたくさん設けられています。
多くの「常識」と様々な「普通」の中で生きるために
現代文では、論理的思考力の養成を主目的として取り組みます。社会の中で生きようとするとき、そこには必ず他者がいて、多くの「常識」と、様々な「普通」が共存しています。そんな社会を生きる武器となるのが、自分の考えをきちんと伝える力。自分の中に生まれた考えや思いを整理し、順序立ててまとめること。目的と根拠を明らかにし、伝えようとする内容に一番ぴったりくる言葉や表現を選択すること。多彩な文章を通してきらきら光る言葉を集め、論理の方法を学び、生きる力として育てていきたいと思っています。
教科書は珠玉の名作集
書店に行くと、「10分で読める枕草子」とか「1週間でわかる源氏物語」といった類の本をよく目にしますが、実はこの手の本は鎌倉時代や室町時代といった遥か昔から存在します。教科書に載っている作品の多くは千年の時を経て様々な時代の人々に愛されているのです。現代でも、ある人は古典の作品を現代小説に置き換え、ある人は古典をモチーフに絵を描きます。こういった作業の原点には古典作品の正確な読解が必要不可欠です。「文法」を「文法」のままで終わらせず、広がりと汎用性のある古典文学の世界に一緒にうずもれましょう。
文章を通じて、君の世界を広げよう
現代文が苦手、という人が少なくありません。ずっと日本語文化圏で生活しているはずなのに、不思議ですね。この苦手意識の克服には、自分の理解できる自分のことば、つまり「自分語」への「翻訳」作業が不可欠です。文章に書かれているのはどういう意味なのだろう。こんな意味かな。この自問自答のトレーニングを援助するのが、私の使命です。そして自分の視野を、文章内容を超えて広げていきましょう。
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