宗教教育

京都聖母学院の一日は、沈黙の後の祈りに始まり、祈りで終わります。そして週に一時間、 宗教の授業を設けています。さらに年間にいくつかの宗教的行事があります。 カトリックの教えを通して、神様と出会い「自分を愛する心」、「人を愛する心」 を育み、愛情豊かな人を育てます。

人は誰でも幸せになるために、神様によって創られました。神様から愛され、大切にされ、認められているということに気づいたとき、私たちは本当の意味で幸せを実感できるのです。校章の<従順:強い意志>と<純潔:素直な感性>と言う言葉を胸に、クラス・授業・行事・クラブ活動を通じ、人と人とのかかわりの中で<幸せな人生>をめざします。

中学1年生から高校3年生まで、週に1時間宗教の授業が行われています。さらに創立記念日などのミサ、クリスマスミーティング、福祉体験、ボランティア活動などの宗教的行事があります。

みなさんは、

「何のために勉強するの?」

「友達って何なんだろう?」

「本当に大切なことって何?」

「命、死って何?」

「私はどうやって生きていけばいいの?」

そんなこと考えたことはありませんか?

その答えが宗教にあります。

 

生きていくにはパン、つまり食べ物が必要です。食べないと死んでしまいます。 今の時代で言うとパンはお金と言えるかもしれません。生きていくのにお金は必要です。 お金は大切です。しかし、聖書が言っていることは「お金だけで、本当に幸せな人生になりますか?」 ということなのです。その答えは・・・宗教の時間にあります。

神の似姿である人間とは?これからの自分の将来を考える
自分を知り、他者の存在の大切さを考える
他者を認め大切にし、社会に目を向ける
友とは何か? 友とともに生きるとは?
今の自分をみつめ、自分らしく生きるとは何かを考える
人間として命を与えられたことに感謝し、生きることの喜びを学ぶ

 

京都聖母学院中学校・高等学校における宗教教育について

京都聖母学院中学校・高等学校は、ヌヴェール愛徳修道会によって1923年に創立されたカトリックミッションスクールです。ミッションとは日本語で「使命」という意味を持ち、京都聖母学院は天地万物を創造された神様から「神を知り、人間らしく生きていける人を育てる」というミッションを与えられた学校ということになります。

旧約聖書第1章31節に「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった」と記されています。人間の目から見ると多くの不幸や不公平に満ちた人生かもしれませんが、神様の目から見るとすべての人生には意味があり、人は最後に神の愛の中に包まれてゆきます。上記のように段階的に学んでいく中で神様に出会い「私らしく、人間らしく生きる道」を見つけてもらうことを願っています。

宗教科部長 / 池上 浩之

 

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