校長ブログ

校長先生、しゃがんで!

カテゴリ:校長のつぶやき

2019.09.19

本日のお昼休み、職員室前の廊下を歩いていると、1年生の女子児童に声をかけられ、しばらくお話をしていました。

私 :「毎日暑いけど大丈夫?」
児童:「大丈夫だよ!校長先生、しゃがんで?」

てっきりおんぶでもせがまれるのかと思っていたら、とってもとっても小さな手でトントントントン。

肩を叩いてくれました。とってもとっても優しいリズム。

「ありがとう!」とお礼を伝えると、柔らかくて穏やかな笑顔を返してくれました。いつもの無邪気な表情とは違う、少し大人な一面にほっこり。

運動会の練習などで疲れてもいるだろうに、他者に気遣いができる児童に囲まれ、毎日幸せです。

ちょっとしたこと

カテゴリ:校長のつぶやき

2019.09.13

日々、ちょっとしたことでうれしくなる。

校長室に遊びにきて、メモ用紙に似顔絵を描いてくれる女の子。
わざわざ職員室までやって来て、採ったカマキリを見せてくれる男の子。
毎日好きな曲を紹介して、一緒に歌ってくれる男の子。
共遊の時間や昼休みのたびにドアをノックしては、遊びに誘いに来てくれる子どもたち。
教室に足を運ぶと、オバケパーティー?やカードゲームに誘ってくれる女の子たち。
毎朝、通学路で出会うと、元気に駆け寄り、手を繋いで一緒に登校する1年生たち。

あなたたちにとってはちょっとしたことでも、校長先生はいつも元気をもらっています。

週のおわりにふと振り返ってみると、いろんな繋がりがあったことを思い出しました。

ここに書いたのはほんの一部分だけど。

日々のちょっとしたこと、ありがとう。

学年ミサと第3回Nevers English Club

カテゴリ:校長のつぶやき

2019.09.07

昨日の午前中は複数の行事が開催され、三たび保護者の皆さまの前でお話をする機会に恵まれました。

最初は2年生の学年ミサ終了後。5分程度、始業式や月曜朝礼で子どもたちに伝えた内容を共有しました。

世界で実際に起こっている環境や気候の変化に対して、自分たちはどんなことができるのか。年齢はただの数字に過ぎず、子どもたちだって機会を与えられれば、情報を発信することは十分にできる。そして、多くの大人がなぜ環境問題含め社会の諸問題に対して見て見ぬ振りをするケースがあるのか。問題意識を持ち続けることや声を上げることの重要性について説きました。

また、Men for othersの精神には、社会の中で苦しい思いをされている少数派の人たちの目線に立って、心を寄せて、辛い思いをされていたら喜んで手を差し伸べることも含まれる。私が公の場で日本語と英語の両方でお話をするのは、日本語を介してのコミュニケーションがままならない方々が日本社会の中で苦労されていることを熟知しているからで、その場に一人でも日本語では意思疎通ができない方がいらっしゃるのであれば、相手の立場に立つ必要や義務があり、21世紀を生きる者として外国語も使う責務があるのではないか。

こういったお話をお伝えしました。

その後、3年生のミサでは共同祈願に加えて頂きました。3年生とも、授業やモジュールに参加し、外で遊び、教室や校長室でお話したりと一緒に過ごす時間が増えており、ひとりひとりの良い面が少しずつ見えてきましたので、彼らの良さが複数の物差しによって、柔軟にそして公正に認められ、さらに輝きを増すような環境が整えられますように、そして学校と保護者の皆さまが協力して、教育に関わっていくことができますようにお導きくださいと祈願いたしました。

そして、最後は第3回 Nevers English Club。様々な行事が重なったにも関わらず、約20名の参加者があり、胸が熱くなりました。今回は一部リクエストにもお応えして、以下のようなラインナップ。

1.発音矯正(特に母音の出し方)の仕方
2.発音矯正のための効果的な洋楽の紹介
3.ORTを用いた多読多聴の始め方
4.ミュージカルスキットを使った英語の学び方

4番目はライオンキングの名場面を題材にグループごとに役になりきり、短いスキットを歌付きで練習して頂きました。なかなか最初は恥ずかしいのですが、最後は楽しそうにグループ発表される様子を眺めながら、幸せな気持ちになりました。

「英語が楽しい!」と「英語力が伸びる!」は両立すると信じており、また、私自身、常に語学を学び続ける立場ですので、これまで実践してきたことに加え、最近取り入れていることも余すことなくお伝えするようにしています。

一見、私の単なる道楽のような英語で楽しむ会ではありますが、保護者の方々と英語学習や英語教育の情報を正しく共有し、子どもたちの成長の一助になればと思い、定期的に開催しています。

会の終了後も数名の保護者の方々とゆっくりとお話することもでき、嬉しい限りでございます。早いもので通算3回目の開催となりました。4回目の開催は詳細が決まり次第、お便りにてお知らせ致します。今回もお忙しい中、Nevers English Clubに足を運んで下さいまして、誠にありがとうございました。学年ミサならびに説明会にお越しくださった方々にも重ねて御礼申し上げます。

激動期と言われる現代において、来るべき変化に対応すべく、集団のひとりひとりが持っている多様な能力や資質が生かされる環境や雰囲気作りをいつも考えています。子どもたちが不安や恐怖を持ってしまう、単一の物差しだけで評価される「金魚鉢」のような場所はその来るべき変化に対応できず、硬直化してしまいますので。

校長室を訪れる小さな天使たち

カテゴリ:校長のつぶやき

2019.06.26

ここ3日ほど、どういう訳か校長室を訪れる子どもの数が増えています。昨日は「英語の本を一緒に読んでもらえませんか?」と一人の子どもがやって来ました。発音がとても上手で感心しました。「誰に何と言われようと、今の綺麗な発音に自信と誇りを持って英語を続けてね!」と声をかけました。私自身が中学1年生の頃、複数のクラスメイトから自身の発音をからかわれた時、当時の英語担当の先生が守ってくださったことが教師を志した理由のひとつなので、その子どもが備えている宝物のような才能が同調圧力ややっかみで潰されないように見守っていきたいと痛切に感じました。

それから今日は郵便局との繋がりで授業を行っている2年生子どもたちが校長宛の葉書を配達にやって来ました。手作りの帽子を被り、郵便局員さんに扮した子どもたちがとてもかわいらしく、さらにクラスのみんなが書いてくれた葉書を受け取り、感激しました。それぞれの子どもたちが丹精こめて書いてくれたメッセージはどれも温かく、励まされるものばかり。返事を出しますので、楽しみに待っててくださいね。

さらに複数の子どもたちが「絵本の読み聞かせをしてくれませんか?」とやって来ました。校長室の奥には英語の児童書、絵本、ペーパーバックなどが置かれていることに驚き、お気に入りの本に手を伸ばしては食い入るように見入っていました。共遊の時間やお昼休みの時間は限られているので、「またいつでも来ていいよ!」と伝えると、嬉しそうな表情をして子どもたちは去っていきました。

出張などで留守にすることも多いのですが、より人が入りやすく、敷居の高くない場所として、校長室も認知されたら嬉しいです。今日の午後は特に人の出入りが多く、小学生、中学生、海外からの訪問者が同時に校長室で交流しているという、非常に賑やかな時間帯もありました。

さて、校長室を訪れた子どもたちの素直な目の輝き、生きる歓びを目の当たりにした時、私はマタイによる福音書の、イエス様が仰られた次の言葉が頭に浮かびました。

マタイによる福音書 18章
1 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。
2 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、
3 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。
4 この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。
5 また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。
6 しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。


この子どもたちの目の輝きを失うことがないよう、私たちはイエス様の言葉の通り、大人こそが、学びの素直さを輝かせて、子どもたちと共に歩んでいきたいと思っています。

よく知られた一節ですが、この18章の書かれた内容を思い出しながら、子どもたちが目の輝きをいつまでも失わないような関わりを続けていきたい、そう強く願う一日となりました。

遊びと学びは繋がっている

カテゴリ:校長のつぶやき

2019.05.31

先日見学した本校の情報の授業が素晴らしいものでした。「スフィロ(Sphero)」という球体のロボティック・トイをアプリと連動させて動かします。自分でプログラムを組んでロボットの動きを決めることができるのです。

6年生が、このロボティック・トイを使って、「1年生ともっと仲良くなりたい!1年生のために遊びを考えよう!」とロボットの動きや遊び方を考えました。

水に浮かべてみたり、ロボット同士を戦わせてみたり・・・。6年生の上手な説明や手助けを受けながら、1年生が夢中になって遊ぶ光景ににんまり。最初は緊張気味だった1年生もすっかり6年生と打ち解け、嬉々として遊んでいました。そんな遊びの場面場面を細かく見てみると、上級生の主体的な声掛けや下級生の積極的な問いかけなど、様々コミュニケーションの形が見られました。

そこでふと思い出したのが、新学習指導要領。「主体的・対話的な深い学び」が掲げられていますが、明治政府樹立後の日本の学校教育では育まれにくかったものです。

日直の号令に合わせて、起立、礼、着席で授業が始まり、教員が黒板に板書して知識を披露する。それを子どもたちは黙々とノートに写し、テストのために暗記する。その出来不出来をテストで測るというプロセスが重要視されました。

確かにこの教育スタイルが求められ、うまく機能した時代があったことを否定はしません。明治の開国から高度経済成長期まで工業化が求められました。管理者の指示を素直に聞き入れ、マニュアルをきちんと暗記し、正確に仕事を処理し、規則的に同じルーティンをこなすことができる人材を時代が求めていたのです。

しかし、時代は変わりました。本校が3本柱のひとつに据える21世紀教育やPBLの中で当たり前のように育まれる、「主体的・対話的な深い学び」へと教育の方針が変わり始めました。AIに代替できない人間の能力をこれからは伸ばしていかなければなりません。

ただし、気をつけたいことがあります。プログラミングなどの知識にばかり偏ってしまうと元の木阿弥です。自ら考え、創造的なアイデアを出し、他者と協働してアイデアを形にしていく実行力を持つためには、幼いころからやるべきことがあります。それは「遊び」です。

キャベツの葉についた虫の動きをゆっくりたっぷり見つめてみたり、苦労しながら木に登ってみたり、子どもたちが思い思いに好きな時間を過ごすことが大切。

大人から見ると何をしているかよく分からない、大人が思っている「学び」にとっては非効率で、遠回りな過程である「遊び」こそが子どもたちにとってはかけがえのないものなのです。感性が豊かで想像力のある人間へと導く根源的な活動とも言えます。

ある対象に興味を持ち、ゆっくりと時間をかけることで、子どもたちの内側で何かが芽生え、熟成していく。ひとりひとり関心を抱く対象は異なっていて当然で、遊び方も人それぞれでいい。

そして、幼い頃にしっかり遊んだ子どもたちは、将来、独自の考えを持ち、独創的なアイデアを持つようになるでしょう。

21世紀の今、学びの質の転換が求められているのです。本校のPBLはワクワクするプロジェクトや課題に取り組むこと。遊びと地続きの学びです。

加えて、子どもたちと日々接する教員もオリジナリティを持つためのゆとりや遊びの時間が非常に重要であるとも思います。

毎日、できる限り、朝遊び、共遊、お昼休みは外に出て、児童と遊ぶようにしています。遊んでいる時はもちろん、ダンゴ虫をはじめ様々な生き物を発見しては目を輝かせている時の彼らの表情はイキイキしています。遊びながらまさに学んでいます。

6年生の授業と日々の児童との遊びの中で、21世紀教育やPBLに求められるものについて考えてみました。



トップへ戻る