校長ブログ

校長室を訪れる小さな天使たち

カテゴリ:校長のつぶやき

2019.06.26

ここ3日ほど、どういう訳か校長室を訪れる子どもの数が増えています。昨日は「英語の本を一緒に読んでもらえませんか?」と一人の子どもがやって来ました。発音がとても上手で感心しました。「誰に何と言われようと、今の綺麗な発音に自信と誇りを持って英語を続けてね!」と声をかけました。私自身が中学1年生の頃、複数のクラスメイトから自身の発音をからかわれた時、当時の英語担当の先生が守ってくださったことが教師を志した理由のひとつなので、その子どもが備えている宝物のような才能が同調圧力ややっかみで潰されないように見守っていきたいと痛切に感じました。

それから今日は郵便局との繋がりで授業を行っている2年生子どもたちが校長宛の葉書を配達にやって来ました。手作りの帽子を被り、郵便局員さんに扮した子どもたちがとてもかわいらしく、さらにクラスのみんなが書いてくれた葉書を受け取り、感激しました。それぞれの子どもたちが丹精こめて書いてくれたメッセージはどれも温かく、励まされるものばかり。返事を出しますので、楽しみに待っててくださいね。

さらに複数の子どもたちが「絵本の読み聞かせをしてくれませんか?」とやって来ました。校長室の奥には英語の児童書、絵本、ペーパーバックなどが置かれていることに驚き、お気に入りの本に手を伸ばしては食い入るように見入っていました。共遊の時間やお昼休みの時間は限られているので、「またいつでも来ていいよ!」と伝えると、嬉しそうな表情をして子どもたちは去っていきました。

出張などで留守にすることも多いのですが、より人が入りやすく、敷居の高くない場所として、校長室も認知されたら嬉しいです。今日の午後は特に人の出入りが多く、小学生、中学生、海外からの訪問者が同時に校長室で交流しているという、非常に賑やかな時間帯もありました。

さて、校長室を訪れた子どもたちの素直な目の輝き、生きる歓びを目の当たりにした時、私はマタイによる福音書の、イエス様が仰られた次の言葉が頭に浮かびました。

マタイによる福音書 18章
1 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。
2 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、
3 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。
4 この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。
5 また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。
6 しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。


この子どもたちの目の輝きを失うことがないよう、私たちはイエス様の言葉の通り、大人こそが、学びの素直さを輝かせて、子どもたちと共に歩んでいきたいと思っています。

よく知られた一節ですが、この18章の書かれた内容を思い出しながら、子どもたちが目の輝きをいつまでも失わないような関わりを続けていきたい、そう強く願う一日となりました。

遊びと学びは繋がっている

カテゴリ:校長のつぶやき

2019.05.31

先日見学した本校の情報の授業が素晴らしいものでした。「スフィロ(Sphero)」という球体のロボティック・トイをアプリと連動させて動かします。自分でプログラムを組んでロボットの動きを決めることができるのです。

6年生が、このロボティック・トイを使って、「1年生ともっと仲良くなりたい!1年生のために遊びを考えよう!」とロボットの動きや遊び方を考えました。

水に浮かべてみたり、ロボット同士を戦わせてみたり・・・。6年生の上手な説明や手助けを受けながら、1年生が夢中になって遊ぶ光景ににんまり。最初は緊張気味だった1年生もすっかり6年生と打ち解け、嬉々として遊んでいました。そんな遊びの場面場面を細かく見てみると、上級生の主体的な声掛けや下級生の積極的な問いかけなど、様々コミュニケーションの形が見られました。

そこでふと思い出したのが、新学習指導要領。「主体的・対話的な深い学び」が掲げられていますが、明治政府樹立後の日本の学校教育では育まれにくかったものです。

日直の号令に合わせて、起立、礼、着席で授業が始まり、教員が黒板に板書して知識を披露する。それを子どもたちは黙々とノートに写し、テストのために暗記する。その出来不出来をテストで測るというプロセスが重要視されました。

確かにこの教育スタイルが求められ、うまく機能した時代があったことを否定はしません。明治の開国から高度経済成長期まで工業化が求められました。管理者の指示を素直に聞き入れ、マニュアルをきちんと暗記し、正確に仕事を処理し、規則的に同じルーティンをこなすことができる人材を時代が求めていたのです。

しかし、時代は変わりました。本校が3本柱のひとつに据える21世紀教育やPBLの中で当たり前のように育まれる、「主体的・対話的な深い学び」へと教育の方針が変わり始めました。AIに代替できない人間の能力をこれからは伸ばしていかなければなりません。

ただし、気をつけたいことがあります。プログラミングなどの知識にばかり偏ってしまうと元の木阿弥です。自ら考え、創造的なアイデアを出し、他者と協働してアイデアを形にしていく実行力を持つためには、幼いころからやるべきことがあります。それは「遊び」です。

キャベツの葉についた虫の動きをゆっくりたっぷり見つめてみたり、苦労しながら木に登ってみたり、子どもたちが思い思いに好きな時間を過ごすことが大切。

大人から見ると何をしているかよく分からない、大人が思っている「学び」にとっては非効率で、遠回りな過程である「遊び」こそが子どもたちにとってはかけがえのないものなのです。感性が豊かで想像力のある人間へと導く根源的な活動とも言えます。

ある対象に興味を持ち、ゆっくりと時間をかけることで、子どもたちの内側で何かが芽生え、熟成していく。ひとりひとり関心を抱く対象は異なっていて当然で、遊び方も人それぞれでいい。

そして、幼い頃にしっかり遊んだ子どもたちは、将来、独自の考えを持ち、独創的なアイデアを持つようになるでしょう。

21世紀の今、学びの質の転換が求められているのです。本校のPBLはワクワクするプロジェクトや課題に取り組むこと。遊びと地続きの学びです。

加えて、子どもたちと日々接する教員もオリジナリティを持つためのゆとりや遊びの時間が非常に重要であるとも思います。

毎日、できる限り、朝遊び、共遊、お昼休みは外に出て、児童と遊ぶようにしています。遊んでいる時はもちろん、ダンゴ虫をはじめ様々な生き物を発見しては目を輝かせている時の彼らの表情はイキイキしています。遊びながらまさに学んでいます。

6年生の授業と日々の児童との遊びの中で、21世紀教育やPBLに求められるものについて考えてみました。



香里ヌヴェールに英語ディベート文化誕生

カテゴリ:校長のつぶやき

2019.05.29

本校の高校1年生と2年生、12名と英語ディベートのコミュニティを作りました。各教室で即興型英語ディベートの魅力と可能性について話をさせてもらったのが4月。思いのほかたくさんの挑戦者が集まりました。

さて、即興型(パーラメンタリー)ディベートとは、一種のパブリックコミュニケーションです。英国の議会を模した「一般的な知識と価値観を持つ聴衆を説得する」ための討論ゲームだと言われています。

英語ディベートに取り組むと以下の能力の向上が見込まれます。

◎コミュニケーション能力
◎論理的で柔軟な思考力
◎即興性
◎課題発見力
◎問題解決力など

まさに21世紀教育にふさわしい、グローバル人材に求められる能力を育む訓練と言えますね。

ディベートを実際にやってみると分かるのですが、人をいかに説得するかが勝負で、単に知識を伝えるだけでは不十分です。聞き手が納得できる明快な表現や説明が求められます。

争点や討論の内容を整理し、反駁し、聴衆の意識を惹きつける話し方とユーモアのセンスも重視されます。大勢の前で英語を駆使して聴衆を説得することは技術を要することですし、最初はかなり緊張もしますが、慣れると快感へと変わりディベートの虜となります。

また、直前に与えられた論題に対して柔軟に思考し、議論をチームメイトと共に組み立てていくプロセスもパーラメンタリーディベートならではの魅力です。

まだまだ始めたばかりの部員たちですが、現状を憂うのではなく、未来を語ってあげることで、日に日にモチベーションが上がり、毎日放課後ディベートに取り組んでいます。

6月9日(日)に本校でHPDU高校生ディベート新緑杯を開催します。関西のチームだけでなく、愛知、福井、徳島などからのエントリーもあり、当日が楽しみです。本校からは高1から1チーム、高2から1チームが参加します。詳細は以下のリンクからHPDUのホームページでご覧ください。

https://www.hpdu.jp/

当日の見学も大歓迎です。

日本人と英語力

カテゴリ:校長のつぶやき

2019.05.22

日本国内の英語教育&ビジネス市場は8000億円規模とも言われ、書店に足を運べば所狭しと英語関連の本が並べられています。おそらく毎月新しい本が出版されてはいますが、冊数に比例して日本人の英語力が高くなったという話は耳にしたことはありません。

多少穿った見方かもしれませんが、以下のような空気が日本を覆ってしまっているような気さえすることがあります。

「日本にいては英語力が身につくことはない。」

「日本人には本当は英語力なんて必要ない。」

グローバル化という言葉を耳にしない日はないくらいですが、実はグローバル化という言葉を信じている日本人は思いのほか少ないのかもしれません。

しかし、海外に目を向けると、今まで英語教育に熱心ではなかった印象のあるロシア、フランス、スペインといったヨーロッパの国々が方向転換をし、アジアの周辺諸国も日本よりもずっと進んだ英語教育を展開しています。

それに対して、高校卒業時の大半の日本人の英語力はCEFRに換算するとA1程度と言われます。つまり、中高6年間の英語教育を受けても、自由に読み書きができず、不自由なく英語を聞き、英語を話すことができません。

なぜなのでしょうか?

帰国子女ではないからでしょうか。

バイリンガルではないからでしょうか。

違いますよね。やり方や教え方が悪いのです。

そして、英語「を」学ぶと同時に、英語「で」学ぶというマインドでワクワクしながら語学習得に時間を費やしていないからなのです。

これまでの英語教育で大量生産されてきたモデルは、日本語脳を基盤にして、英語を「和文和訳」や「英文和訳」というフィルターを通して処理するというものでした。

それに対し、今後、本校の英語教育で求めていきたいモデルは、日本語コンテキストでは日本語脳で日本語を処理し、日本文化に相応しい所作にまで十分に適応し、英語コンテキストでは英語脳で英語を処理し、英語文化に相応しい所作にまできちんと適応するというモードチェンジが可能なものです。

香里ヌヴェール学院小学校の英語教育では、上で述べたようなバイリンガル教育で掲げられる理念を体現し、具現化して児童の言葉に対する感性を磨き、日本語と英語双方の力を高める環境を整えていきます。

これまで実践してきたフォニックス、多読多聴、多話多書、生素材、ディベート、ディスカッション、そして海外でのプログラムなどを小学校でさらに深く濃く落とし込むことを計画しています。

最近は、マイルドな語り口でお話しすることが多かったのですが、今週金曜日の私小連全大会の基調講演では、より鋭く英語教育についてお話したいと思っています。

校長室へようこそ!

カテゴリ:校長のつぶやき

2019.05.17



本日、1時間目と2時間目の授業中に、かわいい来客が数多く校長室を訪れました。1年と2年の児童たちです。学校探検の目的地のひとつに校長室も含んでくれていたんです。

日頃、なかなか入ることのできない未知の空間に、みんな興味津々。せっかくの機会でしたので、洋楽をかけ、セサミストリートのエルモと一緒に出迎えました。

どのグループの児童にも応接用の椅子に腰かけてもらい、英語絵本の読み聞かせを体験してもらいました。低学年の子どもたちが思いっきり笑ってくれる絵本を数冊チョイス。愉快な絵本を堪能してくれたようで、校長室が笑顔でいっぱいになりました。

いつも大人しか足を踏み入れない校長室がとびきり華やかになった2時間でした。面白い絵本を用意しておくので、また足を運んでくださいね。

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