校長ブログ

友だちの喜ぶこと

カテゴリ:校長のつぶやき

2015.09.07

 今日の朝礼で、友情を深めるために大切なことを子どもたちに伝えました。



『入院中の二人の男は病室で、いつも会話をして過ごしていました。家族や仕事のこと、そして昔話等々...窓側のベッドにいる男は動くことが出来ましたが壁側のベッドの男は仰向けのままで体を動かすことが出来ませんでした。

 それで、窓側の男は、昼間起き上がって隣の男に毎日、窓から見える外の眺めを、細かく語ってあげていました。 ――空の色、人々の動き、芝生で遊んでいる子供や恋人たち、公園に戯れる白鳥、美しい大きな木、その向こうの町並みなど―― 仰向けに寝たままの男は、じっと目を閉じて想像をめぐらせながらいつもありがたく聞き、楽しんでいました。

 何日か経って、窓側の男は死んでしまいました。残された男は非常に悲しみました。

 そして看護婦さんに頼んで、彼が去ったあとの窓側のベッドに移り、ちょっとでもいいから、外を見たいと願いました。

 けれども、そのベッドから苦労してどうにか見えた外の景色は、ただ建物の壁ばかりでした。

 男ががっかりして、不思議に思っていたところ、看護婦さんは説明してくれました。

 「亡くなった窓側の人は、目の見えない人でした。恐らく、動けないあなたを喜ばせるために語っていたのでしょう。」(作者不詳)』



 

このお話を読んだとき、自分のしてほしいことを人にしてあげなさいというイエス様の言葉を思い出しました。



窓側の男の願いは、自分の目が見えるようになることだったでしょう。そんな目の見えない男に誰かが周りの景色などを言葉で伝えてあげていたのではないでしょうか。目の見えない男は、その話を聞いて周りの物を知り、想像する喜びを得ていたと思います。



だから、仰向けのままで体を動かすことが出来ない男が、部屋の中のものしか見えず、退屈している姿を見て、窓側の男は、外の景色の様子を伝えてあげることで、壁側の男の気持ちをなぐさめてあげたかったのではないしょうか。



 相手の立場に立つこと、そして、自分がしてもらってうれしかったことを相手にしてあげることが出来たら素敵なことだなと思いました。そして、自分の気持ちが相手に伝わったときには、心からの喜びが生まれることでしょう。

この時に最も大事なことは、誰かに命令されてしたことではなく、自分で考えて行動したことだということです。



 自分で考えて友だちの喜ぶことをしていく子どもたちを育てていきたいと思います。

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