校長ブログ

広島修学旅行

カテゴリ:イベント

2016.05.31



5月26日・27日の両日、6年生と広島に修学旅行にいきました。

初日は、ガイドの方の案内による原爆ドーム見学と平和記念公園の碑めぐりに続き、原爆資料館見学でした。そして、世界記念平和聖堂(カトリック幟町教会)を訪問し、神父様の司式のもと平和のために祈りをささげました。この後、ガイドの方に世界記念平和聖堂を案内していただきました。    

2日目は、呉市の大和ミュージアムを見学した後、広島のソウルフ−ドである広島焼をいただきました。そして、宮島でもみじ饅頭作りを体験し、厳島神社を見学しました。最後に、家族へのお土産を買って帰路につきました。

一泊二日の行程で盛りだくさんの体験ができたことに感謝です。また、碑めぐりのガイドの方々、世界記念平和聖堂の神父様とガイドの方々との出会いは、心に残るものとなり、平和の大切を感じることのできた修学旅行となりました。

その中でも、私の心に一番強く響いたものは、大和ミュージアムに展示されていた遺書でした。戦地にいる兵隊が娘に書いた遺書の実物が展示してありました。戦地にいて、娘を思う父親の気持ちを自分に置き換えて想像すると、遺書から目が離せなくなりました。自分の死後の娘の多幸を祈る言葉を綴った遺書を読むと娘の名前を呼びながら死に行く父親の気持ちが胸に迫り、その切なさに涙が止まらなくなりました。

平和な社会を創るために必要なものはたくさんあると思いますが、その一つは、如何に相手の立場に立つことができるかということではないかと思いました。相手の気持ちを慮る想像力だと思います。自分が父親になって初めて、戦地で遺書を書かないといけなかった兵隊の胸の引き裂かれるような思いがひしひしと胸に迫りました。平和な社会の創り手となる人を1人でも多く育てていくことが大切だと改めて決心した次第です。

温かい挨拶

カテゴリ:生徒たちのこと

2016.05.13

「校長先生、おはようございます。」

「校長先生、こんにちは。」

「あっ。校長先生だ。校長先生こんにちは。」



学校の中を巡回していると、子どもたちが声をかけてくけます。

名前を読んでもらって挨拶してもらうと私に挨拶してくれているんだということが

はっきりと伝わるので、とてもうれしい気持ちになります。

挨拶は、お互いの気持ちをつなぐものだということを改めて子どもたちから教わりました。



毎朝本校では聖書の言葉を復唱します。

今日の朝の聖書の言葉は「神はあなたの名を呼ぶ。神の目にあなたは尊い」でした。

神様は私たちを「人間たち」と一括りにするのではなく、一人ひとりの名を呼んでくださる温かい方です。

そして、私たち一人ひとりを尊い存在として大切にしてくださいます。

まさにこのことを子どもたちに教えてもらいました。

「砂と石」

カテゴリ:校長のつぶやき

2016.05.06

アラブ人の二人の友人がいた。

 ある日、口論になり、一方の青年が相手を殴った。殴られた方は、怒りと悔しさでいっぱいになり、砂の上にこう書いた。「あいつは僕を侮辱して殴った。一番分かり合える友だちだと思っていたのに、何てひどいやつだ!」

それから時を経たある日、殴られた方の青年は、海で遊泳中に溺れかけた。あの同じ友人は、最初に気がついて、必死で彼を助けた。そして、二人は無事に岸までたどり

着いた。助かった青年は、石にこう刻んだ。「僕が溺れかけたとき、君は助けに来てくれた。僕の命を救ってくれた、一番の友だちだ!」

青年が石に刻みつけているのを見て、友人は不思議そうにきいた。「なぜこの前は砂に書いて、今度は石に書くのかい?」

 青年は答えた。「友だちが侮辱したことは、そのうち消えて忘れるように、砂に書いた。そして、してくれたいいことは、いつまでも忘れないように、石に彫っておこうと思ったんだよ。」 (作者不詳) (画:フェリペ・カディス)



友だちを大切にする極意がこの青年の言葉に表れていると思います。

 砂に書くということは、許すということです。一番分かり合えると思っていた友だちに裏切られたショックは相当に深いものです。その時は許せなくても、時間をかけて許すという気持ちがあるから砂に書くのです。石に書くということは、永遠に心に刻むという決意の表れです。その時に心に刻むのは感謝の気持ちだと青年は言っているではないでしょうか。

 もし、逆の考え方になってしまったら、ぞっとしますね。してもらってうれしかったことは砂に書きいずれ忘れる、されて嫌だっことは石に書き永遠に忘れない。恩知らずで恨み深い人生となってしまいます。

 このお話に触れて、許しと感謝の生き方でもって友だちを作ることで平和で幸せな人生が送れるのではないかと感じました。

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