校長ブログ

第1回「貧しい人のための世界祈願日

カテゴリ:校長のつぶやき

2017.11.20

教皇フランシスコさまは、
2017年11月19日を
第1回「貧しい人のための世界祈願日」と
お決めになりました。

その意図は、
「ことばや口先だけではなく、
行いをもって
誠実に愛し合おう」という聖書の言葉の実現です。

子どもたちには、
「私たちが
ことばや口先だけでなく
具体的な 行いを もって
貧しい人を 助けることが
できますように。」と伝えました。

先週、子どもたちは、
カンボジアの子どもたちのための
友だち未来便に取り組みました。

手作りの支援品、おまけ小物や教育支援金を
学校に持ち寄りました。
授業で作った模造紙大のクラスメッセージも
一緒に送付しました。

まさに子どもたちの具体的な行動が
カンボジアの子どもたちを助けることに
繋がります。

この活動を通して子どもたちは
遠い国にいる同じ小学生に思いを
馳せるという経験をしました。
大切なことはこの想像する力だと思います。

目の前にないけれど、
確かに存在する人たちの姿
目には見えないけれど
確かに存在する人の気持ち

目に映らないものを大事にできる力を
これからも育てていきたいと思います。







何を見たか

カテゴリ:校長のつぶやき

2017.11.13

あるところに、真っ暗な牢屋に
入れられている囚人がいました。

この牢屋では、年に一回だけ、
窓から外を眺めることができる日が
ありました。

いよいよその日が来ました。
一人の囚人は、
「あぁ、つまらない。泥んこの水たまりだった」と
言いました。

もう一人の囚人は、
「いや、雨上がりの真っ青な澄みきった空だった」と
言いました。

同じ窓から同じ景色を見たのですが、
2人の囚人は全く反対の感想を述べています。

一人の囚人は、窓から下を見たのです。
雨が降ったため、泥んこの水たまりが
目に写りました。

もう一人は、空を見上げたのです。
そして、雨あがりの澄み切った空が
目に入ってきたのです。

同じチャンスを与えられても、
その生かし方はその人によって
異なります。

「あなたならどうする」という問いが
いつも私達には
投げかけられているのだと
思いました。



素直に気持ちを伝えること

カテゴリ:校長のつぶやき

2017.11.07

カトリック教会の典礼暦では
11月2日を「死者の日」としています。

本校では、今日
追悼祈りの集いを
松村神父様の司式で
行いました。

本校児童のご家族・ご親戚で
この1年間で亡くなった方々のために
祈りを捧げました。

松村神父様のお話を
紹介します。

『自分が何月何日に死ぬかということが
わかっている人はいません。
いつ死ぬかわからないからこそ、
後悔しないように
伝えておきたい気持ちは
素直に伝えるようにしましょう。

ありがとう、ごめんなさいを
素直に言える人に
なりましょう。

また、亡くなった人が生きていたときの
すばらしさを思い出し、
自分たちもそのすばらしさをまねて
生きていきましょう。

死を考えるということは、
自分が今を大切にして、
どのように生きていくかを
考えることなのですよ』

お正月に会ったきりの両親の顔が
浮かんできました。

厳しかったけれど、
情熱的に愛してくれた母。
黙々と働く背中を
見せてくれた父。
ありがとうございます。
生きているうちに
今、伝えます!

トップへ戻る