香里ヌヴェール学院小学校

サイトメニュー

校長ブログ

2019.05.31

遊びと学びは繋がっている

先日見学した本校の情報の授業が素晴らしいものでした。「スフィロ(Sphero)」という球体のロボティック・トイをアプリと連動させて動かします。自分でプログラムを組んでロボットの動きを決めることができるのです。

6年生が、このロボティック・トイを使って、「1年生ともっと仲良くなりたい!1年生のために遊びを考えよう!」とロボットの動きや遊び方を考えました。

水に浮かべてみたり、ロボット同士を戦わせてみたり・・・。6年生の上手な説明や手助けを受けながら、1年生が夢中になって遊ぶ光景ににんまり。最初は緊張気味だった1年生もすっかり6年生と打ち解け、嬉々として遊んでいました。そんな遊びの場面場面を細かく見てみると、上級生の主体的な声掛けや下級生の積極的な問いかけなど、様々コミュニケーションの形が見られました。

そこでふと思い出したのが、新学習指導要領。「主体的・対話的な深い学び」が掲げられていますが、明治政府樹立後の日本の学校教育では育まれにくかったものです。

日直の号令に合わせて、起立、礼、着席で授業が始まり、教員が黒板に板書して知識を披露する。それを子どもたちは黙々とノートに写し、テストのために暗記する。その出来不出来をテストで測るというプロセスが重要視されました。

確かにこの教育スタイルが求められ、うまく機能した時代があったことを否定はしません。明治の開国から高度経済成長期まで工業化が求められました。管理者の指示を素直に聞き入れ、マニュアルをきちんと暗記し、正確に仕事を処理し、規則的に同じルーティンをこなすことができる人材を時代が求めていたのです。

しかし、時代は変わりました。本校が3本柱のひとつに据える21世紀教育やPBLの中で当たり前のように育まれる、「主体的・対話的な深い学び」へと教育の方針が変わり始めました。AIに代替できない人間の能力をこれからは伸ばしていかなければなりません。

ただし、気をつけたいことがあります。プログラミングなどの知識にばかり偏ってしまうと元の木阿弥です。自ら考え、創造的なアイデアを出し、他者と協働してアイデアを形にしていく実行力を持つためには、幼いころからやるべきことがあります。それは「遊び」です。

キャベツの葉についた虫の動きをゆっくりたっぷり見つめてみたり、苦労しながら木に登ってみたり、子どもたちが思い思いに好きな時間を過ごすことが大切。

大人から見ると何をしているかよく分からない、大人が思っている「学び」にとっては非効率で、遠回りな過程である「遊び」こそが子どもたちにとってはかけがえのないものなのです。感性が豊かで想像力のある人間へと導く根源的な活動とも言えます。

ある対象に興味を持ち、ゆっくりと時間をかけることで、子どもたちの内側で何かが芽生え、熟成していく。ひとりひとり関心を抱く対象は異なっていて当然で、遊び方も人それぞれでいい。

そして、幼い頃にしっかり遊んだ子どもたちは、将来、独自の考えを持ち、独創的なアイデアを持つようになるでしょう。

21世紀の今、学びの質の転換が求められているのです。本校のPBLはワクワクするプロジェクトや課題に取り組むこと。遊びと地続きの学びです。

加えて、子どもたちと日々接する教員もオリジナリティを持つためのゆとりや遊びの時間が非常に重要であるとも思います。

毎日、できる限り、朝遊び、共遊、お昼休みは外に出て、児童と遊ぶようにしています。遊んでいる時はもちろん、ダンゴ虫をはじめ様々な生き物を発見しては目を輝かせている時の彼らの表情はイキイキしています。遊びながらまさに学んでいます。

6年生の授業と日々の児童との遊びの中で、21世紀教育やPBLに求められるものについて考えてみました。



(追記)
本校の自慢の遊び場のひとつ、「はだしの広場」に遅ればせながら、昨日デビュー。1年生と相撲を取りました。裸足になって遊ぶ感覚、しばらく忘れていました。いいものですね。

トップへ