お盆が過ぎ、キャンパスでも一気に秋の気配を感じるころとなりました。あるお坊さんの講話で伺ったのですが、お盆は日本に住む人々の精神世界においてとても重要な働きをしているそうです。もちろんお盆に休みを取れない方々もあるわけですが、多くの人々が渋滞や混雑を承知のうえで自分が生まれ育ったふるさとを目指し、今は亡き親や祖父母、会ったことも無いご先祖さまの墓に手を合わせます。宗教の違いやまた無宗教の方々であってもそこに違いは無いのだそうです。そのお坊さんはこのお盆の風習がどれほど犯罪の抑止に貢献しているかわからない。命の有限を自覚してこそ、人は生かされている安らぎを覚えるのです、とおっしゃっていました。また、一昨日までの研修で平等院鳳凰堂を拝観した折にも、ご住職さまより「ま東を向いて建てられたこの鳳凰堂で一日過ごせばやがてその背後に日は沈んでいきます。先日までやかましいほど鳴いていた蝉時雨が、いつのまにか秋の虫にとって代ろうとしている。この時のうつろいを敏感に感じて命のはかなさを浄土への夢に託した平安の人々の祈りが、ここにはあります。」とのお話がありました。
この夏休みに懐かしい顔と再会でき、子どもたちの成長ぶりをともに喜ばれた方もあった一方で、親族の老いを目の当たりにしたり、病気の知人を見舞われたり、さらに大切な方との別れに涙された方もあったことでしょう。そこで感じたことを率直に語ってあげたり聞いてあげたりすることが、何よりも子どもたちの心をたくましく、そして優しくすると思えてなりません。