November 2008 Archives

 今朝はビーズを入れる小さな入れ物を手にした子どもたちが、2階へ2階へと階段をあがっていきます。そうです。今日は祈りの集いの日です。司式は6年の奥 清二郎教諭です。

 後ろまでいっぱいになった聖堂で、「みなさんのまわりに一人ぼっちになって悲しい思いをしている友だちはいませんか?」奥教諭は静かに話し始めました。「Aちゃんは、くさいとかきたないって言われて遊びにもなかなか入れてもらえません。でもBちゃんは、そんなAちゃんとずっとお友だちでいました。ところが、Aちゃんをいじめる子どもたちは、今度はBちゃんに、そんなことをしているとBちゃんが仲間はずれにされるよと言い続けたのです。1年が過ぎたころ、とうとうBちゃんは耐えられなくなって、Aちゃんをいじめる側に入っちゃったのです。」子どもたちは真剣に聞いています。「席替えがあっても、Aちゃんのいる前で隣になった子に『頑張ってね。』なんて言ったり、その隣の子もAちゃんの机と自分の机を離して『大丈夫。離しているから。』なんていうことを平気でいうのです。Aちゃんのプリントもまるで汚いものにさわるかのように、Aちゃんの上に落とすのです。Aちゃんはどんなにか辛かったか...。みなさん、わかりますか?」聖堂は水をうったようになりました。「こんなとき、神様のために働くってどうすることでしょうか。そう、困っている友だちがいたら、すぐに先生に知らせること。先生に言えなければおうちの人に言うこと。友だちでもいい、誰でもいいから、こんないじわるやいじめで困っている人がいるって知らせることなんだね。それが神様のために働くってことだと先生は思います。」短いお話でしたが、子どもたちにまっすぐに入っていったように思います。

 いじめはひっそりと巧妙に行われます。発見が遅れたとき「何も本人から訴えがなかったから」などという教師がいますがとんでもありません。いじめられている本人が訴えるなど、絶対にできないのですから。またいじめは子どもの力では解決できません。どんなことがあっても、絶対にいじめを許さない!何があってもいじめの構造を見つけて叩き壊す!という、学校としての強い意志が全教職員にみなぎっていなければ、神様のために働くことはできないんだ。そう強く感じた祈りの集いでした。

 今月のはじめより、かわいい1年生が、お兄さんやお姉さんとともに掃除の活動に参加しています。わたしが本校の子どもたちの活動の自慢をあげるとするなら、この縦割りで行っている掃除活動をあげます。ご存知のとおり校舎は古く新品の良さはありませんが、ピカッと光る廊下や教室の床には、永年先輩たちが掃除を通して磨きあげてきた汗がしみこんでいます。わたしも香里キャンパスに転勤してきて10年余り、しかし掃除を真面目にやりなさいと叱ったことはほとんど記憶にありません。高学年の子どもが低学年の子どもを指導しながら、限られた時間内はどの子も一生懸命に掃除に取り組んでいます。

ここで、掃除に参加したことを書いた1年生の日記をご紹介いたします。

 

せんせいあのね。きょうひる休みのじかんにそうじをしました。やったことは、いすのあしふきと、ごみすてです。はじめてそうじをしました。むずかしかったのは、ごみすてです。ぼくはわからなかったけれど、おにいさんやおねえさんがどこへいくかおしえてくれたのでできました。

かえりは、おにいさんやおねえさんが

「なにをがんばれたかいえるかな。」

といったので、ぼくは、

「いすのあしふきをがんばりました。」

といいました。

いつもさくらぐみがそうじとうばんだったらいいのになあと、おもいました。

 

 こんな気持ちで掃除してくれた校舎で仕事ができる自分は、幸せだなあと思います。

 昨日と今日は、他校への出張などがあり、ほとんど子どもたちとゆっくり会話することなく過ぎた二日間となってしまいました。子どもが訪ねて来ない校長室は、いくら暖房を入れてもなんだかあたたまりませんね。

 昨日は法人のチャリティーコンサートのことをかきましたが、今月の30日(日)午後2時30分より、聖母女学院保護者会のコーラスグループ「プリム・ローズ」による、チャリティーコンサートが、カトリック香里教会で開催されます。合唱あり、ジャズあり、アコーディオンやヴァイオリンの演奏ありの楽しいコンサートです。会場でご協力いただいた募金は教会をとおして「釜ヶ崎出会いの家」の越冬救済金として全額寄付されます。どうかおひとりでも多くご来場くださいますようにお願いいたします。

 また聖母女学院中高等学校のタイ支援のために、物資のご支援をお願いしております。今日もおひとりのおばあさまが、孫が幼いときに使ったものですが、と可愛いお洋服を袋にたくさん入れて、寒いなか、わざわざ学校までお持ちいただきました。子どもたちのみならず、こうしてご家族までもが、聖母の活動をご支援いただける。本当にありがたいことです。いただきました物資は、トランクにつめ、中高生が自分たちの手でタイにお届けいたします。例年以上に寒い師走になるとのこと。熱い愛のこもった支援の輪を、今後もみなさんとともに、ひろげていきたいものです。

 昨日は梯さんのクリスマス・チャリティ・コンサートにご来場をいただきまして、ありがとうございました。ベートーベンやシューベルトの楽曲を中心に、満席の京都コンサートホール全体に、梯さん独特の透き通るやわらかなピアノの音が響きわたりました。出口でお客様をお見送りするとき、「良かった。」「感動したよ。」と短い感想を何人もの方々から頂戴いたしました。自分に与えられた人生を精一杯生きておられる梯さんの生き方に、大きな大きな励ましをいただいたひとときでした。

 またニュースや新聞でお知りになった方も多いと思いますが、昨日は長崎にて日本のカトリック教会にとって大きな喜びの日でもありました。17世紀の前半、キリスト教禁教の世において日本各地で殉教した人々188人が、現在の教皇(ローマ法王)ベネディクト16世によって「福者(ふくしゃ)」という地位に認められたのです。日本で有名なのは「日本26聖人」と呼ばれる殉教者の方々ですが、「福者」とはこの「聖人」につぐものです。188人は年齢も1歳から80歳までにわたり、立場も神父や修道士、武士や浪人、農民とさまざまな老若男女でした。これらの方々が自分の信じたキリストの道を捨てることなく、拷問や刑罰をうけて命をおとしていきました。日本のように、数百年にわたって迫害が続きおびただしい数の信者が殉教した国は世界でも他に例がありません。そういった意味で、この日本の殉教者は世界のカトリック教会からも、大きな尊敬のまなざしで見つめられていたとのことです。

 その命がけの精神を受け継いで建てられた聖母の学校。天国の殉教者の方々が、心から喜んでくださる教育をすすめていかなければならない!身の引き締まる思いです。

 昨日のことです。卒業アルバムの写真を撮るということで、紅葉した桜並木を背に写真屋さんのカメラに、カメラ目線で立っていました。「もう少し、体を右に。顔はこちら、はいっそうです!」「笑ってみてください。そうです。いいです。」何枚かを撮り終えた後、「確認しましょう。」と大型のデジタルカメラを写真屋さんと覗きこんでいたときのことです。「どうです?笑った顔のほうがいいでしょうか?」というお尋ねに「そりゃ、笑ってるほうがいいよ。」と子どもの声。「?」横を見るといつの間にやってきていたのか、2年生の女の子がわたしと頭をくっつけながら真剣に写真を覗き込んでいたのです。もうびっくりです。写真から目をそらさず「そうですか。」と真面目に答える写真屋さんに、「うん、これのほうがいいわ。なあ、先生?」と自信たっぷりにわたしに尋ねる女の子。吹き出しそうになるのをこらえながら、彼女の推薦の写真に決めました。

 24日には、聖母女学院主催の第1回クリスマス・チャリティ・コンサートとして、ピアニスト梯 剛之(かけはし たけし)さんを京都コンサートホールにお招きいたします。チケットの販売ならびに購入にご協力をいただきましたみなさまに厚く御礼を申し上げます。生後間もなく眼球を摘出され盲人となられた梯さんは、普通小学校を卒業後、すぐにウイーンに渡りピアニストになる夢を追い求められました。その素晴らしい演奏は世界的にも注目されています。魂のこもった演奏はきっとお越しいただいたみなさまの心を揺さぶることでしょう。梯さんの今日までの歩みをお知りになりたい方は、角川書店から発行されております梯さんの著書『いつも僕のなかは光』をぜひお読みください。

 

 はだしの広場の銀杏が見事に黄色く色づいています。1年や2年、3年の教室、また4年や5年の廊下から見上げる姿は勇壮ですらあります。先日もB入試の出願でお越しいただいたお母さまが、「ああ、懐かしい。何もかも変わっていません。わたし、卒業生なんです。」と黄色く染まったはだしの広場で遊ぶお子さまを、いつまでも笑顔で見つめておられました。(はだしの広場は以前〈銀杏の庭〉とよんでいました。)

 今日は1年梅組の国語の授業を参観にいきました。姿勢よく座り、担任の木村裕佳子教諭の話を聞く顔は、真剣そのもの。発表のときに挙げる手もどの子もピンと指先まで伸びています。単元は「春の子もり歌」。ねずみの親子の楽しそうな声を聞いて、つめを出していたお母さんねこが、子ねこたちにおっぱいを吸わせているうちに、そのつめを引っ込めたという場面です。「どうして、お母さんねこは、つめを引っ込めたのでしょう。」という先生の質問に、子どもたちは真剣に取り組んでいました。「子ねこを傷つけてしまうから。」とか、「今はだめだけど、こんど食べてやろうと思ったから。」とか、いろいろな意見が出ました。やがて、ひとりの女の子が「自分の子どもを思うように、お母さんねこはねずみの親子のことを思ったのだと思います。だからお友だちになれるといいなって思ったとわたしは思います。」と発表。「ああっ」「なあるほど...」と、教室のあちらこちらから、子どもたちのつぶやきがもれました。ねずみを「えさ」としてしか考えていなかった多くの子どもたちの視野が、一気にひろがったのでしょう。「人にしてもらいたいことを自分もしましょうってみ言葉(聖書)にもあるように、ねこも思ったんじゃないですか。」「きっと、そうだと思います。ねずみを思うやさしい気持ちになったと思います。」クスッと思わず笑みがこぼれました。1年生も見事に聖母の色に染まったなあと感じた瞬間でした。外の銀杏のように、ぜひとも天まで届くような、大木に育ってほし

 冷たい木枯らしに、桜並木の木々の枝が激しく揺れる寒い一日となりました。夏にはあれほど緑濃く生い茂った桜の葉が、燃えるような黄色や赤色に色づき、やがて散っていくさまは、実に潔く見事であります。今日は4年生の子どもが書いた作文をご紹介します。

「この夏休み、ぼくは大切な人と別れないといけませんでした。ぼくが始めてテニスを教えてもらったコーチです。コーチは今年の三月までぼくのしょぞくしているテニスクラブのコーチでした。ぼくは、始めたばっかりのころ、選手コースにさそわれて入りましたが、一人へたくそで、夏休みの前まで公式戦で一勝もできていませんでした。やめてしまったコーチでしたが、ぼくが『一勝でもしたいけど勝たれへん。』コーチは、『絶対いけるよ。サテライト大会、ライバルのだれよりもがんばろう。』とメールして下さいました。そして、夏休み毎週金曜日、プライベートでレッスンしてくれる約束をして下さいました。ぼくは、夏休みに入って最初のサテライト大会で三位になりました。次の週のレッスンでコーチは、コートに来るとすぐ走ってよって来てくれて、『よかったなあ。やったなあ。』とハグしてきました。めちゃくちゃよろこんでくれました。『次は、優勝めざしてがんばろう。』と約束しました。『関西ジュニアで本選行ったら、コーチも見に行くからな。』と、約束してくれました。

 その次の週の金曜日、コーチはコートに来れませんでした。コーチが今しょぞくしているテニスクラブの合宿の最後の日、川遊びしていて、おぼれた二人の子を助けようとまっ先に川にとびこんだのだそうです。二人の子を別のコーチにわたして、自分は川にしずんだそうです。助けられて、病院に運ばれたときには、いしき不明の重体になっていたそうです。それから一週間がんばって、でも千羽づるが千羽折りきれないうちにコーチは神様の元へ行かれました。

 ぼくは、コーチにピアノを聞かせてあげたかったなと思います。後、関西ジュニアの本選で勝つところも見せてあげたかったです。でも、きっとコーチは神様の元から見ていてくださると思います。」

 30歳を前に尊い命を捧げられたコーチのご冥福をお祈りします。

『やさしいこと』は『強い』ことです。

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 先日のことです。廊下でひとりの1年生の男の子が「校長先生、聞きたいことがあるんだけどいいですか。」と尋ねました。「うん、いいよ。どんなこと?」とまっすぐに彼の真剣な顔を見つめました。「どうやったらつよくなれますか?ぼく、いじわるされてもやりかえせへんねん。だからどうやったらつよくなれるか、おしえてほしいんです。」「うーん、そうだなあ。」わたしは答えに困ってしまいました。

子どもにはそれぞれいろいろな性格があります。ほおっておいてもどんどん友だちに指図するような気の強い子どももいれば、引っ込み思案でおとなしく何かをされてもじっと我慢するような子どももいます。わが子は後者だったものですから、親としてやられてもやりかえせないことに歯がゆい思いをしたことがよくありました。少々腕白でもやられることのない子どもだったら、どんなにかいいだろうとも思いました。「やられたらやりかえせ」というのも、世の中の厳しさを乗り越えていくひとつの方法なのかもしれません。けれども、いくらそう言っても「できない子どももある」ということはわたしの子育てのなかで得た実感です。ならばどうするか。わたしはその子どもに託された特長、良さを出来る限り褒めて伸ばすということに尽きると思います。けんかは弱いけれど、とっても生き物が好きだとか、優しい言葉を家族にかけられるとか、おもしろいことを言って人を笑わせるとか、どんなことでもいいのです。大切なことはそれを親が見つけて、くり返しくり返し褒めてあげること!けんかに弱いなんてことが、ちっぽけなちっぽけなことだって本人がわかるまで、「君はこんなに素晴らしい!」と褒めてあげることです。

 わたしは男の子の手を握って言いました。「だいじょうぶ。やさしいことがいちばんつよいことなんだよ。やりかえせなくってもいいんだよ。だから、もっともっとやさしいひとになってね。こまったときは、せんせいたちがまもるからだいじょうぶ。いいね。」

やっと笑顔になった男の子は、大きくうなずいてくれました。

 早朝、西の空には満月が、そして東の空からは太陽が昇りはじめました。天空にあるこの二つの輝き(トワイライト)に照らされて、今日も元気に子どもたちが登校してくれました。「先生、見て、見て。」と両手のなかにいっぱいのどんぐりを集めた子ども。「きれいでしょう。」と赤や黄色に染まった木の葉をまるで宝物のように持った子ども。季節は確実に冬を迎えています。

今日は5年生の学年懇談会と参観授業があり、たくさんの保護者のみなさまにお越しいただきました。1月に実施するスキー合宿(栂池高原)についてご説明をさせていただいたのですが、5年では、すでに休み時間を使って、スキー靴の履き方、歩き方、スキー板の付け方などの事前講習を始めています。どの子どもも格段にスキー技術が上達するこの合宿。とても楽しみです。

 これに先立って1時間目には、矢野神父さまにお越しいただき、「死者の月の祈りの集い」を行いました。「どんな人も間違いなく死ぬのです。死ぬということを見つめることはとても大事なことです。スペイン映画の『汚れなき悪戯』をぜひおうちの方と一緒に観てください。生きること、死ぬことを考えるうえでとても参考になります。」とお話ししてくださいました。その後、この1年間にお亡くなりになった子どもたちの家族や親戚の方々のお名前を読み上げ、全員でお祈りを捧げました。みなさんは『汚れなき悪戯』をご覧になったことがあるでしょうか。大変古い映画ですが、本当に美しく心洗われる映画です。たいていのレンタルビデオ店にございますので、よろしければぜひ、家族でご覧になってみてください。わたしは最近『おくりびと』という映画を観に行きました。年甲斐もなく涙が止まりませんでした。「死は門です。」映画のなかで語られる台詞が今も心に残っています。

 1年と6年の参観授業がありました。1年においては授業後、学級懇談会が、また6年においては学年懇談会が開催されました。1年においては学校にも慣れ充実した生活の様子が交流されたようです。また6年は小学校生活最後の参観授業となりましたがいかがでしたでしょうか。今後は、いよいよ中学校受験を想定した演習中心の授業へと変わっていきます。ご来校ありがとうございました。

 さて、今日は参観授業のたびにお世話になっている「保育」についてお話します。本校では少しでも参観授業に集中していただけるようにと、関西カトリックボランティアセンターに保育ボランティアの派遣をお願いしています。センターより聖母女学院保護者会のなかのボランティア団体「桜樹会(さくらぎかい)」に派遣の要請をしていただき、預けられる子どもさんの人数にもよりますが、毎回2~3人のボランティアの方々を派遣していただいております。ボランティアのみなさまは、全員本校の保護者のみなさまです。時々学外の業者や団体の方と勘違いをされる方がありますが、そうではありません。「少しでも助けになれば」と全くのボランティアでお世話をしていただいています。今日も学級懇談会が延びてしまったため、お願いしていた時間をかなり越えてしまいました。けれども「いいですよ。お子さん、気持ちよく寝ておられますし。見ています。」と本当に快くご無理をきいていただきました。この「桜樹会」には、ほかに、子どもたちへの紙芝居上演会の週1回の実施や、図書室の整理作業をお願いしています。自分の力を喜んで提供しようというこの「桜樹会」の活動も、まさに聖母女学院の精神そのものだと思います。心からお礼を申し上げます。ありがとうございます。

 今日は3年の参観日と学年ミサがあり、多くの保護者のみなさまにお越しいただきました。教師として参観授業をするのは当然なのですが、自分が小学校のときにあったであろう参観日はほとんど記憶にありません。ところが、参観に来た側はいろいろと思い出すことがあるらしく、作り話ではないかと思うくらい具体的に話してくれたことがありました。今日の参観のひとこまもいつか懐かしい思い出となるのでしょう。ミサ後に「絶対忘れないでください。このウィーン少年少女合唱団にも劣らない歌声は、親にとっても支えになります。」とお話しましたのは、学年ミサでの美しい元気な歌声です。親にとって辛いとき、悲しいときもたくさんあるでしょうが、私の母がかつてそうであったように、わが子とお友だちの生き生きとした祈る姿や歌声は、大きな励みと支えになると思います。老いとともにすっかり弱った母と話すたびに、せめて参観日の思い出をはっきり覚えておきたかったと今頃になって思います。

 これに先立って1年藤組の子どもたちが、音楽の授業に誘ってくれました。なんでもクラスの歌を作ったとか...。音楽室の前に立ち、可愛い歌に聴き入りました。緊張しているのか少々固い表情が目立ったので、「笑顔で歌おう!さあもう一回聞かせて!」と前奏に合わせてわたしが両手で指揮をふりました。体を左右に揺らせながら、満面の笑顔で歌う子どもたち。素晴らしい合唱になりました。指導の松村真紀教諭は「3クラスとも子どもの詩に曲を付けて、それぞれのクラスの歌ができあがりました。ぜひ音楽会でご披露したいですね。」と語ってくれました。人生初めての小学校のクラスの歌!なんて素敵なのでしょう!心がポカポカとしてくる思いでした。

 この冬一番の冷え込みらしく寒い朝でした。今日は2年と4年の参観授業があり、保護者のみなさまに多数来校していただきました。2年は収穫したサツマイモを用務員の方々が木立の森の入り口付近で火を燃やして焼き芋にしてくださいました。そして学級委員のみなさまのお世話で、学年みんなで桜並木にお弁当をひろげ、アツアツのサツマイモをいただきました。冷たい風に落ち葉が舞うなかではありましたが、心もお腹もあったかくなる楽しい昼食会になりました。また4年は授業参観の後、来年度の選択合宿の説明会があり、BSC合宿の奥教諭、夏山合宿の奥村教諭、そしてホームステイの藤原教頭より、写真を見ながらユーモアたっぷりの勧誘を受けました。いかにほかの合宿より楽しくてためになるかはまだいいのですが、「うちは美味しいものが食べられます!」「うちはいろいろな場所に行けます!」と宣伝も過熱気味。会場は大爆笑につつまれ大いに盛り上がりました。どの合宿も楽しい合宿ですので、よく考えて選んでいただければと思います。ちなみにわたしは今年、BSC合宿に参加したのですが、昨年初参加したときは、ヨットに子どもさんと二人で乗ったものの、体重差のあまり2回も後方に転覆。子どもさんに多大なご迷惑をかけました。それを昨年の説明会で、奥教諭が子どもたちに話したために「一緒に乗ろう。」と誘ってもみんなに敬遠される始末。でも今年は何とか操縦も上達したのか、転覆も免れました。(転覆するってよっぽどでないとありません、とあちらのコーチに言われてしまいましたが。)だから今年は気分良く「若大将」になった気分で「海よ~俺の海よ~(海じゃないのですが)」などと鼻歌まじりにヨットに乗り、楽しい合宿を過ごしました。ヨットに乗れるようになったのも大阪聖母に勤めたおかげ。それ以来、趣味は?と尋ねられたら必ず「ヨットです!」と答えています。

 アメリカの新しい大統領にオバマさんが選ばれました。何万人もの前で颯爽と演説する姿は、さすがです。集会で支持者が連呼する「Yes,We can!」は「やればできる」と訳すそうですが、この「can」について知人から興味深い話を聞きました。知人がアメリカに行ったときに、彼の友人が個人で所有しているセスナ機に乗せてあげようと言われたそうです。そして友人の操縦であたりをフライトして着陸したあとで、その友人が突然、知人に話しかけたそうです。「おいっ、今度はおまえが操縦してみろ。」知人はもちろんライセンスも持っていなかったのでびっくりして「No,I can not!」と答えたそうです。すると友人は大きく首をふって「だめだ!やってみなきゃできるかどうか、わからないじゃないか。」と知人をたしなめたというのです。「『アメリカではやってみて本当にできなかったときに、初めてcan notというのだ。お前は,操縦をしようともしなかっただろう。チャレンジしなきゃ!』って言われたんだ。でも操縦していたら間違いなく気絶してただろうけどね。」知人はそう言って笑っていました。そういった国と競い合い、協力し合っていかなければならない21世紀を考えるとき、いかに意欲が大切かを考えさせられます。94歳の日野原重明先生がある講演で「日本の医学生は真面目に板書したことはノートにとるが、自分から手をあげて質問することはまずない。アメリカの医学生が、教授をつかまえてどんどん質問をするのとは大きな違いがある。」とおっしゃっていたことを思い出します。

「Yes,We can!」日本の子どもたちにとっても大切なフレーズかもしれません

読書の秋です、1冊の本をご紹介します。

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 「校長先生、髪伸びた?」すれちがいざまに1年生の女の子が頭を見上げて話しかけてきました。実は連休中に散髪に行き切ったところだったので、「いや、この前切ったとこやで。」と女の子の前にしゃがんで返事をすると、「うーん、でも何か違う...黒い髪がいっぱいになったもん。へんやなあ...。」と不思議そうに頭をもう一度見つめて走っていきました。黒い髪?はああ、気づいたな...。そうです。大人にしかできない驚異の白髪染めによる変身のせいだったのです。子どもの観察力には本当に驚かされますね。

 読書の秋ということで、最近読んだ本で心に残ったものがありましたので、ご紹介いたします。筑波大学の村上和雄先生が書かれた「アホは神の望み」(サンマーク出版)という本です。書名で驚かれた方もあるかもしれませんが、内容は実に深いものです。村上先生は天理教のご家庭で「どんなに貧乏でももっと困った人のためにお金はまわすもの、そうすれば天国の銀行に貯蓄ができる。」と教えられて育った研究者。専門の遺伝子の研究でも「役割が解明されたのはわずか1割。がらくたと称されるその他9割のなかに、素晴らしいメッセージがこめられていると信じています。」とおっしゃり、人間も正直に愚直に生きている「アホ」と呼ばれるような人間にこそ、大きな価値があるんだと結んでおられます。村上先生は吉本興業と協力して、「笑いが免疫力の向上に大きな意味がある。」ということを科学的に研究されている先生としても有名な方です。劣等性であった自分がそれゆえにさまざまな出会いを通して今にいたったことをとても楽しくわかりやすく書かれた本書。ちょっとしたことでへこんでしまうときに「アホでいいんだ。」と心が軽くなる1冊ではないかと思います。良ければぜひ読んでみてください。

 いつだったか、わたしが乗った電車はかなり混んでいました。駅まで走ってきて飛び乗ったわたしの全身からは汗が噴き出しています。その時、前に座っていた人が次の駅で降りるために立ち上がりました。「ラッキー!」と心の中で叫んだわたしは、我先にと腰を下ろしました。やがてわたしは瞼を閉じました。目の前で立っている人々から目をそらすために...。「大丈夫か?」いくつの駅を過ぎたころでしょうか。その声の主は隣に座っていた60歳ぐらいの男性でした。目の前には女子高校生が青白い顔をしてつり革にぶら下がっていました。明らかに気分が悪いのでしょう。立たなくてはと思った瞬間、隣の男性がさっと立ち上がりました。「ほら、お座り。無理したら倒れてしまうから...。」ちょこっと会釈をした高校生はなだれこむようにわたしの隣の席に座ったのでした。無関心から行動しなかった自分の不甲斐なさを今でも思い出します。

こんな経験をお話したのは、昨日の下校時にあったできごとをお伝えしたいからです。ある男の子が駅への道を急ぐあまり、石段のところで前のめりに転倒して、顔や足に血だらけのけがをしてしまったのです。痛みに声をあげて泣く男の子。そこへたまたま通りかかったのは5年の男女でした。ほっておけない!と感じた子どもたちはすぐに動きました。男の子たちは、泣く男の子のそばにずっと寄り添っていてくれました。また女の子たちは今来た道を駆け上がり、学校まで知らせに走ってくれました。おかげで養護教諭が現場に向かい、また通りかかられた卒業生のお母さんのご協力で、無事に男の子は学校に戻り応急処置を受けられたのでした。ほっておけない!と動いた子どもたち。そして卒業生のお母さん。すごい!と思うとともに以前の不甲斐なさがよみがえってきました。

ある神父に言われたことがあります。「できないと言わないでください。したくないと正直に言うべきです。」それがいつも問われています。

3連休明けのさわやかな一日、校庭の木々たちも少しずつですが秋色に衣替えを始めています。今日のブログは私(教頭、藤原順子)が書かせていただきます。

 共遊の時間(午前中の中間休み)の音楽室のことです。私は5年の音楽の授業を担当していますので、2校時目の授業を終えたところでした。今日は6年生の女子が5・6名やってきてドラムセットをたたきだしたのです。そして「先生、ポニョ弾いて!」と嬉しそうに頼むので、「わかった、上手く合わせてよ。」と前奏から弾きだすと、一人はドラム、一人は木琴、そして別の子どもはタンブリンと素早く分担が決まり、合奏が始まりました。実は、5年のリコーダー教材として今学期は「日本昔ばなし」や「崖の上のポニョ」そして10月下旬からは「波乗りジョニー」を演奏しています。高学年音楽室の壁には3・4・5・6年がそれぞれリコーダーで取り組んでいる曲を掲示しているのですが、中でも「崖の上のポニョ」は大人気で、どの学年も「5年生はいいな~」といっているそうです。横で見ていた5年生の男子数名は「すげ~かっこいい!」と口をあんぐりと開けて見とれています。どうやらドラムに興味があり、自分たちもやってみたいと思ったようです。「崖の上のポニョ」の楽しいメロディーは、3階の廊下に響きわたったようで、入口から次々にかわいい1年生が入ってきました。そして、少し自慢げに演奏する6年生の横に並んで振りをつけながら、笑顔で「ポーニョポーニョポニョさかなの子・・・」と歌い始めました。演奏が終ると「もう一回!!」と結局休み時間の終了まで楽しい演奏会が続きました。こうやって子どもたちが音楽に興味を持ち、みんなと合わせる楽しさをしって"音楽ってたのしいなあ"という気持ちにくれることは本当にすばらしいことだと思います。今月は、吹奏楽部も新入部員を募集します。また、来年度からは合唱団も発足します。いつかまた、その様子もお伝えしたいと思います。