February 2009 Archives

 今日は、2年と4年の今年度最後の授業参観でした。朝から冷たい雨の降る中、ご来校いただきましてありがとうございました。2年生は生活科、4年生は国語でしたがどちらの学年もそれぞれに学年のまとめという形で、子どもたちが保護者の方々の前でいきいきと発表していたのが印象的でした。

4年生は、学年揃って多目的室に集まり、国語の授業で学習した『ごんぎつね』を紙芝居で披露しました。ひとりひとりがしっかりとした声で音読をしていて、物語がよくわかりました。きっと国語の時間に兵十やごんの気持ちを一生懸命考えて学習したからでしょう。その気持ちが声にも良く現れていました。続いて音楽会で発表した曲をもう一度発表していました。お母さま方が間近におられるので少し緊張していましたが、それでも本番の時と同じように元気に歌っていました。

2年生は生活科で、「ちいさいころのぼく、わたし」と「2年生になってできるようになったこと」というテーマで発表会をしていました。クラスごとにそれぞれの教室でしていたのですが、どの教室も楽しそうに元気な声が響いていました。縄跳びで(教室の中ですが・・・)二重跳びや綾跳びをしたり、独楽回まわしを鮮やかに披露したり、リコーダーの演奏をしたりと子どもたちは頑張っていました。「もしもしかめよ、かめさんよ・・・」という歌声に合わせて、カチカチと音がする教室をのぞいてみると、何人かの子どもたちがリズムに合わせて剣玉をしていました。あまりに上手に腰でリズムを取りながら、続けているので思わず拍手をおくりました。

今日は、6年の卒業旅行も最終日、お天気にも恵まれた沖縄でたくさんの思い出をつくり、先ほど無事に大阪に帰ってきました。

 今日のブログも藤原が書かせていただきます。今日は、明日から始まる作品展示会の準備がありました。先日の音楽発表会の時もそうでしたが、このような行事の準備作業は今までしてくれていた6年生からバトンタッチして、5年生が頑張っています。今日の準備も、他の学年がお昼までで下校した後、張り切って準備に取りかかってくれました。展示会場はベルナデッタホールで、まずは床にシートをきれいに敷くことから始めます。これは先日音楽発表会の準備の時に習った方法で手早く敷くことができました。その後、展示用パネルを協力して運び、図面どおりに並べていきました。あっという間に仕上がった展示スペースは、学年ごとのブースに分かれています。ブースごとに担当が決められ、それぞれの学年の先生の指示で展示のお手伝いをしていました。画鋲をタイミングよく先生に手渡す子、立体作品を一つずつ大切に並べる子、その作品の傍にてきぱきと名札をつけていく子、5年生みんなが本当にすすんで手伝ってくれました。予定していた作業の時間より30分以上も早く会場は仕上がり、「本当にご苦労様でした。みんなが頑張ったので素晴らしい展示会になります。ありがとう。」と図工科の村田沙和香教諭に声をかけてもらい、5年生の子どもたちはみんなとても爽やかな表情をしていました。こうやって自分がみんなの役に立っていることを実感することは、子どもたちの心を育てていく上で大切なことだと改めて思いました。

 作品展示会は、明日27日~3月3日まで開催いたします。28日(土)は10時~2時まで開けておりますので、どうぞご来校ください。

 今日から6年生は卒業旅行に出発しました。全員が早朝、伊丹空港に元気に集合しました。赤野校長も同行いたしておりますので、このブログは代行して教頭の藤原が書かせていただきます。夕方、旅先の沖縄から連絡がありました。昨日まで雨だった沖縄が一転して今日はとてもよいお天気に恵まれ、摩文仁の丘から望む海は素晴らしかったようです。気温は25度を超える記録的な暖かさで、汗ばむほどとのこと。ひめゆり資料館や平和祈念資料館を訪ね、子どもたちは戦争の悲惨さを実感していたそうです。

カトリックの典礼暦では今日は「灰の水曜日」とよんでいます。また、イエス・キリストが十字架にかけられ、復活する「復活祭」までの今日から始まる期間は「四旬節」といいます。本校では、『イエス様が十字架にかけられたできごとを思い、友だちを大切にする言葉や行動を取ろう。』というテーマで実践に取り組みます。今朝は放送でその説明があり、みんなで『四旬節の祈り』を唱えました。

6年生が留守の間、学校を守る5年生は今日も大活躍。休み時間を返上で作品展示会のために全校児童の作品を大事に展示会場(ベルナデッタホール)まで運ぶ作業をしてくれました。明日の午後は5年生と先生たちとで一つ一つの作品を展示していきます

 今週は雨の日が多いとのことですが、予報どおり一日雨の日になってしまいました。休み時間になると10人近くの1年生が独楽を手に校長室に集まってきました。「先生、見といてや。」「僕も僕も。」応接セットの合間の床で、次々に独楽がおもしろいように回ります。「上手になったんやね。最初からできたの?」と尋ねると全員が首を横に振ります。授業や休み時間に友だちのするのを見て覚えたようです。なかには回っている独楽を下敷きですくい取り、手の平に乗せて回す子どももいます。たいしたもんですね。

 いよいよ明日から、わたしも6年生と沖縄に卒業旅行に出かけます。沖縄の文化について、歴史について、そして沖縄戦や戦後の歩みについて、それぞれテーマを決めて、6年生は学習を重ねてきています。実際に現地に行き、見たり触れたりするなかできっといろんなことを感じるだろうと、その学習が深まることと期待しています。

 わたしも沖縄に行くたびに、いつも感じることがあります。それは「日本は平和な国だというけれど、本当にそうなのだろうか。これだけ多くの基地があり基地とともに生活することを余儀なくされている県があることを、自分はふだんどれだけ考えているだろうか。」ということです。明日踏みしめる沖縄の大地には、今も数多くの遺骨が埋もれているといいます。砲弾もすべてを回収するのには80年もかかるといいます。「青空が見たい。」「きれいな空気が吸いたい。」と思いながら、ガマのなかで死んでいった多くの人々。わが子が泣き叫ぶことも許されず、死に顔を真っ暗闇の中で手で撫でるしかなかった多くの母親。目をそらすことなく、今、生かされていることの意味を子どもたちとともに深く考える有意義な旅行にしたいと思います。

 今日は音楽発表会。早朝より保護者のみなさまにもご来校いただき、無事に終えることができました。今年は例年以上にインフルエンザが流行し、たくさんの子どもたちが辛い思いを経験いたしました。ご家族のご心配も大変なものであったと思います。このため、学校でもなかなか全員が揃う練習ができず、どの学年とも最後の最後まで真剣に練習に取り組んでまいりました。しかし、ご家族のご支援と子どもたちの頑張りのおかげで発表を終えることができました。残念ながら体調がすぐれず、欠席されたお子たちもいらっしゃいました。でも気持ちは舞台の友だちとひとつであったと思います。

 またひとつ大きな行事が終わりました。しかし行事の終わりは、また新たな出発のときです。友だちと声を合わせること、合奏することの楽しさ、嬉しさを体験した子どもたちは、またひとまわり大きくなったと思います。ご支援、本当にありがとうございました。

 「校長先生は、ずうっと前は何だったの?」1年生の女の子の質問です。実は担任してたことがあるの?って聞いてくれたのでしょうが、「うん、ずうっと前は赤ちゃんだったよ。」と答えると「当たり前やんか。」と大笑いして、何故か歳の話になりました。「先生、何歳?」「何歳でしょう。」「わかんない。」「じゃあ、質問。お兄さんに見える?おじさんに見える?それともおじいちゃんに見える?」女の子は何と答えたと思われますか?なんと答えは「そりゃあ、お兄さんに見える!」だったのです。聖母には本当にやさしい子どもが多いです。「いい子やなあ、君は!」と思わず頭を撫でてあげました。彼女は一緒にいたお友だちと話し始めました。「なあ、校長先生の歳、あてよう。何歳かな。」「38歳!」「36歳!」「34歳!違う?」と真剣に顔をのぞきこんで尋ねてくれます。ますます吹き出しそうになりながら聞いていました。「お父さん43歳やけど、髪はあんまり無いで。先生はたくさん髪あるしなあ。」「でも、白い髪も多くない?お父さん40歳やけど真っ黒やで。」とうとう大笑いしてしまいました。小学校の頃、低学年を担任してもらった女の先生で、何回聞いても「先生は20歳。若いでしょう。」といつもニコニコしていらっしゃった先生がありました。「ふうん、20歳か。」と信じていた自分を思い出してしまいました。

 

いよいよ、22日は待ちに待った音楽発表会です。朝一緒に桜並木を歩いた2年の女の子との会話です。「2年の発表、良かったよ。頑張ってたね。」「でも、完璧じゃあないねん。」「え?どんなところ?」と尋ねたわたしに、彼女が答えてくれた次の言葉に心の芯からあったかくなりました。「だってな、先生。まだ二人、休んではるんやで。この二人が来てみんな揃ったら完璧やねん。」この友だちと一緒に歌いたい!みんな揃ってどうしても歌いたい!そんな気持ちが素敵な演奏の原点なんだということを学んでくれていることが、とてもとても嬉しかったです。きっと素晴らしい音楽発表会になる!そう確信しました。

みなさまのご来校をお待ちしております。

 いよいよ、今日は小学校のベルナデッタホールの舞台で、それぞれの学年の音楽発表を披露する日です。会場の最前列は1年生。初めての舞台に緊張気味です。すべての子どもが着席して会場が暗くなりました。スポットライトを浴びた1年生の「はじめのことば」で会は始まりました。大きな声でゆっくりと話す1年生。毎年思わず微笑んでしまいます。

 司会の解説にしたがって、1年から順に発表が始まりました。とにかく、聖母の子どもになって嬉しい!同じクラスになれて嬉しい!と嬉しさがほとばしっているような可愛い発表でした。2年は、男子も女子もとても大きな明るい声が印象的でした。特に「ゆめがかなうなら」は可愛いしぐさも加わって楽しさ溢れる発表でした。3年は朝鮮民話の「三年とうげ」。朗読や歌をおりまぜた劇の世界にひきこまれる発表でした。衣装や手具もとても綺麗でした。4年は初めてのリコーダー合奏と合唱。「怪獣のバラード」はリズム感あふれる伸びやかな歌声が印象に残りました。休憩をはさんで吹奏楽とトーンチャイムクラブの発表がありました。日頃の練習の努力がその美しい演奏によく出ていたように思います。

5年は速いテンポの「波乗りジョニー」の合奏に挑戦。さすが呼吸もぴったりと合った合奏でした。合唱もよくまとまっていました。最後は6年の音楽会メドレー。懐かしい曲に過去の音楽会がよみがえりました。

 他の学年のお友だちの頑張っている様子を見て、ひとりひとりが大きな刺激を受けたことでしょう。上の学年になったらあんなことができるんだ!そんな憧れを下の学年の子どもたちにもぜひ持ってほしいものです。22日。全員が元気に揃って舞台に立てることを祈っています。

音楽発表会の練習もいよいよ大詰めです!

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 今日は聖女ベルナデッタが聖母マリアの3回目のご出現を受けたとき、天国での幸せを約束された日として「ベルナデッタの祝日」とされている日です。朝1時間目に全校でベルナデッタホールに集まり、祈りの集いをしました。美しいルルドの写真や、ベルナデッタの生涯を物語る映像が、宗教委員の子どもたちの解説のもと紹介されました。その後お祈りを捧げて聖歌を歌いました。この聖母に学ぶなかで、フランスのルルドで起こったできごとに込められたメッセージを、心に刻んでほしいものです。

 

 音楽発表会の練習はまず5年生の練習に参加しました。声の大きさはもちろんのこと、ステージに並ぶみんなに、力強い連帯感を感じます。それは指揮者を見つめる顔の真剣さや歌うときの姿勢の素晴らしさに、この学年のパワーを感じたからでしょうか。来年の全校のリーダーとしての自覚が芽生えてきたように思いました。練習後、6年に代わって会場準備の初仕事に取り組みました。シートを隙間無く敷き、メジャーにそって置かれた基準の椅子に合わせて、椅子を並べていきます。誰ひとり手を抜くことなく、もくもくと動いてくれました。気持ちの良い準備ができました。

 最後に6年生の練習に参加。いよいよ最後の音楽発表会となる6年生は、1年から5年までの舞台で歌った歌をメドレーで歌います。そしてメドレーの最後は6年恒例の「HEIWAの鐘」。25日からの沖縄卒業旅行に向けて平和学習に取り組んでいるみんなが心を込めて力強く歌っていました。「JOYFUL JOYFUL」では楽しいダンスも披露してくれました。この友だちと歌う最後の舞台。6年生にいろいろとお世話になった後輩たちのためにも、素晴らしい発表で締めくくってほしいと願っています。

 「聖母が大好きでした。」こんな素敵なメッセージとともに、小学校のみなさんにと綺麗なお花が届きました。贈ってくださったのは、聖母女学院高等学校3年生の生徒さん。みなさんにもぜひお知らせしたくて、校長室の前のマリア像の横に飾りました。

今日は晴れの卒業式。小学校から数えるとなんと12年間、このキャンパスに通った生徒さんたちの門出の日です。6年時の3人の担任の先生とともに式に参列しました。同じキャンパスにいてもなかなか顔を合わすことがなかったり、話すことがなかったりで、懐かしさがこみ上げてきます。卒業証書をもらいに登壇する晴れ姿をひとりひとり確かめながら、精一杯の拍手を心の中で送りました。今年の高校3年生はわたしも副担任という形で関わった最後の学年だったので、いろいろな思い出が頭をよぎりました。午後3時ごろだったでしょうか。外出から戻ると、なんと7人の卒業生の生徒さんたちが校長室の前で待っていてくれました。背丈は伸びて立派なお嬢さんになっていますが、顔は小学校のときのまま。一気にあの頃にタイムスリップしたような感覚でした。「先生、本当にお世話になりました。」「ありがとうございました。」わたしなどに丁寧なお礼の言葉を口々に言ってくださり大感激。「聖母はどうでしたか?」というわたしの問いに異口同音に「楽しかったです。」「いい友だちができました!」「勉強も頑張れて充実してました。」との嬉しい答えが次々に返ってきて、冒頭のメッセージとともに、改めて彼女たちのこの6年間の努力とそれを支えてくださったご家族のご支援に頭が下がる思いでいっぱいになりました。小学校もどの子どもにもそう思って卒業していただける学校にしていかねばなりません。誓いを新たにしたのはいうまでもありません。

 

音楽発表会の3年の練習に参加しました。3年は1学期に国語で学んだ「三年とうげ」という朝鮮民話を、歌と朗読によるミュージカル風の発表に仕上げています。何人かの登場人物に扮した劇もあり、ひとつの物語として楽しめます。昨日参加した学年にも劣らず、なかなか全員の声が良く出ていて、チームワークを感じます。場面による歌の強弱、楽しいパフォーマンスが随所に散りばめられていて、会場にお越しのみなさんをとても楽しい幸せな気持ちにしてくれること、間違いなし!と感じました。長い物語をどの子どもも良く覚えていて、ひとりひとりがみんな主役の気持ちで歌えています。ぜひお楽しみにしていただきたいです。明日はいよいよ高学年の報告をいたします。本番まであと3日。全校のみんなの心が繋がろうとしています。

 ようやく欠席が少なくなり、3週間ぶりに体育館で全校朝礼を行うことができました。今日は藤原教頭より「聞く」と「聴く」のちがいのお話がありました。「聞」という漢字には『耳』という字が含まれるけど「聴」には『耳』の他に『目』と『心』という字が入っていることを、大きな漢字カードを見て子どもたちは気づきました。そして、「音楽発表会は心で音楽を聴こう」とみんなで誓いました。その後2年生が音読発表を披露。リズム感溢れる楽しい詩をみんなで音読してくれました。

 今日はできるかぎり、体育館で行われる音楽発表会の練習に参加するこ

とにしました。1時間目は4年生です。リコーダーを中心とした合奏

Part OF Your World~Under The Sea」は、途中で手拍子が入るなど、

難しいリズムが何ヶ所も出てくる曲です。しかし4年生の美しいリコーダ

ーの音色が心に残る合奏に仕上がりつつあります。鉄琴や木琴、大太鼓な

どの楽器の担当も今日最終発表されたわけですが、今日まで一生懸命練習

していた何人もの友だちに、学年みんなから温かい拍手が贈られたのが印

象的でした。合唱「お陽さまになって」「怪獣のバラード」はいずれも元

気な歌声で仕上がってきています。「怪獣のバラード」で高音となるフレ

ーズ「心はあるのさ~」を嶽教諭がひとりお手本に体育館に響く声で歌う

と、みんな大笑い。和やかな楽しい雰囲気で練習が進んでいました。

 2時間目は1年生です。初めての音楽発表会にどの顔も少し緊張気味。

曲の前に話すナレーターの子どもも、なかなか大きな声が出ず、合格にな

りません。何度も練習が繰り返され、大きな声が出るようになっていきま

した。「おひさまになりたい」を歌った後、オリジナルクラスソングとい

うことで、3クラスがそれぞれに作った自分のクラスの曲を披露。最後は

「ぼくかっこいいでしょ」の斉唱。元気な1年生のカラーそのままに、パ

ンチのある歌声が体育館いっぱいに響き渡っていました。「98点だよ。

あと2点は笑顔、笑顔。ニコニコいい顔で歌わなきゃ!」そんなアドバイ

スをしました。きっと本番では良い笑顔で歌ってくれることでしょう。

 5時間目に訪れたのは、2年生です。特に学級閉鎖が多かったために練

習の遅れが気になっていました。曲は「まあるくなろう」「ゆめがかなう

なら」「LET'S GO! いいことあるさ」の3曲です。この学年では特に男

の子がとても良い声を出していて、女の子の声ととても良いバランスにな

っているように思います。少々歌詞が覚えきれていなくて、出だしの言葉

があやふやな部分はありますが、曲に合わせて右に左に体を揺らせて歌う

様子は、とても可愛くて楽しさが伝わってきます。ひとりひとりが曲に気

持ちを入れこんで、本当に楽しそうに歌っているので、きっと素晴らしい

発表ができる予感がします。最後の仕上げに期待したいです。

 今日三つの学年の練習に参加した限りでは、例年以上に元気な歌声をお

聴きいただけるように感じています。明日は他の学年をご紹介いたします。

 今朝は矢野神父さまによる祈りの集いがありました。少しいつもに比べると人数は少なめでしたが、集まった子どもたちと先生たちで熱心なお祈りを捧げました。神父さまは「聖書には病気が治った奇跡がいくつも出てきますが、大切なのは治ったかどうかではなく、神さまに向けて心を開いて願ったかということです。11日はルルドのお祝い日。聖女ベルナデッタがマリアさまを見たというできごと記念する日です。でも、ベルナデッタが聖人として『立派だ』とされた理由は、マリアさまを見たこととはまったく関係ありません。どちらかというと頑固で意地っ張りの性格だったベルナデッタが、修道院にはいり、自分のそんな弱さに真剣に立ち向かった姿が『立派だ』とされたのです。誰にでもある弱さ。それから逃げないで、神さまに心を開いてその弱さと闘うことが大事なのです。本当の立派さとはそういうことではないでしょうか。」とお話してくださいました。自分の弱さと闘うことはいくつになっても、人生のテーマですね。

 2時間目は水をうったような静寂に学校中が包まれました。今日は年に一度の漢字能力検定の日。今日まで担任の先生の指導のもと、取り組んできた練習の成果を発揮する日です。どの教室も真剣にテストに打ち込む子どもたちの姿が見られました。「先生、合格できるかなあ...心配やわ。」と試験後教室から出てくるなり、子どもたちは口々に話していました。どの子どもも良い結果が得られますように。願うばかりです。

 いよいよ音楽発表会に向けてもカウントダウンが始まりました。例年に比べて学級閉鎖が相次いだ今年。少し準備は遅れ気味ですが、どの学年も最高の発表を目指して頑張っています。来週はそんな練習風景をご紹介していきます。

 春の到来を予感するような日差しが香里の丘にもふりそそぎました。校内の梅が美しく咲き始めています。小学校の受付横にある老梅にも白い可憐な花がつきました。また学校正門前にある神社にも紅白の梅が今を盛りと咲いています。

 今日は出張の先生にかわって、4年生の体育の授業を担当しました。教材は「ラインサッカー」です。サッカーと同じように足でボールをゴールに入れるのですが、コートもサッカーよりも小さく、ゴールもコーンを置いてその高さまでと決まっています。久々の授業に心がワクワクします。早めに運動場に行き、白いラインでコートをかいていると、元気な4年生がどんどん集まってきました。チームごとに体操をして、すぐに「今日のめあて」を話し合っています。2年生の時にで体育を担当した子どもたちでしたが、しっかりと自分たちで授業を進められるように成長しました。1チームが審判になり、5チームの総当り戦をしました。男の子も女の子もどんどんボールに群がって激しい蹴りあいが始まりました。かなりきついキックが膝下付近に当たるのですが、なんのその。短いゲーム時間、とにかく動き回って授業が進んでいきました。ゲームを見つめながら、あそこはこんなふうに教えたらどうかな...とか、こんな練習をやらせてみては...とアイデアがわいてきました。明日はもう1時間、任せていただいています。ぜひ柔らかいフワフワのボールで怖がらずに蹴りあいをさせてみたいな...とそんなことを考えています。自分が担任していたころ、こんなに張り切って授業に毎日臨んでいたかなあとふと思い出していました。

 そういえば、先日、5年生で担任した男の子に14年ぶりにばったりと出会いました。やんちゃで腕白な彼は、なかなか若いわたしの思ったとおりに指導できず、一度ならず取っ組み合いになったことがよくありました。「おお...」「先生、ご無沙汰してます。僕、わかりますか?Mです。」「忘れるもんか。立派になったなあ...」照れる彼の笑顔はあのころのままです。スーツ姿の彼も入社して3年目の営業マン。がっちりした彼を見上げながら、小学校の教師で良かったなあと思えた瞬間でした。

 

先生あのね、きょうはミサなのにやすださんがお休みでした。

 ぼくは、ミサでやすださんのぶんもおいのりをいってあげました。

 そして、ぼくは、1年生ははじめてなので、もっとミサはながいとおもっていたけど、みじかかったです。ぼくは、ミサがおわってから、なぜだろうとおもいました。

 

  これは先日の1年のミサに参加した子どもの日記です。休んだお友だちのことをしっかり心にとめて、お祈りしたのですね。えらいなあと思います。

 

 1年もまもなく終わり。お友だちとの関係もずいぶん深まってきたように思います。仲良しということでいうと、いつも同じ友だちと一緒に校長室に来る子どもたちがいます。ときどき、校長室にかくれんぼをしにくる1年の男の子ふたり組もそうです。このふたりは、ある日そうっと校長室に探検に来ました。わたしが外に出ていて部屋に戻ろうとすると、中から楽しそうな笑い声がします。どうやら勝手に入って応接セットに座ってお話をしていたようなのです。これは、いけません。誰もいないときは、勝手に入ってはいけない!と言ってあったからです。わたしは、あることを思いついて、入り口のドアをバタン!と閉めました。さあ、びっくりしたふたりは、ドアのノブを回しますが...開きません。わたしが押さえていたからです。「あかない!」「どうしよう...」という声。すぐに開けてあげると、恥ずかしそうな顔をしたふたりが出てきました。「勝手に入ったらあかんよ。」と声をかけたことがきっかけで、このふたり組が毎日校長室をのぞきにきてくれるようになりました。ふたりは、全く違う幼稚園から入学して聖母で出会ったとのこと。家も遠いのですが、本当に仲良しで、校長室でもずっとふたりで笑っています。どうかいつまでも友だちを大切に。そしてその輪をどんどん広げていってほしいなあと思います。

 早いものでもう2月の2週目に入ってしまいました。インフルエンザもふくめ、体調がすぐれない子どもが相変わらず多く、なかなか全校が揃うことができません。そんなわけで、今日も放送朝礼となってしまいました。どうぞ体調管理にご注意いただきますように。

 今日は税理士会の方をお招きして、6年で「租税教室」を開催しました。授業では、「ここに年収が100万の人、200万の人、400万の人、800万の人、1500万の人、3000万の人がいます。この人々から合計3000万の税金を集めなければなりません。どのようにして集めるのが、公平で納得のいく集め方だと思いますか。」というテーマでグループごとに話し合いをしました。累進課税についての学習なのですが、熱心に電卓をたたきながらそれぞれの班が徴税方法を発表していました。授業では新聞紙でできた偽物の100万円の札束も登場して、みんなはびっくり。税金がどんなことに使われているのかを学び、税の大切さを感じたようです。以下は6年の感想です。

 

     税金を払わないと、すごく生活が不便になるのだなあと思いました。

     税金を払わなかったら、何もかもができなくなるというのを聞いて、お金は払いたくないけど、払わなければいけないというのを知りました。

     お金を出してこられたときに一瞬本物かと思いました。警察署や消防署に勤めている人の給料が、すべて税金でまかなわれていることを知らなかったので勉強になりました。

 

これを機会に大いに税金やその使い方にも関心を持ってほしいものです。

 朝桜並木で用務員の岡崎さんと遊ぶ子どもたちの姿があります。子どもたちが言うには、岡崎さんはこま回しの名人で、紐の巻き方から投げ方まで何度も何度も見せては教えてくださるとのこと。また今日は3年の女の子が岡崎さんにお願いをしていました。「わたし、ゴム弓がほしいんです。岡崎さん作ってくれませんか。お願いします!」「どんなんでもいいか?わかった!ちょっと時間かかるけど、作っといてあげる!」岡崎さんはトレードマークの野球帽のひさしをさわると、ニッコリ笑って答えました。あとで女の子に話を聞くと、「今日、総合の時間に昔の遊びでみんなで遊ぶんだけれど、うまく作れなくて...。岡崎さんはいろんなことを教えてくれるから、きっと作ってくれると思って。」と話してくれました。なんでもたいていのことは聞いてかなえてくれる岡崎さんは、本当に子どもたちの人気者です。

 女の子のお話のとおり、3年生は3時間目と4時間目を使って体育館で授業がありました。羽子板あり、かるたあり、ゴムとびあり、ゴム弓、こま回しありといくつもの昔の遊びのブースが設けられ、楽しく体験をしていました。朝の女の子も、岡崎さん特製の桜の木でできたゴム弓を手に遊びに夢中になっていました。嬉しかったと思います。また今日は、保護者の方々も参加してくださり、童心にかえって「名人」として子どもたちの遊びの輪に加わっていただきました。本当にありがとうございました。

 お父さん、お母さんが子どものときにも、誰に教わったのか、さまざまな遊びが学校でも、地域でもあったのではないでしょうか。わたしが小学校のころには、ビー玉遊びが流行っていました。こんなに楽しい遊びはない!と暇があると近所の自分たちで作った専用球技場(ただ地面に穴を掘った場所ですが)で、友だちと暗くなるまで遊んでいました。そんな遊びもまたお子たちに伝えていただくのも楽しいのではないでしょうか。それをもとに、広い敷地のなかで子どもらしいいろんな遊びや企みを体験してほしいなあと願っています。

今日は心が痛むことがありました。

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 校長室の電話が鳴り、近隣にお住まいの方からですとの声。良からぬ不安が的中しました。声の主は落ち着いたお声の年配の女性の方でした。「聖母は登下校に自動車は許可なさっておられないですよね。ここ何年ものことで困っていることがあるのでお電話しました。私の家のすぐ近くの路上で、いつも聖母の親御さんが自動車を停めてお子さんの帰りを待っておられる場所があります。それも1台や2台ではありません。お母さんは皆さんお友だちらしく、早くから停めてずっとおしゃべりをされています。でもね。ここは地域の子どもたちも下校に使う道路です。どれほど地域に住んでいるものにとってじゃまになっているか、全く気にもとめておられません。あげくのはてに、子どもさんが自動車のところまで帰ってきても、子どもは子どもで遊び出し、お母さんはいつまでもおしゃべりを続けている。こんなことを許しておいていいのですか。」穏やかな口調ながら、はっきりとした抗議がわたしには伝わってきます。さらに女性の次の言葉にわたしは本当に恥ずかしくなって顔が火照ってきました。「じつは、わたしの娘も昔、聖母小学校に通わせていたのです。車が増えたとはいえ、こんなことは当時はありませんでした。ところが、うちが聖母の卒業生だというのを近所の方は知っていて、うちに苦情を言ってこられるのです。こんなことでお電話するのはとても勇気がいりましたが、愛する母校でもあります。お願いします。」 

なんとお電話の主は元保護者の方だったのです。ほんの一部の保護者のマナーの悪さのために、学校の信用に大きな傷をつけていること。さらに卒業生のご家庭をはじめ近隣の方々にご迷惑をおかけしていること。本当に悔しく残念でなりません。教頭の時、近隣の苦情を受けて早朝、路上パトロールをしていますと、自動車に乗せられてくる子どもたちが一様に頭を抱え見えないように座席に隠れて、わたしの前を通りすぎたのを思い出します。「先生や、隠れろ。」とでも言われたのかもしれませんが、子どもたちと、そんな朝の出会いをしなければならないことが、腹立たしくてならなかったことを思い出します。と同時にそんな生き方を教えられる子どもが可哀想でなりませんでした。

子どもは大人の言うとおりにはしませんが、やるとおりにします。こんな時代こそ「ばれなければ悪いことをしたって平気」などということを自分の背中で子どもたちに教えていないか。日々問うのは子どもを育てる大人の責任だと強く思います。

 暖かい陽射しがふりそそぐ立春になりました。子どもたちの背筋も伸びて、動きも軽やかになってきたような気がします。中間休みの時間に、6年生の男子が軟式野球をはじめています。ふだんは禁止されている軟式野球なのですが、受験も終わったこの時期、先生の指導のもと、6年にだけ特別に許可しているのです。今日はピッチャーが奥清二郎教諭、キャッチャーが長谷川治司教諭の6年担任による黄金バッテリーです。約12人くらいの子どもたちがチームに分かれ試合をしました。やはり、5年の時より、毎日柔らかいボールで野球をしていた成果でしょうか。どの子もなかなかの好打で、長打連発。ダイヤモンドをぐるぐると駆け回っていました。しかし守備ではトンネルあり、暴投ありと珍プレーが続出。楽しい時間を過ごしています。

 その隣では、4年が中心となってラケットベースに熱中していました。「おい、ラケットで打て。」とバットを持っている背の低いバッターにラケットを渡す4年生。見るとバッターは3年生でした。よくみると身体もひとまわり小さい3年生が、何人もゲームに入れてもらっていました。こうやって、教えてもらいながら遊びを覚えて大きくなっていくのですね。そして、遠目に6年生の軟式野球を羨ましそうに見つめながら、いつか自分たちもあの固いボールで遊べる日に、きっと憧れていることでしょう。

 桜並木は縄跳びと竹馬、そして1年のこま回しと2年のけん玉が大はやり。活発な動きは春の足音のように感じます。

 今日のブログは教頭の藤原が書かせていただきます。

朝、いつもなら登校したらすぐに子どもたちは校内着に着替えるのですが、今日は1年生がみんな制服のままでいます。『あれ、なぜかな?』と思い、たずねてみると、「今日はね。ミサがあるからやねん。」と嬉しそうに答えてくれました。ミサというのはカトリック教会で行われる儀式です。聖書朗読や神父様のお話、そして共同祈願などはいつもの祈りの集いとほとんど同じ流れですが、それに加えて『感謝の祭儀』が行われるものです。どの学年も1年に1度、子どもたちと保護者の方が一緒に聖堂に集まってこのミサにあずかるのです。ミサの司式はカトリック香里教会の矢野神父様で、初めてミサにあずかる1年生にもわかりやすくお話をしてくださいました。「愛することは相手を認めること、相手のことをよく知ることです。愛の反対は何だと思いますか?実は無関心です。」と言われました。私たちも子どもたちによく「お友だちを大切に。」というのですが、それ以前に相手に関心を持つということ、友だちが今どんな気持ちでいるのかを知ろうとすることが大切なのだということを、今日は教えていただきました。

ミサの中で唱える難しい言葉も、何曲か歌う聖歌も1年生は声をそろえて頑張りました。一緒に参列された保護者の方々はきっと、お子さまの一年間の成長ぶりに驚かれたのではないでしょうか。共同祈願では、各クラスの代表の子どもが祭壇の上ではっきりと祈願文を読み上げました。その中の一つをご紹介します。

「神様、いつも私たちを見守ってくださってありがとうございます。そして、私たちをここまで育ててくださったお父さんお母さんやおうちの人、先生方、全ての人に感謝しています。私たちはこれからもっとイエス様やマリア様に倣って、周りで困っている人を助け、素直で優しい人『平和の天使』になることができるようにがんばります。神さま、これから私たちを見守ってください。」みんなの祈りはきっと神さまにとどいたと思います。

 新しい月に入りました。2年生が毎月届けてくださる校長室前の手作りカレンダーも、テーマは「節分」。可愛い二人の鬼さんが折り紙で作られています。「節分」と聞くとみなさんはどんなことを連想されるでしょうか。わたしは田舎育ちだったせいでしょうか。くらしの中に地元の古い慣習やしきたりが、濃厚に溢れていたように思います。この日の夜、今はもうどこの家にもなかなか無いような古い一升枡に、祖母がいった豆を入れてくれたのを覚えています。「元気にまかんと鬼が出ていかへんで。」と言われて「鬼は~そと。福は~うち。」と大きな声でパラパラとまきますと、何かしら本当にいいことがやってくるような感じがしたのを覚えています。鬼なんかいないとわかっていても、春を迎えるこの節目の夜に、ひとつのけじめのようなものを感じていたのかもしれません。

 鬼の話題が出ましたので、ご存知の方もおありだと思いますが、浜口廣介の「泣いた赤鬼」というすてきな童話をご紹介したいと思います。

 

 山の中に一人の赤鬼が住んでいました。赤鬼は人間たちとも仲良くしたいと考えて、家の前に「心のやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。お菓子もお茶も用意しております。」と書いた立て札まで立てました。けれども人間は疑って誰一人訪ねてきません。赤鬼は信用してもらえないことを悲しみ腹をたてて立て札も引き抜いてしまいました。そこに友だちの青鬼がやってきて、赤鬼のためにこんな芝居をすることを考えてやりました。青鬼が人間の村で大暴れをする。そこへ赤鬼がやってきて青鬼をこらしめる。そうすれば赤鬼が優しい鬼だとわかるだろうと。さて計画は成功して村人たちは安心して赤鬼の家に何人も訪ねてくるようになり、友だちもたくさんできました。しかし赤鬼は、あの日以来姿を見せなくなった青鬼のことが気になってしかたがありません。ある日家を訪ねてみると、戸は固く閉まり貼り紙がしてありました。「赤鬼君、人間と仲良くしてください。このまま僕と付き合っていたら君も悪い鬼と思われるかもしれません。僕は旅に出ます。君のことは忘れません。さようなら。どこまでも君の友だち、青鬼」赤鬼は黙ってそれを読みました。二度も三度も...。戸に手をかけて顔をおしつけ、しくしくと涙を流して泣きました。

 

 わたしはこのお話を読むたび、じーんと熱いものがこみ上げてきます。友だちに対してここまで自分を投げ出せるだろうかと。深いお話だと思います。