May 2009 Archives

心あたたまるお話を伺いました。

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 本来なら今日6年が修学旅行から帰着する予定でしたが、6月10日~12日に延期となりました。残念ではありましたが、授業再開後一週間、感染する子どももなくほっと胸をなでおろしています。

 今日は1・5年の参観授業があり、5年の学年ミサもあり、午後からは今年度の学級委員のみなさまによる会議もありと、多くの保護者のみなさまにお越しいただきました。元気な子どもたちの活動の様子をご覧いただき、みなさまにも、ほっとしていただいたのではないでしょうか。

 こうした参観の日にはお父さまやお母さまが「よろしいですか。」と校長室をお訪ねいただくこともときどきあります。「何か不都合なことがあったのだろうか?」と一瞬不安がよぎるのもそんなときなのですが、うれしいお知らせを運んできてくださる場合も多々あります。先日お見えいただいたお母さまは、以前このブログでもご紹介した、1年生のお母さま方からとても爽やかだね、とお褒めいただいたお子さんのお母さまでした。「先日、先生からその話を聞いて嬉しくて嬉しくて。すぐに子どもにも伝えたらすごく喜んでいました。受験もあるし焦らないというと嘘になります。でも、今回褒めていただいたことで、わたしは本当に大切なことに気づいたのです。親ものんきで勉強のほうは少し苦手な息子ですが、わたしはこの子を受験で良い成績を取るために聖母に入学させたんじゃない。優しい思いやりのある子どもに育ってほしいと思って入れたのだ。そして、こうしてお褒めいただいて、それは間違いなかったと実感したのです。もっともっと褒めてあげなきゃいけないのに、つい親が他の子どもさんと比べては焦って叱ってばかりで...。でも、校長先生、聖母に入れた意味がわたしにははっきりとわかりました。」お母さまの目は真っ赤になっていました。真剣な熱い気持ちがひしひしと伝わってきて、わたしも目頭が熱くなってきました。短いひとときでしたが、とてもいいお話でした。廣岡理事長が先日の講座でお話された「魂の蓋を取る」とは、まさにこういうことではないか。わが子のたくましく育っている部分をはっきりと実感されたお母さまの魂こそが、蓋が取られて自由になり、入学された時の新鮮な泉を取り戻されたのではないだろうか。

 お母さまの出ていかれた校長室に爽やかな風が吹いていました。

 昨日は、保護者対象の「宗教教育を考える講座」の第1回目を開催しました。わたしは、せっかくカトリックの学校に入学していただくのに、保護者のみなさまがカトリックの教えについて触れていただく機会がないのは残念だと以前から思っておりました。そこで新しい試みとして、1年生の保護者のみなさまを中心として、また他の学年の保護者のみなさまにもお声をかけて、年5回の講座を開講することにしました。おかげさまで90名ほどのみなさまにお集まりいただき、聖母ならではの和やかな温かい会になりました。

 第1回目の講師は本学の理事長・学院長であり、聖母教育支援センター長の廣岡洋子先生にお越しいただきました。終了後「初めてお目にかかれて嬉しかったです。」と参加された1年の保護者が何人も声をかけてくださったと先生も嬉しそうにお話されていました。ホームページや学校案内では写真を見ても、なかなか直接会ってお話をきくという機会は少なかっただけに、とても良い機会になったと感じました。先生はお話のなかで、カトリック精神を一言で言うと「愛」である。その「愛」のなかでももっとも神が人間を愛された「愛」に近いのが「アガペー」と呼ばれる「愛」であり、これこそが親がわが子に感じる無条件の愛なのだとまず教えてくださいました。そして「子どもは完全な魂をもって産まれてくるのに、これに蓋をしてしまうのが大人です。この魂の蓋をいかに開いていくかが親、教師の大きな責任であり、そういう意味で母親になるということはそれに関われるという恵まれた条件を子どもから与えられているのですよ。」ともお話されました。心や感情といった表面的なものではなく、この魂に触れる子育て、教育をすれば、必ず子どもは神さまに託された素晴らしい能力を引き出せるのだというお話は、カウンセラーとしてのご経験に裏打ちされたとても説得力のあるお話でした。次回は「生きる」というテーマで引き続き廣岡理事長を講師としてお招きして、6月24日に開催します。

よりたくさんの保護者のみなさまのご参加をお待ちしております。

 待ちに待った授業再開の朝。マスクを付けている子どもの数は増えたものの、いくぶん小走り気味に校門へ向かってくる子どもが多かったように思います。「元気だった?」と尋ねると「うん。でも退屈やった。」「ずうっと家の中におったんやで。」との声。新学期が始まるときのような、弾んだ声と笑顔が新緑の丘に響く朝となりました。校内でも「学校はどう?」と何人かに尋ねると「めちゃくちゃ楽しい!」「友だちと出会えて嬉しい!」との答え。子どもあっての学校。みんながこうして集える「当たり前」に、心から感謝する一日となりました。

 保護者のみなさまのご協力のもと、おかげさまで現在まで新型インフルエンザに感染した人はいません。けれども目に見えない相手だけに、どこから感染が起こるかもまたわかりません。引き続き手洗いやうがいをすることや、人混みを極力避けることは続けていかねばなりませんし自分の体調やまわりの状況によっては、マスクをきちんと着用することも必要です。大切なことは、自分の身体やまわりの人の身体を守るために、自分はどんな行動をとるべきかを、小学生なりに自分の頭で考えて実行することではないでしょうか。

 これだけ社会全体が、感染の拡大に危機を感じている最中に、暇をもてあましたといってカラオケ店で遊ぶ高校生が増えたというニュースをご覧になった方もおありでしょう。わたしは腹立たしさを通りこして、情けない気持ちでいっぱいになりました。いったい、何を学んで高校生の歳になったのか。感染のために世論からも非難され、本当に辛い思いを体験した同世代の仲間や、十分な医療を受けられず命を落とした他国の人々の気持ちをどうして感じられないのか。そういった人々の苦しみへの無関心さや自己中心的な考え方は、ひょっとして人間としてインフルエンザ以上に病んでいると言っても過言ではないと思います。自分も関わる教育の大きな課題を、改めて突きつけられた気がします。

 

「憧れ」をもつことの大切さを学びました。

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 6年を担任していたときのこと。国語で「伝記」を学んだのを機に「自分がいつかこんな人になりたい!と憧れる人物について調べて、紙芝居にしよう。」と取り組んだことがあります。野球好きのM君の憧れは当時ヤクルトの名捕手として活躍していた古田さん。彼の出身校での恩師を探し、転勤先を尋ねて連絡するなどの地道な調査の結果、M君は中学校と高校の野球部で古田さんを指導されていた先生から直接お話を聞くことができました。また体操を習っていたAさんの憧れは池谷さん。出身校の監督さんからは、Aさんの質問に答える長い長いお手紙が届き、「体操を頑張ってください。」と励ましの言葉までいただきました。全く初めてお送りした小学生のお手紙に、誠実に答えてくださった各先生方。「すばらしい選手は、すばらしい指導者に出会い憧れたのだ」と感じるとともに、子どもたちにとって「憧れ」をもつことの大切さを痛感したのを覚えています。

 このときに子どもたちが作った作品で今でも忘れられないのものは、何といってもさっちゃんの作った紙芝居です。有名人を選ぶ人が多いなか、さっちゃんが選んだ人は、お母さんでした。彼女の作った伝記はお母さんの誕生から始まり、どんな子ども時代を過ごしながら成長したのか、やがてお母さんがどんなふうにお父さんと出会って恋をして結婚をすることになったのか、そして自分を産んで育てながら、どのように今日までお店を必死できりもりしてきたかについて詳しく綴られていました。「だってお母さんに憧れるもん。」笑顔でそう言いながら、こんな素敵な紙芝居を作ってくれる娘を育てられたご両親に、わたしは心のなかで大きな拍手をおくったものです。

 ところが、数年後、さっちゃんを大きな不幸が襲います。何と大好きだったお父さんが急逝。その後、お母さんのもとでお母さんを助けながら立派な大人へと成長したさっちゃんは、今は遠い街で教師となり子どもたちの「憧れ」の先生となっていると聞きます。「憧れる」ことの大切さ、素晴らしさをわたしに教えてくれたさっちゃん。

きっとお母さんへの「憧れ」が、彼女を支え続けていると思えてなりません。

 

 今日は、副校長の藤原がブログを書かせていただきます。昨日のブログに赤野校長が書かれましたように、今日も一日静かで寂しい学校でした。お天気のよい朝、とてもさわやかな日差しを浴びながら、水遣りをしました。まず初めに小運動場の奥にある畑に向かいました。運動場を横切らずに、プールの方を回って行くと、プールサイドにアヒルが・・・(?茶色ですが、どう見てもカモではなくアヒルのように思いました。)しばらく様子を見ていると、小学校のプールに入ってから一度あがり、再び中高の大きなプールへ。気持ちよさそうに水面を進んでいました。新型インフルエンザで大騒ぎしているというのに、なんとものどかな様子でした。1年生の教室の横『はだしの広場』の前には、一人ずつの名前が書いてある鉢植えのミニトマトがあります。一つ一つに水をあげながら、「本当なら、かわいい子どもたちが優しくお水をあげているのに、ごめんね。」と心の中でつぶやいていました。

 さて、先週は3・4年生合同の合宿があり、私は同行しておりました。雨が心配されていましたが、三日間ともよいお天気に恵まれました。近江八幡の琵琶湖畔にある国民休暇村で宿泊し、この合宿が二回目の4年生が3年生のお世話をして、一緒に活動しました。二日目は4年生が飯盒炊爨でカレーを作り、お昼に3年生と一緒に食べました。事前におうちで包丁を使って野菜を切る練習をしてきたとのことですが、人参やジャガイモや玉葱を切る様子は、なんとも危なっかしいこと。それでも、中には熟練者もいて(私も顔負けです!)手際よく乱切りをこなす子どももありました。カレーが出来上がって、4年生は大きなお鍋を自分たちの班のテーブルに運び、3年生を迎えに行くのですが、どの子も自慢気な様子で、「うちの班のがきっと一番おいしいからな!」と言っていました。そして、私にも「うちの班のを一番に食べに来て。絶対一番おいしいから。」と誘ってくれます。一口食べた私の顔をみんながじっと見つめます。「ホントだ、一番おいしいわ。」と私。(一番初めにいただいたのですから、当たり前ですよね。)次々とテーブルを回って少しずつよばれました。それぞれに味が違うのが不思議でしたが、コメントを言うのに苦労しました。「濃厚でまったりとした味がいいねえ!」とか「さっぱりしたさわやかな味ですてき!」など・・・子どもたちにとって、楽しい思い出になったと思います。3年生はきっと来年、頑張っておいしいカレーを作ってくれることでしょう。

一日も早いみんなとの再会を待っています。

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 思いもよらぬ休校です。予想はしていたものの、こんなに凄い勢いで兵庫、大阪地区にインフルエンザが流行するとは誰も考えられなかったのではないでしょうか。子どものいないキャンパスで、1年生が育てている鉢植えや畑に育っている2年生のトウモロコシや4年生のゴーヤに水やりをしながら、静まりかえった学校での一日が過ぎました。はだしの広場には、緑色のじょうろが三つ元気なく転がっています。「当たり前」のことは何一つ無いとは言いますが、みんなが普通に元気に学校に登校できることが、どれだけありがたいことかを身にしみて感じています。

今日は、みんな、どんなふうに過ごしたのだろう。外に出かけることもできず、部屋のなかで過ごした人もたくさんいたことでしょう。なかにはご両親がお仕事のため、子どもだけで過ごした人もいることでしょう。子どもだけを残して仕事に出かけなければならないときの親の辛さや不安は大変なものです。このような子どもたちの、そしてご家族みんなの我慢や辛抱が、積み重なった一日だったと思います。

一日も早い事態の収束を願うばかりです。

ここのところ1年生の校長室への訪問がどんどん増えてきていました。次は1年生の書いてくれた「あのねちょう」です。

 

きょう、やすみじかんに、KちゃんとAちゃんとこうちょうしつにいきました。こうちょうせんせいがギターをひいてうたをうたってくれました。はじめて、こうちょうせんせいがギターをひいているところをみました。じょうずだなあっとおもいました。またききたいです。

 

最高にほめられて天にも昇る気持ちです。子どもたちの来ない校長室なんて、泡の消えたサイダーみたい...。早く、いっぱいいっぱい子どもたちと歌を歌いたいです。

今日は6年の授業参観でした。

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 夕方、まず3年生が、そして30分ほど後に4年生が合宿から帰ってきました。最終日は3年生は琵琶湖博物館見学、4年生は大凧記念館見学と別行動で帰途についました。バスから降りてくるどの顔も少々疲れ気味で、目一杯活動した合宿だったようです。ゆっくり休んでほしいものです。

 学校では6年の授業参観と修学旅行の説明会がありました。藤組の授業は音楽。松村真紀教諭の伴奏に合わせて「翼をください」の合唱に取り組んでいました。なかなか男の子も良い声を出していて、上手な二部合唱になっていました。音楽発表会が今から楽しみです。梅組の授業は国語。熟語集めのプリントをしたあと、百人一首を楽しむところも見ていただきました。活発な意見の発表ができていて、担任の柴田倫子教諭との息もぴったりのやわらかい教室の雰囲気が印象的でした。桜組は担任の奥清二郎教諭による宗教の授業でした。妊娠中にガンを発病。女の子を出産後闘病して亡くなったテレニン晃子さんの著書「ママからの伝言 ゆりちかへ」を題材に、余命をわが子の出産に賭けた生き方を考えました。参観された方の頬にも熱いものが流れていました。

 懇談に先立ち、昨日ご紹介した6年生の頑張りをお話しました。実はその後、さらに感動的な(笑)話が伝わっていまして、ある駅のリーダーの男の子は、その駅まで送られる1年の保護者の方々の憧れの的だというのです。というのも、駅で1年生と電車に乗車してまず1年生を座らせたあと、なんと電車が動き出してホームを離れる間、お見送りの1年のお母さんたちに直立してお辞儀をするそうです。それも毎日です。「爽やかやね。」とお母さん方に評判らしいのです。さすが本校自慢の6年生です。

1年の家庭訪問で嬉しい報告がありました。

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 今週から1年生の家庭訪問が始まっています。1年生のご家庭にはお忙しいなか、時間のご都合をつけていただき、本当にありがとうございます。本校では1年生のみ、この入学直後に全家庭に実施させていただき、お話をさせていただく機会を設けています。

 1年生の先生から、たくさんの保護者のみなさまから「6年生が本当によくお世話をしてくれて助かっています。」とか「どうやったらあんな素晴らしい6年生に育つのでしょうか。」といったお褒めの言葉をいただいたと嬉しい報告を聞きました。入学以来、6年生の保護者のみなさまのご協力のもと、最高学年として1年生の手をひき、話し相手や相談相手になってくれた6年生への最高の賛辞として、おおいに喜びあいたいなあと思います。「聖母に入ったらこんな素敵な子どもに育つんだ」と子どもの姿を見て感じてくださることこそ、本当に説得力のある広報であり、福音(愛)を伝えることであると思います。

 もう20年ほど前の話ですが、やはり家庭訪問の際にあるお母さまが聖母の小学校を選んだわけを話してくださったことがありました。そのお母さまはたしか公立の中学校にお勤めの先生だったと記憶しています。「わたしはある年、書道を教えていました。授業後、40人以上の子どもたちが練習した何枚もの半紙を次々とまるめて、教室のすみにあった大きなゴミ箱に捨てて教室をあとにするのが習慣でした。ところが、その日教えた1年生の授業後、おとなしい女の子がひとり残って、ゴミ箱に手をつっこんでごそごそしています。何をしているのかなと見ると、今友だちが捨てていった半紙を取り出しては1枚1枚しわを伸ばして重ねているではありませんか。わたしはびっくりしました。思わずどうしてそんなことするの?と尋ねてしまったのです。するとその女の子はにこにこしながら、『のばしたらまた練習に使えます。わたしは聖母の小学校でこうすることを教えてもらいました。』と答えたのです。そのときわたしは結婚もしていませんでしたが、子どもができたら絶対に聖母に入れようと決めたのです。」

駆け出しだったわたしの心に熱いものが溢れました。公立中学校でたったひとりでも聖母での教えを実践した、この女の子の凛とした姿に、創立者が望んだ「平和の天使」の姿をはっきりと見た思いがしたのです。忘れられない家庭訪問になりました。

 朝方まで心配された天気も薄日がさす程度まで回復し、リュックを背負った子どもたちがグロッド前に集合しました。今日から3・4年生合同の近江八幡休暇村での合宿です。はしゃぎながら集まっている子どもたちに「どんなことが楽しみ?」と尋ねると「みんなと遊ぶこと。」「焼き板を作ること。」と3年生、また4年生からはほとんどの子どもたちが「カレーを3年生に作ること。」という答えが返ってきました。この合宿では、4年生が、初めて2泊3日の長期滞在をする3年生のお兄さん、お姉さんとなって、お世話をすることになっています。今日は一緒に田園風景の中をハイキングし、ミニトマトやきゅうりの収穫を体験しました。初夏の日差しを浴びたもぎたての甘さ、香りを存分に味わったことでしょう。明日はいよいよ4年生によるカレー作りがあります。去年上級生に作ってもらった4年生が、今度はもてなす番です。3年生はお礼に杉板をかまどで焼いて4年生の分まで焼き板づくりをします。そして明日の夜、絵の具でデコレーションをして、合宿の記念プレートに仕上げます。3・4年の兄弟姉妹にとって、楽しい夜となりますように。

 学校では2年生が1年生の手をひいて学校案内をしました。この日のために2年生は「職員室」「大運動場」「校長室」などの場所ごとに「何をするところですか?」「守らなければならないやくそくは何ですか?」などと、ひとつひとつ先生たちに尋ねてメモをとり、案内の準備をしていました。校長室にも次々と可愛いお客さまが来室。「校長先生はニックネームがドラえもん先生言うんやで。」とか「頼んだら歌を歌ってくれるんやで。」といろんな紹介をしてくれました。「よしっ、1年生も歌おうか!」と1年生が習いたての聖歌「かみさまがわかるでしょ」をギターで伴奏して大合唱。30人近くの元気な声が校長室から溢れること3度。この子たちもまた近江八幡で「同じ釜の飯を食べる」兄弟姉妹になります。  楽しい穏やかな学校生活を支える土台作りが着々とすすんでいます。

今日は朝からGood Newsにいっぱい出会いました。

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 朝横断歩道に立っていますと、朝一番のグッドニュースが子どもたちから飛び込んできます。先日のこと。「先生、産まれたよ!男の子!弟、可愛いで。」「ほんまか。やったなあ。おめでとう!お母さんによろしく言ってね。」朝の景色が一気に輝きます。予定日がもうすぐです、と参観にお見えになっていたお母さまを思い浮かべながら、わたしにも家族が増えたような嬉しい気持ちになります。また昨日は、女の子が「ねえねえ、先生。今日何の日か、わかる?」「うーん...何の日だっけ...。」とわたし。「わからない?教えてあげる。あのね、今日はわたしの誕生日!」ニッコリの笑顔に「そうやったんや!おめでとう!」と祝福の言葉をかけながら、これまた家族のお誕生日をお祝いするような嬉しい気持ちになります。

 さらに今朝は始業前の校長室に二人の男の子が訪ねてきてくれて、グッドニュースを伝えてくれました。「あのう、クラスを決めるのって、校長先生が決めるんですか?」「まあ、そうかな。どうしたの?」「ありがとうございます!(ペコリと急に二人でお辞儀をするので、わたしはびっくりしてしまいました。)ぼくたち、仲良しになれたし、クラスにもいっぱい友だちができたんで...。校長先生、ありがとうございます!」真面目な顔で言う顔を見つめながら、思わずこの子の頭を撫でていました。「それは良かったなあ。先生も昔担任した人たちがもう30歳も過ぎているけれど今でも聖母のお友だちと仲良くしているよ。仲良くなった友だちは一生の友だちになるんやで。いいお話を本当にありがとう。」

 いえいえ。お礼を言わないといけないのは、わたしのほうです。「大好きがいっぱい」「笑顔がいっぱい」「いのちがいっぱい」の朝に、心があったかくなります。

 昨日は今年初めて、矢野神父さま(カトリック香里教会)をお迎えしての祈りの集いがありました。早朝7時50分からの自主参加の集いです。1年生にとっては初めての聖堂でのお祈りの会。担任の先生と一緒に全員が参加してくれました。おかげで、児童250人以上、教員18人の参加があり、聖堂の座席はうしろまで満席で20以上のパイプ椅子が用意されました。神父さまは、聖書の「自分が持っている100匹の羊のうち、もし1匹でも見失ったならば、99匹を野原に残してでもこの1匹を見つけだすまで探し回らないだろうか。そして見つかったならば、近所の人を集めて『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください。』と言うであろう。」という一節をゆっくり読みながら、1年生にもわかるように、どれだけ神さまにとって、一人ひとりの人間が大切かをお話してくださいました。集いに参加した記念にいただくカードとビーズを宝物のように、大切に大切に両手で持って聖堂を出ていく1年生の姿が心に残りました。

 この本校の祈りの集いは、自主的な活動であることに大きな意味があります。遊ぶこともできる時間に、誰から指図されたわけでもなく自分から、静かな聖堂に足を運び、聖書を聞き、聖歌を歌い、心静かに手を合わせる...。子どもたちの純真な祈りの場に同席するたびに、「この祈りを神さまが聞き入れてくださらないわけがない!」わたしは、そんな強い確信を持ってしまいます。

「皮膚からしみ込むカトリック教育というのでしょうか。日々友だちと祈り、聖歌を耳にし、口ずさむ...。そんなカトリック学校での日常が心の奥底に刻まれていくのです。そして、生涯にわたって人生の苦しみや悩みに直面したとき。まさにそのときにその心に刻まれた『どんなときにも神さまがそばにいてくださる!』という教えがその人を支えるのです。そこにカトリック教育の大きな可能性があると思います。」現在もカトリックの高校で宗教の教鞭をとられ、数多くの卒業生の人生とも向き合っておられる、矢野神父さまの言葉です。

 いよいよ1年生も皮膚から聖母の色に染まり始めました。子どもたちの生涯の支えとなる大切な色です。ご家庭のみなさまとご一緒に、心をこめて、染めてくださる神さまの働きに協力しなければと思います。

 大型連休も終わり子どもたちの朗らかな笑顔と元気な声が学校に戻ってきました。今日は鑑賞会があり、中国雑技団のさまざまな技を鑑賞しました。出演された方々は3歳の頃から特訓につぐ特訓を繰り返しておられるとか。笑顔を絶やさずに舞台狭しと繰りひろげられる演目のすごさに、子どもたちと見とれていました。圧巻は最後の演目。4本の瓶の上に載せられた4本足の椅子を次々と高く組み合わせていき、その頂上で逆立ちをしたり曲芸をするもの。「落ちひんのかな...こわーっ...。」みんなとドキドキしながら天井近くの雑技団の方の芸に見入っていました。プロの技のすごさを実感したひとときでした。

 下校する低学年と校門まで歩いていると「先生、学校があるほうがいいわ。」と男の子。「休み、楽しかったやろ?」と尋ねると「でも、退屈。学校来たら友だちもいっぱいいるし、いっぱい遊べる。家やったら勉強もいっぱいしんなんし...。学校始まってほんまに嬉しいわ。」とニッコリと笑いながら話してくれました。学校が大好きなことはとても嬉しいことですが、ちょっと複雑な気持ちにもなりました。家族と過ごす家での暮らしが、ほっとできる空間になっているのかなあ...と。

 私事を、それも昔の田舎の暮らしを言っても始まりませんが、この季節のわたしの一番の思い出は、なんと家族での昼寝です。田の字の部屋をしきる襖を開けっ放しにして、座布団を枕に昼食後寝るのが休みの日の家族の習慣でした。通り抜ける風がとても爽やかだったこと。寝転んだ縁側から見える、畑にあげられた真鯉と緋鯉の大きな鯉のぼりを、飽きずに眺めていたこと。そんなことが昨日のことのようによみがえってきます。どこに出かけることもありませんでしたが、この季節が来るたびにそんな光景をふと思い出しては、今は揃うこともできない家族での、かけがえのないひとときだったなあと感じています。