昨日は今年初めて、矢野神父さま(カトリック香里教会)をお迎えしての祈りの集いがありました。早朝7時50分からの自主参加の集いです。1年生にとっては初めての聖堂でのお祈りの会。担任の先生と一緒に全員が参加してくれました。おかげで、児童250人以上、教員18人の参加があり、聖堂の座席はうしろまで満席で20以上のパイプ椅子が用意されました。神父さまは、聖書の「自分が持っている100匹の羊のうち、もし1匹でも見失ったならば、99匹を野原に残してでもこの1匹を見つけだすまで探し回らないだろうか。そして見つかったならば、近所の人を集めて『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください。』と言うであろう。」という一節をゆっくり読みながら、1年生にもわかるように、どれだけ神さまにとって、一人ひとりの人間が大切かをお話してくださいました。集いに参加した記念にいただくカードとビーズを宝物のように、大切に大切に両手で持って聖堂を出ていく1年生の姿が心に残りました。
この本校の祈りの集いは、自主的な活動であることに大きな意味があります。遊ぶこともできる時間に、誰から指図されたわけでもなく自分から、静かな聖堂に足を運び、聖書を聞き、聖歌を歌い、心静かに手を合わせる...。子どもたちの純真な祈りの場に同席するたびに、「この祈りを神さまが聞き入れてくださらないわけがない!」わたしは、そんな強い確信を持ってしまいます。
「皮膚からしみ込むカトリック教育というのでしょうか。日々友だちと祈り、聖歌を耳にし、口ずさむ...。そんなカトリック学校での日常が心の奥底に刻まれていくのです。そして、生涯にわたって人生の苦しみや悩みに直面したとき。まさにそのときにその心に刻まれた『どんなときにも神さまがそばにいてくださる!』という教えがその人を支えるのです。そこにカトリック教育の大きな可能性があると思います。」現在もカトリックの高校で宗教の教鞭をとられ、数多くの卒業生の人生とも向き合っておられる、矢野神父さまの言葉です。
いよいよ1年生も皮膚から聖母の色に染まり始めました。子どもたちの生涯の支えとなる大切な色です。ご家庭のみなさまとご一緒に、心をこめて、染めてくださる神さまの働きに協力しなければと思います。