November 2009 Archives

朝からサンタに出会いました!

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 とうとう、11月も今日限りとなりました。昨日は聖母女学院主催のクリスマスチャリティコンサートが、門真市のルミエールホールでほぼ満員のお客さまをお迎えして行われました。梯 剛之(かけはし たけし)さんのピアノリサイタルは、心の奥にまでしみわたる音色の優しさに聞き惚れてしまいました。個人的にも大好きなベートーベンの「月光」ソナタは、特に素晴らしい演奏でした。またこれに先立ち行われた聖母ファミリーコンサートには、本校の合唱団の子どもたちも舞台に立ち、聖母女学院中学高等学校のお姉さんたちと一緒に日頃の練習の成果を発揮してくれました。最近感じるのですが、舞台に立つたびに堂々とのびのびと歌えるようになり、素晴らしい笑顔で歌えるようになりました。ご来場いただきました皆さまに、心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 朝始業前の校長室に、ふたりの1年生の女の子が手をつないで入ってきました。あまりに満面の笑顔でふたりとも幸せいっぱいでしたので、「仲良しだねえ。とってもいいこと!」とわたしの椅子の横で褒めてあげました。「ところで、ふたりは同じ幼稚園から入学したの?」わたしの質問にひとりが首を振って答えてくれました。「ううん、全然違う幼稚園。でも聖母で出会ってん。おんなじクラスになってん。なあ。」お隣の女の子も大きくうなづいています。「そうかあ、良かったなあ。こんなにいい友だちがいてくれるんやったら、学校、楽しいやろ?」その問いに、今度はそのお隣の女の子が「うん。もう早く学校に行って会いたくなる。なあ?」そう言われて初めに答えてくれた女の子も、いっそうニッコリ笑ってくれました。わたしも朝から幸せモードです。「ようし、じゃあ3人で遊ぼう!」と指を使って遊ぶゲームをしばらく楽しんで、今日の一日が始まりました。

明日からは師走ですが、昨日からクリスマスの準備をする待降節(たいこうせつ)に入っています。可愛いサンタさんに、とっても心が温まるプレゼントをもらった気持ちがします。

5年のスキー合宿に向けての練習が始まりました。

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 新年の1月12日から、5年生は3泊4日で長野県の栂池高原にスキー合宿に出かけます。今日から中間の休み時間を使って、スキー靴を履いて、スキーの着脱の仕方などの事前練習が始まりました。これに先立ち朝の会の時間に学年で集まり、主任の高木教諭から「これだけの人数が、雪深いスキー場で練習をします。ひとつ間違えばけがをしてしまう危険が伴うスキーだからこそ、集団での約束をきちんと守らねばなりません。みんなで協力しあって楽しいスキー合宿にしましょう。」とお話があり、続いて森本教諭からスキー靴の履き方やスキーの扱い方について説明がありました。

 本校で実施している合宿のなかでも、できなかったことができるようになるという意味では、このスキー合宿ほど子どもたちの達成感が高いものはありません。ほとんどの子どもたちが、生まれて初めて体験するスキーですが、インストラクターの指導のもと、恵まれた上質の広いゲレンデで、どの子どももどんどん上達します。わたしもこの大阪聖母に転勤してくるまで、一度もやったことがなく、こわごわ歩き転びながら練習したひとりで、10年かかってようやくボーゲンができるようになった程度ですが、子どもたちの伸び率には驚かされます。1日目。間違いなくわたしのほうが上手に滑っていたはずなのに、4日目になると、ビュンビュンと追い越されていくのです。本当に上手くなって自信をつける合宿です。また新春らしくみんなでお餅つきをしたり、百人一首大会をしたりもします。寝食を共にする長い合宿をとおして、みんなが上達し、考えもしなかったような高さまでリフトで上り、まだ誰も足跡さえつけていない白銀のゲレンデに、みんなで列を作ってシュプールを描く体験は、強い仲間意識を育てます。

 楽しい合宿となり、学年としてひとまわりもふたまわりも成長することを願うばかりです。

新入生の体験授業をしました。

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 「大きくなったなあ。」いつまでも小さいと思っていた子どもに、そう感じる瞬間が必ずあります。わたしが1年生だったころ、知人宅に出かけた祖母を、真っ暗な雨の降る道を傘を持って迎えに行かされたことがあります。おりしも重くたれこめた夜の雲からはピカッ!ピカッ!と何度も何度も稲妻が走り、そのたびにドキッとして立ち止まるといった状況でした。それでも何とか知人宅に着き、祖母と二人で傘をさして帰宅しました。そのとき祖母がしみじみと「大きくなったなあ。」と頭を撫でて褒めてくれたのです。本当は泣きべそをかきたいくらい怖かったわたしも、ちょっと小さく胸をはってみせたのを覚えています。

 今日は来春に入学してくるお子たちをお迎えしての体験入学を午後から開催しました。後半の制服採寸を前に、前半は1年生との交流タイムです。最初は、聖歌「かみさまがわかるでしょ」の元気な合唱をプレゼントしました。心のこもったいい歌声でした。次は玉入れゲーム。かなり籠の高さを高くした1年生チームと、新入生チームの対戦です。1回戦はなんと同数の引き分け。2回戦は新入生の勝ち。3回戦は1年生の勝ち。見事引き分けになり、会場はおおいに盛り上がりました。そのあともジャンケン挨拶ゲームをしたり、仲間わけクイズをしたりして、いつまでも小さいと思っていた1年生が、新入生の手を引き、声をかけながら楽しく遊ぶことが出来ました。このほほえましい光景を見つめながら、ふと浮かんできた言葉が冒頭の「大きくなったなあ。」です。ひとりひとり、頭を撫でてあげたくなりました。

 帰りの校門で「楽しかったなあ。」「いっぱい遊んだなあ。」と話す新入生の心には、今日のお兄さん、お姉さんの笑顔が、しっかりと刻みつけられたのではないでしょうか。同時に1年生の心にも、2年生としてお世話をする自分の姿が刻みこまれたことでしょう。

4月の入学式を全校みんなで準備してお待ちしたいと思います。

1年生の「秋まつり」も大賑わいでした。

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 3連休明けの火曜日でしたが、インフルエンザでお休みする子どもも相次ぎ、明日から2年生の1学級を閉鎖することになりました。校医さんのお話では、この連休中の緊急の外来もすごい数にのぼっていて、季節性のインフルエンザとともに例年とは全く違う流行の状況だとか。どうか体調を崩されている方は、お大事になさってください。

 さて、今日は1年・3年・6年の参観日がありました。3年は学年ミサが3時間目にあり、大きな元気な声でミサに参加しました。司式の矢野神父さまから、「みんな神さまから頂いたものはひとりひとり違っていいのです。けれども、それを人のために使って喜んでいただきたいって考えてほしいのです。」とお話がありました。頷きながら神父さまのお話を聞く子どもたちの姿に、みんな大きくなったなあと感じました。

 午後からの1年の授業は、トレーニングルームを会場に「秋まつり」が開催されました。生活の時間にみんなで相談して「おみせ」「ゲーム」「てんじ」「カフェ」「だしもの」のどれかのお店を準備しました。どんぐりを使った「ゴムやさん」、松ぼっくりで作った剣玉や葉っぱで作ったしおりを売る「あきうりば」、楽しい歌を聞かせたりダンスを踊ってくれる「カラオケやさん」など、楽しい発想のお店に可愛い商品がいっぱい並びました。参観にお越しのおうちの方々も、それぞれのお店に長い行列を作って参加してくださいました。その数がものすごく多かったため、どの店も繁盛して大忙し。楽しい「秋まつり」になりました。「長い長い期間を使って、すすんで自分たちで計画して準備してきた『秋まつり』でした。おうちの方やお友だちにもたくさん見ていただけて、ひとりひとり本当に大きな達成感を得たようです。」とは、担任の丸橋萌々教諭。実り多い時間となったようです。

 6年にとっては最後の参観授業。「またひとつ、行事が終わっていくんですね。」とぽつんともらされたお母さんの言葉がとても心に残りました。

平和の有難さを感じました。

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 一気に真冬になったような寒さです。秋もいよいよ終盤。2学期もあと1ヶ月となりました。インフルエンザもまだまだ収束にはほど遠く、2年生の1学級では2回目の学級閉鎖となりました。この寒さでまた風邪をひいてしまわないだろうかと、心配しています。

 今日は4年藤組の国語の授業を参観に行きました。単元は「一つの花」。今西祐行さんの有名な作品で、戦争に出征する父親と離れ離れになる幼いゆみこと母親の姿を描いた物語です。今日は、お腹をすかして十分に食べられないゆみこが、お父さんとの最後の別れのときになっても「一つだけちょうだい、おじぎり、一つだけちょうだい。」とぐずる場面です。北村教諭は「お母さんは本当はどんなふうにお別れしたかったんでしょう。」と授業の後半で問いかけました。子どもたちから「本当なら一緒にゆっくりお父さんとおにぎりを食べたかったのではないか。」「せめて笑顔で見送りたかったんではないか。」と意見が出ました。戦争はもちろん、食べるものも何も無い体験など、わたしも、子どもたちもしたことがありません。どれほど、我が子を残して出征する父親はやるせない気持ちだったことか。見送る母親も辛かったことか。それは到底想像もできません。子どもたちとともに、生きたいと思っても生きられなかった時代に、思いをはせる授業となりました。

 今年の入試の面接でのこと。「今日は学校までどうやって来ましたか?」とお尋ねしたときのことです。ほとんどのお子さんが「電車で来ました。」とか「バスに乗ってきました。」と答えてくれたのですが、おひとりだけ、心がポッと温かくなるお答えをしてくれました。

「お母さんと手をつないで来ました。」どうですか?すてきなお答えでしょう。「一つの花」のゆみこの姿を思い浮かべながら、そう答えたお子さんの嬉しそうな笑顔をふと思い出しました。今の時代に生きられることを、当たり前だと思ってはいけないですね。

 

6年の面接練習を始めました。

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 今日から6年生の中学入試に備えた面接練習を始めました。もちろん面接が試験に無い人もあるのですが、挨拶やお辞儀のしかた、自分の考えの述べ方などの練習をとおして、試験に向けた心構えを持つうえでも意味があるように思います。緊張した面持ちで真剣に応答する6年生を見つめながら、初めて面接を受けたころの自分を思い出していました。

 それは高校3年のころでした。担任の先生が、返さなくても良い高額の奨学金の募集があるから受けてみないか、と声をかけてくださったことが事の始まりでした。当時のわたしは野球部を引退したところでしたが、頭は地肌が見えるくらいに短い丸坊主。眉毛だけが異様に太い硬派そのものの生徒でした。自慢は野球部で鍛えられた挨拶の大きな声ときびきびとした動作。瞬きひとつせずに話を聞くなどということは、日常茶飯事でした。今から思うと、ちょっと他の高校生とは雰囲気の違う人間だったのかもしれません。その奨学金の応募で最終の面接試験があり、田舎から電車を乗り継いで大阪のある会社の一室を訪問しました。微動だにしない姿勢。高校野球一筋そのものの丸坊主頭。誰よりも大きな声。この「体育会系」のわたしが目立ったことは確かでした。見事結果は「合格」。担任の先生から「面接の赤野やなあ。」と大絶賛を得たのは言うまでもありません。ところが人生はそんなに甘くはありません。なんと受験した学校はすべて不合格となり奨学金の権利も消滅。担任から改めて「面接だけの赤野やったなあ。」と言われて、悔しかったのを覚えています。

 6年生のひとりひとりの真剣な顔に、ぜひとも頑張って第一志望校を突破してほしいなあ!と念じた一日でした。

お土産をいっぱいいただいた土曜活動でした。

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 今日は「土曜活動」の日。子どもたちの体験を拡げるねらいで、さまざまな講座に希望者を募り活動するものです。講座によっては保護者のみなさまに参加していただけるものもご用意しています。

 わたしは、前回に続き関目駅の近くにあるデイ・サービスセンター訪問の引率をしました。今回参加は8名ですが、うち2名は前回に引き続いての参加。お二人のお母さまもご一緒に、お年寄りが待ってくださっているセンターを訪ねました。はじめは自己紹介でかたくなっていた子どもたちも、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒にゲームを楽しむ頃からはうちとけて、朗らかな笑顔で話しかけてくれるようになりました。その後は、おじいちゃんやおばあちゃんの席まで行ってのお喋りタイム。「どんな勉強が好き?」「兄弟は?」と質問を受けたり、おばあちゃんとあや取りをしたり、あちこちでお話の輪ができました。最後にみんなで聖歌「ウオークインザライト」と校歌の歌のプレゼントをしました。

 いよいよ帰るために靴を履き替えていると二人のおばあちゃんが手で目頭を押さえながら見送ってくださっているではありませんか。「どうも...どうも...。ありがとうね...。また来てくださいね。」「可愛くて...可愛くて...。」施設の方から伺うと、お一人のおばあちゃんは昔お若い頃に香里園にお住いだったそうで、昔から変わらぬ聖母女学院の制服に身を包んだ女の子に感激してくださったとのこと。またうつむいて泣いておられたおばあちゃんは、お子さまを小学生の頃に亡くされたとのこと。「思い出してね...。」と施設の方に支えられて泣いておられる姿に、胸が熱くなりました。今日お出会いしたのは、ほんの2時間ばかり。けれどもおばあちゃんたちが生きてこられた70年、80年の人生が、子どもたちとの出会いを本当に温かいものにしていただいたと感じました。

 前回に引き続き、素晴らしいお土産を心にいただいたのは、私たちでした。感謝!

今日は、副校長の藤原がこのブログをお借りして『プチパ』でのことをご紹介いたします。

『プチパ』というのは今年度から開設しました学童保育のことで、現在は1~3年生の子どもたちが毎日10人あまり利用しています。学校の下校時刻の頃から最長で6時半まで、学校のすぐ前にある聖母女学院セミナーハウスでお子たちをお預かりしています。ピジョンハーツ株式会社に委託して、お世話をしていただいていますが、毎月のお誕生会をはじめ、毎日子どもたちが楽しめる活動を計画してくださいます。毎週月曜日にはネイティブの先生が来所され、英会話のレッスンをしてくださり、一緒に遊んでもくださいます。

通常子どもたちは、セミナーハウスに着くとスタッフの方に「ただいま!」と元気よく挨拶をします。そして手洗いをするとそれぞれ宿題に取り組みます。全員が宿題を終えると(学年によって時差がありますが。)楽しいおやつの時間です。先生が準備してくださったおやつをいただきます。その後は、外に出てみんなで縄跳びをしたり、ゲームをしたりして過ごしています。

昨日は、プチパを利用されている保護者の方が『理科実験あそび』というお楽しみ授業をしてくださいました。「空気の移動」に関する実験でみんな目を輝かせて見ていました。いくつかの実験をご紹介します。

        1枚の折り紙で作った短冊を持って息を吹きかけると、当然吹いた方向にひらひらとします。では、2枚の短冊を両手で持ち、(約5cmの間隔で)真上からフーッと吹くと紙はどのように動くかという実験です。子どもたちの予想は、短冊は外側に放れてひらひらすると・・・実際に試して短冊がお互いにくっついた時は、「わ~!」と叫んで不思議そうにしていました。

        紙コップを2個重ねて横から息を吹きかけるとどうなるかという実験もしました。中側に重ねたコップはロケットのように飛ぶので、みんなは大喜びです。さらにコップにレゴブロックを入れても飛ぶかなあと、1個ずつ入れていき、いくつまで飛ぶか試しました。

他にもいくつかの実験をさせていただき、約1時間子どもたちは楽しく過ごしました。途中でお迎えに来られたお母さまやお父さんもご一緒に参加され、喜んでいただきました。お世話になったお母さまには感謝しております。そして、またこのような機会があるといいなと思っております。

 

久しぶりの大雨になりました。

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 早朝から大雨になり大阪府南部では警報が発令されました。幸い北部では発令されなかったため、予定通り授業を行うことができました。校門を通る6年生の男の子が、「先生、休校にしてえやあ。休みが良かったのに。」と笑いながら話しかけてきました。「だめだめ、学校が一番なんやから。」と笑って返しました。「残念やわ、今日遊べへんなあ...。先生、木曜日か金曜日。お願い!」と朝から手を合わせたのは、昨日ラケットベースを約束した3年生。「ほんまやね。明日晴れたらやろう!」と言うと小さなガッツポーズ。気持ちは痛いほどわかります。

 校長室にも1年生5人が来ました。「座っていいですか?」とのお尋ねに「どうぞ!」と一緒に並んでソファに座りました。「わーでっかい椅子!」「ふかふかや...。」初めて座った座り心地を楽しんでいるうちに、ひとりの男の子が、「新幹線の椅子やったら、ここにボタンが付いてるで。押したら、ウイーンって倒れるねん。」そんな話からマッサージチェアーの話になりました。「ようし、一人ずつおいで。先生のおひざがマッサージチェアです!」と順番にのせては「マッサージ!ウイーン、ウイーン」と肩や腰をマッサージしてあげると、くすぐったいのもあって大喜び。実は1年生を担任したとき、毎日、いろんな「椅子ごっこ」をしたことがありました。お金を入れると前後に揺れる「馬」だったり、空飛ぶ「スーパーマン」だったり。だから、こんな遊びはお得意中のお得意の分野なのです。おかげで「もう一回、もう一回!」とマッサージチェアは大繁盛。楽しい時間を過ごしました。

 明日は晴れるといいなあ...。桜並木の紅葉も雨に濡れていっそう色濃くなった気がします。

4年の学年ミサがありました。

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 今日は4年の学年ミサと参観がありました。本校では年に一度、保護者のみなさまにもご案内して、カトリックの正式な礼拝であるミサを体験していただいています。今日のミサの意向(願い)は「『神と人と自分』を大切にして生きていこう!」です。司式の矢野神父さまからは「ひとりひとりに与えられた能力(タレント)はみんな違うのです。しかし、それをまわりの人々のために活かすために使うということを、ぜひ学んでください。」とお話がありました。4年生は他の学年にもまして、大きな美しい声で聖歌を歌います。響きわたる歌声と、はきはきとした受け答えの声に、勇気づけられた気持ちがしました。

 参観授業のあと、5年での選択合宿の説明会があり、保護者のみなさまと4年生全員が参加しました。オーストラリアへのホームステイ(12日間)、琵琶湖湖畔でのヨットやカヤック体験のBSC合宿、そして信州上高地方面でのトレッキングと飛騨高山を訪ねる夏山合宿が、次々と写真などをまじえて紹介されました。どの合宿に参加しようか。今頃おうちで話題となっていることでしょう。ミサでひとつになったみんなの気持ちがあれば、どの合宿もそれぞれに楽しいものになるはずです。今から楽しみなワクワクする気持ちが伝わってくる説明会でした。

 

 

 今日は1時間目にカトリック香里教会の矢野神父さまをお迎えして、「死者のための追悼の祈りの集い」を全校で行いました。この1年間にみんなのまわりで亡くなられた親族の方々のお名前をお呼びし、厳粛な雰囲気のうちに心をこめたお祈りを捧げました。以下、神父さまのお話を抜粋してご紹介したいと思います。

 

「一年間に、学校では入学式、創立記念日、運動会、卒業式など、いろいろな学校行事がありますね。いろいろな行事の中で、一番大切な行事は何だと思いますか。それは、今日の『死者のために祈る』行事です。ここにいる皆さんは、今生きていますが、いつか必ず、100%死を迎えます。人間は必ず死ぬのです。死ぬことがわかっているし、決まっているのです。

みなさんは入学式、創立記日、運動会、卒業式などを迎えるとき、必ずその行事の準備をしますね。何の準備もせず、いきなり運動会をしますか?卒業式をしますか?しませんよね。みんなそのために準備をするでしょう。じゃあ私たちには死ぬことが決まっているのに、どうして準備をしないのでしょう。何よりも大切なのは、この死ぬことへの準備なのです。死ぬことの準備をする、また死を考えるということは、生きるということや命を考えるということに他ならないのです。

 動く体は見えても、命は目に見えませんね。死んだ体は見えても死は見えません。同じようなことは他にもあります。風も見えませんし、空気も見えません。でも確かにある。神様も同じです。『目に見えない大切なものがある』このことを私たちカトリックの学校に通うみなさんは、一番大切なこととして学ばなくてはなりません。

キリスト教では、死は終わりではありません。死んだら何もかも終わりではないのです。体という魂のいれものが動かなくなるということ、これが死です。でも死を恐れることはありません。『死んだ後に新しく生きる世界がある』とイエス様は、はっきりとおっしゃいました。死んだ後、みなさんの心や魂は、温かい光に包まれた神様の世界で、永遠の命をいただくのです。みなさんの中には、家族の方や親しい人を亡くした人もいるでしょう。でも心配しないでください。亡くなられた方は、光に溢れた神様の世界に包まれて今も生きておられるのです。みなさんは聖母マリアへの祈りの中で『~罪深い私たちのために今も死を迎えるときも祈ってください。』と祈っていますね。マリア様はいつもみなさん一人ひとりのために、もうどうしようもなく辛い時も、また死を迎えるときも、みなさんのすぐそばにいて祈ってくださっているのです。そして神様はいつもみなさんとともにいます。

今日のこの『死者のための祈りの集い』をとおして、このことを心に刻み、自分の命を大切に、今の時間を大切に、しっかりと『神と人と自分』を大切にすることを学びながら、人生を歩んで行きましょう。」

 

 

遊びも気合です。中途半端はいけません。

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 久しぶりにスーツを脱いで、ジャージにトレーナーという軽装で過ごしました。待ちに待った中間の休み時間。校長室に入ってきた2年生の女の子5人を連れて小運動場へ。服装が違えば気合も違います。「さあ、今日は思いっきり遊ぶぞ!」5人に何がしたいか、尋ねました。「先生、バナナ鬼しよっ。」「???」初めて耳にする遊びです。ともかくジャンケンで鬼を決めて、逃げる。どうやらタッチされた人は両手を頭の上で合わせてバナナの格好をして固まってしまうというルールらしいのです。一度固まっても仲間にタッチされれば、たちまち人間にもどって逃げられる...。思いっきり逃げたあと、わたしが鬼になることになりました。次々にタッチしては一箇所に「バナナの房」にして、「バナナマン、バナナマン。バナナマンが来たぞ!」と大声で追い掛け回しました。そのうち、またまた「バナナの房」は逃げ出して...。どんどん子どもたちも「寄せて!」と入ってきて、最後にはかなりの人数で楽しい鬼ごっこになりました。

 お昼は、3年の男の子3人が、校長室に入るなり「校長先生、お願いです。ぼくたちとラケットベースをしてください!お願いです!お願いです!」と頭をペコペコして頼むので、「ようし!行こう!」と大運動場に飛び出しました。たった5人とのゲームでしたが、ピッチャーをやってあげると、どの子も上手に打ちます。「うまいなあ...。」「ナイス!」と声をかけながら、楽しいお昼休みを過ごしました。

 今日遊んだ子どもたちの中に、今まで挨拶以外あまりお話したことのない子どもが何人かいました。でも、もうこれからは何でも話せます。遊びは人数ではありません。大事なのは真剣に一緒に楽しむこと。子どもたちと繋がる感覚がたまりません。やっぱり、スーツを脱いで正解でした。遊びも気合です。

死者の月に入りました

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 カトリック教会では今月を「死者の月」として、亡くなった方々のために祈りを捧げることを勧めています。と同時に、いつかは自分にも訪れる「死」をしっかりと見つめ、その日に向けてどのように生きるのかを考える月でもあります。

 このブログをご覧いただいている方の中にも、この1年の間に身近な大切な方々とお別れをされた方もたくさんおられることでしょう。わたしも、大切な大切な生徒さん、保護者の方、そしてお世話になった先輩、一緒にお酒を飲み交わした友人との悲しいお別れを経験しました。それぞれのご家族の方々にすれば、癒えることのない寂しい毎日をきっとお過ごしのことでしょう。先日も、あるカトリックの小学校の教頭先生をお訪ねしたとき、その先生がこんなお話をしてくださいました。「母はわたしが幼い頃から体が弱く、病気をするために産まれてきたのではないかと思うほど、病弱でした。その母がいよいよ寝たきりとなり、わたしは介護をしてくれる老人保健施設を必死で探し、仕事が終わると見舞いに駆けつける生活を始めました。どんなに仕事が遅くなっても待っていてくれる母の顔を見るために必ず通いました。施設は長くても3ヶ月。次の施設、次の施設と探し、その都度母を移しながらの日々でした。やがて6年の月日が流れ、いよいよ母の最期のときを迎えました。冷たくなっていく母の小さな皺だらけの足をさすりながら、この足でわたしを産んで育ててくれたのだと思うと、涙が...涙が止まりませんでした。」何年も前のお母さまとのお別れを思い出されながらポロポロと先生の頬をつたう涙に、わたしも胸が熱くなりました。今も先生のお心の中でお母さまが確かに生きておられるのです。

 お別れした方々のお元気なお顔が、瞼に浮かびます。こうして思い出すとき、その方はすぐそばにいてくださるはずだ...。そう信じて今日も小さなお祈りを捧げたいと思います。