December 2009 Archives

どうぞ、良いお年をお迎えください。

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 寒風が夕刻の香里の丘にも吹きつけています。真っ赤な大きな太陽も西の空を染めながら沈んでいきました。今日でひとまず今年の仕事納めとなります。子どもたちも、元気に冬休みを過ごしているでしょうか。6年生は目前の受験に向けて、寸暇を惜しんで勉強に励んでいることでしょう。5年生は休み明けに始まる栂池高原でのスキー合宿をワクワクした気持ちで待ちわびていることでしょう。1年生から4年生も何かしらそわそわとした気持ちで年の瀬を過ごしていることでしょう。どの学年の子どもたちも、元気で充実した冬休みが過ごせますようにと願うばかりです。

わたしが育った田舎の町には町を見下ろす高台や住宅街の中に、5~6箇所もの寺がありました。大晦日。自営業の父が遅くまで得意先への支払いを終えて帰るのを、家族みんなで大掃除をして気持ち良く迎え、家族が揃ったところで、父が「みんな。今年もお疲れさん。」とお酒をぐいっと飲み干して、夕食が始まるのが常でした。紅白歌合戦を見ながら年越しのそばを食べたのを思い出します。深夜。眠い目をこすりながら布団に入った頃、静まりかえった山里に響く除夜の鐘。5~6箇所それぞれの寺ごとに、独特な鐘の音色とリズムがあったのを覚えています。けれどもたいてい最後の鐘を聞き終わるまでには眠ってしまっていたものでした。そして翌朝。いつもと同じ朝なのに、何故か世界が一変したように感じたのはわたしだけだったのでしょうか。元旦独特の静けさ。物音をたてることすらはばかられて、子どもながらに新しい年の幕開けを嬉しいなあと肌で感じた朝でした。

 きっと、それぞれのおうちで、年越しの流儀やスタイルはいろいろあることでしょう。けれども新しい年がいっそう幸せな平和な年となりますようにと祈る気持ちは、時代や地域が変わっても不変です。どうか2010年が、子どもたちにとって幸せなことで溢れる素晴らしい年となりますように。子どもたちを支えるご家族のみなさまが、ご健康に恵まれ、温かく子どもたちを包んでくださいますように。心からお祈りいたします。

 良いお年をお迎えください。

 守口京阪デパート前には、本校合唱団の「クリスマスキャロル」を聴こうと、開演の15分も前からひとだかりができていました。団員の家族の方々だけではなく、お買い物に来られた街の方々も数多く足を止めてくださっていたのです。やがて会場の特設ステージに入場してきた約40人の子どもたちも、集まった方々の数の多さに一瞬戸惑い気味でしたが、開演するなりそんな雰囲気はなんのその。いつもどおりの元気いっぱいの可愛い歌声を会場いっぱいに響かせてくれました。

クリスマスお馴染みの聖歌「しずけき」「もろびとこぞりて」などに加え、「赤い鼻のトナカイ」「ジングルベル」などのポピュラーソングのメドレー。また昨日セアンスで披露してくれた「Amazing Grace」が会場全体にしっとりと響きわたる頃にはステージの盛り上がりも最高潮となりました。可愛いステージは明日も午後2時より行われます。どうぞ、ご来場いただき合唱団の子どもたちに温かいご声援をいただければ幸いです。

 ステージが終了し帰途につこうとしていたとき、「赤野先生じゃあないですか?」と背の高い青年に呼びとめられました。なんと大阪聖母学院で始めて担任した男の子でした。「たまたまここを通りかかったのですが、懐かしい聖歌に耳がとまったのです。これ、聖母で歌った曲だ、ってね。あわてて近づいたら、『大阪聖母学院小学校』って書いてあるじゃないですか。びっくりしたけど、懐かしかったです。みんな僕の後輩なんですよね...。」最後の言葉がとても温かく心がポカポカしてくるのを感じました。「先生、6年のクリスマス。僕たちも歌っていましたよね。確か天満橋で...。」彼の言うとおり、以前は天満橋にあった松坂屋前でクリスマスソングを6年生が合唱隊を編成して、街行く人々に歌っていたのです。それが途絶えて6年目のクリスマス。新しく結成した合唱団によって「クリスマスキャロル」が復活することになりました。久々の、また束の間の彼との再会でしたが、彼は現在厳しい就職活動中の身とか。「聖母の子どもたちの声を励みに、先生、頑張ります。では、また。」とニッコリ笑って雑踏に消えていった後姿を見送りながら、合唱団が「サンタ」になって温かい心を届けてくれたことを感じました。同時に「後輩たち」を温かく応援してくれている「先輩たち」の存在を心強く思います。

 時間を越えて繋がったひとときでした。

「心を合わせること」ほど強いことはありません。

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 「先生、見て!雪や!」と手袋を真っ白にして何人かの男の子が校門までかけよってきました。どうやらセミナーハウスの周りの樹木の葉っぱに霜がおりていたようです。厳しい寒さのなかで終業式を迎えました。

 式のなかでは「心を合わせることの大切さ」を伝えるために、2年藤組で起こった素敵なエピソードを紹介しました。それはこんな話です。2年藤組で整理整頓係になった二人の子どもが、「みんなの制服をかけるハンガー掛けを綺麗に整頓しよう!」とこつこつと友だちの掛けた服を整頓し始めたのです。あっち向いたり、こっち向いたりしているのをきちんと揃え、皺も伸ばして掛け直す毎日が始まりました。やがてこれに気づいた友だちから「自分たちのことやし、ちゃんと自分たちでやろう!」と声があがりました。クラスの何人かがきちんと服を掛けだすと、それを見た何人かにそれは広がりました。やがてきちんと服を掛けることは気持ちがいいので、どんどん気をつけて服を掛ける人が増えていきました。最後まできちんと掛けていなかった友だちも、自分の分だけちゃんとしてないのは気持ち悪いものだから、ついには全員が心を合わせて毎朝きちんと掛けるようになったのです。それをわたしに教えてくれたのは6年の奥教諭でした。奥教諭は「校長先生、知ってます?まあ、一回2年藤組の教室の前まで行ってみてください。びっくりしますよ!」

すぐに2階に駆け上がったわたしの目に、整然と服がかけられているハンガーが輝いて飛び込んできました。「すごいね!」教室に入ってクラス全員を褒めたのは言うまでもありません。始めたのはたった二人であっても、それを見て感じたクラスのみんなが動いたこと。この素敵なエピソードは、「心を合わせる」ときの人間の強さを、物語っています。そしてこの行いこそが素晴らしい「祈り」です。

 「『お金持ちになりますように』『かしこくなって成績があがりますように』と自分のために願うことはたやすいことです。しかし、ぜひこの冬休みには、『まわりの人々のために動く勇気をお与えください。』と祈りながら、行動してほしいのです。そして新年にあたって『自分はまわりの人々の幸せや喜びのためにどんなことができる人になりたいか』をぜひ考えてみませんか。」と呼びかけて話を終わりました。

 楽しい冬休みとなりますように...。

 

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心のこもったクリスマスセアンスになりました。

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 素晴らしいクリスマスセアンス(お祈りの会)でした。もう20回以上参加してきた会ですが、同じ内容であったとしても、今日のこの子どもたちと参加するのは初めてであり、一度きりです。とても新鮮な気持ちで、イエスキリストの誕生に立ち会うことができたように思います。

 本校では5年生の有志の子どもたち27名が聖劇隊をつくり、朗読・羊飼い・博士・大天使・ヨゼフ・マリア・宿屋などの役を分担して練習に励んできました。また2年生の代表の子どもたちは真っ白な衣装をまとった天使の役となって降誕をお祝いしました。さらに今年度発足した合唱団と6年生全員による合唱隊が、体育館後方の雛壇に立ち、数多くの聖歌をリードして歌ってくれました。なかでも今年はじめて歌った『Amazing Grace』は、心のこもった素晴らしい歌声であったと思います。全編を通して会場の全校の子どもたち、天使役を含む聖劇隊、そして合唱隊が心を合わせなければ成立しないのが、このクリスマスセアンスだと言っても過言ではありません。

 開会に先立ち田畑 稔教諭から「セアンスは単なる観劇ではありません。お祈りなのです。」とお話がありましたが、まさしく、大阪や京都のさまざまな地域から、神さまのお導きによって(クリスマスの物語では大きな星が博士を導いたと書かれています。)この大阪聖母学院小学校に集まったみんなです。生まれも育ちも違うお友だちがこうして導かれる点は、降誕をお祝いするために集まった羊飼いや博士と通じるものがあります。

 祈りとは「心を合わせること」。小さな小さな小学校ではありますが、この「心を合わせる」体験こそを大切にしていきたいと思います。

「言葉」の力が溢れる個人懇談でありますように。

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 個人懇談が始まりました。年末のお忙しいなかにもかかわらず、保護者のみなさまにご来校いただき、約15分間という短い時間ではありますが担任とお話する時間をとらせていただいています。今学期、子どもたちが頑張ったことはどんなことだったのか、成長した点はどんな点だったのか、担任としての温かいまなざしを感じていただく大切な機会です。と同時に、今の課題はどのようなことかを保護者のみなさまにお伝えして一緒に励ましていただくように、お願いもしなければなりません。

 まだ若いころ2年を担任した男の子から、結婚式へのご招待をいただきました。もう卒業してから14年間、一度も会ったこともなかった彼が、私より何センチも大きな背丈になって、可愛い奥さまの手をひいてバージンロードを入場する姿に感激したものでした。その席で、お母さまが下さった言葉が忘れられません。「あのころ、父親のいない子育てに正直本当に悩んでいました。どうしていいか、わからなくて。でも、先生、個人懇談で『お母さんのその一生懸命の心があったら大丈夫。まっすぐ育ってますよ。』と言ってあの子を褒めてくださったでしょう。それだけが支えで今日まで必死で生きてきました。」溢れる涙を拭おうともせずにお母さんに手を握られ、わたしも胸がいっぱいになりました。今となっては記憶も定かではないのですが、「言葉」の力を感じたできごとでした。

 もうひとつ、嬉しかったお話です。先日、懇談からお帰りになる6年女子のお母さまが、「この間、頑張ってるか?って先生、声をかけてやってくださったでしょう。あんな子ですが、嬉しかったようで、家に帰ってわたしにも話してくれたんですよ。」とグッドニュースを届けてくださいました。大勢でいると、挨拶をしても照れくさいのかはっきりと声も返ってこないことが多いのですが、たまたまその女の子とふたりになって、受験のことなどを話す機会ができました。どんな態度を親や教師にとっていようが、声をかけてほしくない子どもなんて決していないのです。良かった...。わたしも幸せな気持ちでいっぱいになり、これからも声をかける勇気がふつふつと湧いてきました。

 この個人懇談を通じて願います。担任の言葉が保護者のみなさまの心を本当に温かくしますように。また同時に保護者のみなさまのお言葉が、担任の心を勇気づけますように。心のこもった「言葉」の力が充満する個人懇談でありますように。

今日も、副校長の藤原がこのブログを書かせていただきます。

今日から短縮授業が始まりました。午前中3時間で授業を終え、下校していきます。ただし、学級閉鎖をしたクラスは回復授業を行い、56年は希望制ですが補習を、そして吹奏楽部と合唱団はそれぞれに午後からも練習をしています。それに加え、先日も書きましたようにクリスマスセアンスに向けて、5年生の有志で編成された『聖劇隊』が一生懸命練習に取り組んでいます。

来週21日のクリスマスセアンスで行われる『聖劇』は、合唱団の歌声で始まります。今年は、新垣壬敏作詞・作曲の「アヴェマリア」を歌ってくれるそうです。そして、全校児童が聖歌「しずけき」を歌ったあと、開幕です。

一人たたずむマリアのそばに大天使ガブリエルが現れ、「おめでとう!恵まれた方。主はあなたとともにおられます。」と呼びかけます。そして、マリアは「私は主のはしためです。お言葉通りこの身になりますように。」と答えます・・・

少し『聖劇』の解説をしてしまいましたが、このセアンスの時には毎年6年生が全員で聖歌隊をつとめます。合唱団とは別の場面で聖歌を歌い活躍するのですが、指導に当たっている音楽の松村真紀教諭の話では、「今年の6年生はソロの希望者が多いんですよ。」ということです。とても嬉しいことです。『聖劇』の後半には「Amazing Grace」を英語で歌うことになっているようで、ますます楽しみです。高学年が真剣に取り組む様子を低学年は憧れの目で見ています。素晴らしいクリスマスのなることを心から願うばかりです。

校内で詩人と出会いました。

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 師走も早や気がつくと中旬。冬らしい寒い一週間になるとの予報どおり、朝触れ合う子どもたちの手もかじかんでいます。ふと目にした雑誌に「イヤホンと携帯電話が人と社会を遮断する見えない壁になっている」という文言がありました。朝、挨拶をしていても、時々全く反応もなく一点を見つめて無表情で通り過ぎる方がありますが、たいてい両耳に小さなヘッドホンを当てておられるか、携帯電話を片手に持って見つめておられるかの場合が多いように思います。自分を振り返ってみても電車に乗ると、ついつい手持ち無沙汰に携帯電話を取り出しては小さな画面だけを見つめていることに気づきます。まるで「わたしは今自分だけの世界に浸っています。邪魔をしないで!」と表現しているかのように...。

 そんな大人の自分が恥ずかしく感じるできごとがありました。中間休みに校内を歩いていますと3年生の男の子が小さな手帳を片手に話しかけてきました。「先生、詩を作ってるの。ちょっと見てくれませんか。まだ途中なんだけど...。」どれどれと手帳をのぞきこむと、そこには今日だけではなく今までにもいくつもの詩が書かれているではありませんか。彼の今日の作品を紹介します。

 

 空の気持ち

一週間に一ど 空は気げんがわるくなる。

その日はぜったい雨がふる。

春のときは「今年もがんばろう。」と空は言っている。

だから春はすっきりした空気が流れる。

夏はみんなをあたためているから空気もあつい。

まるで太陽が主人こうみたい。

秋はふたたび空気が主人こうにもどる。

でもそれはわずかな時間である。

冬は雪プラス風。まるで二人三きゃくのように空気のじゃまをする。

空気もすっきりする空気とあつい空気。それにふつうの空気。

さいごにさむい空気がある。

ふれるとかんじがちがう。

 

きっと冬を感じる今日の空気に、空の気持ちを感じたのでしょう。本校には、休み時間に手帳を片手に感じたままを綴る詩人がいる...。すごいなあと思います。

今日は、副校長の藤原がこのブログを書かせていただきます。

クリスマスまでの4週間をカトリックの典礼暦で『待降節』としています。(今年は11月29日から始まりました。)『待降節』とは、キリストの降誕を世界中で準備する期間です。キリストの誕生日であるクリスマスまで、毎年テーマを決めてみんなで取り組んでいます。

今年のテーマは、『一人ひとりの中に、キリストがいる』「ぼくたち、私たちがサンタになろう!」で、みんなが周りの人を大切にし、喜びを与えられるよう実践しています。そして、毎日下校の前には一日を振り返り、クラスごとに赤いリボンを一つクリスマスツリーに飾っていきます。校長室の前に馬小屋が準備され、その横に大きなツリーが置かれていますが、毎日少しずつリボンの数が増えていきますので、クリスマスを迎えるころには綺麗なリボンツリーになることでしょう。

毎朝全校でお祈りの前に歌っている聖歌「マリア様のお話」の歌詞を紹介いたしましょう。

 

《マリア様のお話》

1.昔ユダヤの小さな村に 瞳の澄んだ心のきれいな

      乙女が一人住んでいました その名はマリア貧しいけれども

      希望を胸に明日を見つめて いつも神をたたえてました

 

2.ある日一人の天使が告げた 幸せ者よあなたはきっと

      救い主の母となるでしょう 喜べマリア生まれ出る子は

      愛と平和をこの世にもたらす 神の御子イエス・キリスト

 

3.霊に満たされマリアは唄う 私は神を称え敬う

      神は弱い私を選び 偉大なことをなさいました

      これからのちの人は言うでしょう マリア様は幸せ者と

 

12月21日は、少し早いですが全校でクリスマスのお祝いをします。《クリスマスセアンス》といって、キリスト降誕にまつわる聖劇を観て、みんなでお祈りや聖歌を捧げます。この日のために聖劇隊として練習に励んでいるのは5年生で、自主的に参加している子どもたちは、放課後に居残ってその練習に取り組んでいます。そして、合唱団に加え6年生全員も聖歌隊として準備をしています。当日はホールいっぱいに綺麗な歌声を響かせてくれることと思います。また、聖劇の中では、天使役でかわいい2年生も登場します。今年はどんなセアンスになるのか楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖堂で10年ぶりに二人でお祈りしました。

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 一日中冷たい雨降りとなり、校長室は子どもたちで満員の休み時間となりました。先日ブログで書いた、ギターの「弟子」が急増しまして、ギターを弾きたいと2台のギターに行列までできました。基本的なコードの押さえ方を書いたプリントを用意したのですが、どの子どもも真剣そのもの。10台くらいギターがあればいいのになあ...と感じる一日でした。

 また聖母女学院中学校を受験する6年生にとっては、今日は大切な面接試験の日でした。おうちの方と時刻に合わせて待ち合わせをして、真剣な面持ちで面接に臨みました。廊下のソファで順番をお待ちのお母さんとお会いしたので、6年生に「頑張ってね!」と小声でエール。もうお二人とも緊張してカチカチになっておられるのが伝わってきました。みんなの温かさ、優しさを発揮すれば、大丈夫!良い面接となったことでしょう。

 夕刻、わたしが本校に転勤してきて最初に担任した男の子が、小学校卒業以来初めて、訪ねてくれました。大学生の彼にとっては、ちょうど今年が卒業年度。背も高くなり髪の毛も今風のスタイルですが、クリクリとした目に真っ白な歯の笑顔はちっとも変わっていません。「先生、ご無沙汰してます!」と挨拶するなり「先生、ちょっと行きたいところがあるんです。おみどう(聖堂)に行っていいですか?」とのこと。「いいよ。どうぞ、どうぞ。」と、まず二人で2階の聖堂に入りました。すでに暗くなりかけていた聖堂に電気を灯し、一緒に腰かけました。静かな時間がゆっくりと流れていきます。しばらくの沈黙のあと「ああ、いいなあ。卒業までにここに来たかったんです。今の自分の原点であるこの聖堂に...。この聖堂でしたお祈りの場面が、鮮やかにフラッシュバックしてくるんです。いいもんですね...懐かしいなあ。」わたしは、祭壇上部の十字架を見つめる優しい彼の横顔に見入ってしまいました。実に穏やかな横顔でした。

 どのような人生を歩もうとも、どの子どもにとってもいつかまた帰ってきて、温かさや優しさを感じる母校でありたい...そう感じるひとときでした。

 

「繋がろう」と自分から手を伸ばせる子どもに

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 授業中、廊下を歩いていて、ちょっと開いているドアから授業をそっとのぞくことがあります。そんなとき、子どもと目が合ってしまうときがあります。あるときは、ニコッと笑ったり、またあるときは小さく手を振ったりします。そんなとき、ほとんどの子どもが照れながらニコッと控えめな微笑みを返してくれたり、先生に見つからないように机の上で小さく手を振ってくれます。「繋がってる...」わたしはそう思ってホッとするのです。ほんの一瞬の小さな小さなことですが、わたしはとても大切なことだと思っています。

 カウンセラーからお聞きしたことですが、人間は初対面の瞬間に今まで会った人の情報をもとに瞬時にこの人はどういう人かを判断してしまうそうです。そしてこの第一印象こそが、その人との付き合い方を決定づけるというのです。みなさんもご経験があるでしょうが、たとえば「こんにちは!」と笑顔で挨拶しているのに、相手が全く無表情で無視をしたりすれば、どうでしょう。「この人は変だ!何を考えているかわからない。」と瞬時に警戒してしまいますよね。これは人類が獲得した自己防衛の本能なのかもしれません。

 だからこそ、子どもたちがより良い人間関係を築いていくうえでは、反応が豊かで敏感であることがとても大事な要素だと思います。そういう意味で本校の守衛の瀬戸口さんの接し方は参考になります。「おはよう!」と優しく声をかける子どももいれば「オッス!」と元気に手を叩き合う子どももいる。握手する子どももいれば、ハイタッチする子どももいる。先日などある3年の男の子に「課長!おはようございます!」と最敬礼して呼びかけられていたので思わず笑ってしまいました。彼はさっと右手で会釈して、まるで課長さんのように嬉しそうに通過したのです。「あの子、課長と呼ぶと、喜んでうなずいてくれるんですよ。」と瀬戸口さん。こうして、毎日毎日繰り返し笑顔を向けられ、言葉をかけられ、時には握手やタッチもしながら、子どもたちはそれに反応することを楽しく体で覚えていくのです。

「繋がろう」と自ら手をまわりに伸ばせる子ども。これも「平和の天使」に育つうえで大切な力だと思います。

今日も元気な笑い声が校長室から溢れました。

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 今日はお昼休みにたくさんの子どもたちが校長室を訪ねてくれました。明らかに歌を歌いたい!っていう子どももいれば、ギターに触りたいっていう子どももいます。でも、今日集まったのは、どちらかというと歌はあまり好きではないけれど、お話したいっていう子どもたちでした。はじめに1年生の女の子が3人。次に来たのが、2年生の女の子がまた3人。次に来たのは2年生の男の子がひとり。校長室の6人分のソファではすわりきれないので、椅子を出して円くなりました。今日やったのは「どびん・ちゃびん・はげちゃびんゲーム」です。昔、テレビで萩本欣一さんがよくやっていたゲームなのでご存知の方もおありかと思います。円になってすわったひとりから、誰かを指差して「1」と言うと、差された人は「2」といってまた誰かを指差す。また差された人は「3」といって他の人を指差します。さらに今度差された人は「どびん」次に指された人は「ちゃびん」、さらに差された人は「はげちゃびん」といってまた「1」に戻るという単純なゲームです。始めはゆっくり回していたのも、少しずつスピードをあげ、しかも大きな声で「いちっ!」と元気な声を出していきます。賑やかになった声と楽しそうな笑い声に誘われて、1年の男の子がふたり、そして2年の女の子がひとり、また部屋に入ってきてゲームに参加。ついにわたしを入れて11人でのゲームになりました。誰に当たるかわからない緊張感もあり、おおいに盛り上がって遊びました。

 考えてみると、わたしが小学校のころは、野球やサッカーなどをしなくても、いろんなゲームをみんなで遊んだことを思い出します。地面に穴をほってやった「ビー玉」、線をひいてやった「ケンパ」、靴をかくした「下駄かくし」などなど。地方によって遊びは形を変え、さまざまな遊びを子どもたちは共有していました。もっともっと子どもたちに、いろんな楽しいゲームや遊びを教えてあげたい。そして学年やクラスを超えて、お腹いっぱい笑える楽しい休み時間を作る一翼を、校長室もになっていきたいなあと思っています。

 

「歩く」ことを選べる力を育てることは大切です。

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 「右側歩くんやで...。走ったらあかんやろう。」校長室の外からかわいい1年生の声が聞こえてきました。すぐにドアを開け飛び出すと、1年生の多くがトイレに行くところでした。いつもは走っている子が何人もいるのに、整然と歩いています。わたしは思わずトイレに駆け込んで、「えらい!君たちは最高や。今教室から歩いてここまで来れた人、手をあげて!」と声を張り上げました。そこにいたほぼ全員が手を挙げています。「かしこい!立派です!」もう一度褒めました。次は午後。やはり校長室の横の階段をかなりの人数が授業の移動のため上っていく足音がしました。「歩こうぜ。ちゃんと。」そんなたった一言でしたが、ドアの向こうから聞こえました。わたしは、またドアの外に飛び出しました。歩いていたのは6年生。「おう!歩いてる。すごいぞ!」いきなり褒められて一瞬照れているのが、その恥ずかしそうな笑顔から伝わってきます。いつも大廊下を大またで走っていたA君も、今日はみんなと歩いているではありませんか。「わあ...!A君が歩いてる。さすが、6年生。偉いぞ!」A君は笑顔で軽く会釈して通り過ぎていきました。

 実は今日は朝礼でこんな話をしたのです。「ちょうど、今、人を大切にしましょうという『人権週間』なのですが、みんながいけないとわかっているのに、人を大切にできていないことが、一つあります。それは廊下を走ることです。いつ大きな事故につながるかわかりません。駅などでも同じです。お年寄りや赤ちゃんがお腹にいらっしゃるお母さんもそこでは歩いておられます。ぶつかってからでは、とりかえしがつきません。走ってはいけない!とわかっているのなら、絶対走らない!人を大切にする行動を今からとってください。」たかが「走る」という行為ですが、それは、そこにおられるであろう他者を無視することに繋がります。走っていては、挨拶もできないばかりか困っている友だちに気づくこともできません。走りたいけれど「歩く」という選択ができる力。キレル子どもが増加していると言われる昨今、その力を育てることは大切なことだと思います。誰が見ていても見ていなくても、「歩く」ことができる力を、何としても育てなければなりません。

分かち合う気持ちで。

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 今日は今年最後の祈りの集いが、矢野神父さまをお迎えして早朝ありました。全く自主的に参加する集いなのですが、今日も聖堂の後ろまでいっぱいの子どもたちが集まってくれました。祈りの集いにこれだけたくさんの子どもたちが集まれるというのは、本校が誇れることのひとつです。この宗教的な雰囲気、熱心さは、このブログをご覧のみなさまに、ぜひとも体感していただきたいことのひとつです。神父さまはクリスマスの意味についてお話してくださいました。「愛し合うこと。許しあうこと。分かち合うこと。この中でも最も大切なのは分かち合うことです。クリスマスは丸い一つのケーキを分かち合い、1羽の鶏を分かち合うことで、それを伝えてきました。みなさんも、プレゼントをもらいっぱなしはだめですよ。笑顔のプレゼントをするとか、優しい言葉や親切をするとか、お金をかけなくても分かち合いはできるのです。」満員の子どもたちの心に染み入るお話でした。

 校長室にもグッドニュースならぬ「グッドレター」が大量に届けられました。2年生が生活科の授業で始めた「校内郵便局」が動き出したのです。手作りの郵便はがきを購入して(もちろん無料ですが)、お友だちや先生にお手紙を書き、校内のあちこちにおかれた可愛い赤いポストに投函すると...。なんと可愛い制服を着た2年生の郵便屋さんが、配達してくれるのです。今日いっぱいいただいたお手紙から。

「校長先生、おしごとがんばってください。ぼくたち2年生もゆうびんきょくのしごとをがんばっています。」(は~い、がんばってね!)

「いつもありがとうございます。わたしは赤野先生が大すきです!」(照れますね。)

「いつもこうちょうしつえいけなくてごめんなさい。こんどこうちょう先生のところへいって先生のギターをききにいきます。」(まってますよ!)

「いつもおせわになっています。私のクラスはいつも明るく元気です。今は少しもめることもあるけれど、3学期になると、とってもいいクラスになると思います。きたいしていて下さい。」(きっとなるよ!)

 幸せすぎて、うっとりします。がんばって、来週お返事しようと思っています。

料理クラブのみなさんにごちそうになりました!

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 今日は年間に10回ほどある、5・6年生のクラブ活動の日でした。5・6時間目を使って、自分の所属するクラブの活動場所に行き、参加します。今日は美味しそうなにおいに誘われて、「料理クラブ」に顔を出しました。3~4人ずつの8グループが、それぞれに作りたい料理を決め材料を持ち寄って「子どもシェフ」に挑戦です。「先生、試食して!」と最初に誘ってくれたのは「チーズフォンデュ」のグループ。フランスパンやお野菜がお皿に盛られ、それに熱々のチーズをからめて食べます。なかなかチーズが濃厚で美味しかったです。次はパスタ料理で「カルボナーラ」。卵のからみ具合もなかなか上手で、ベーコンと黒胡椒の味も絶妙でした。他にも「クリームシチュー」「サンドイッチ」や「杏仁豆腐」などのスイーツを作っているグループもありました。自分たちで計画して、材料も持ち寄り、お料理の本とにらめっこしながら作るだけあって、どのグループもとても意欲的。「好きなだけあって、なかなか上手に作りますよ。」とは指導の長友正子教諭の談。あまりに美味しそうなにおいに、教室前の2年生や3年生が入り口から顔をのぞかせています。「いいなあ...。わたしも絶対お料理クラブに入ろう!」そんな気の早い声も聞かれました。

 おりしも今日は保護者会文化教養部の主催で、京都聖母ご出身の土井茂桂子先生をお招きして、「子どものための食育講座」を開催していただき、60名を超える保護者のみなさまにお集まりいただきました。いろんな小道具を使って、クイズ形式で参考になる栄養素の知識も伝授していただき、あっという間の90分間であったようです。参加されたお母さまは「何を食べさせるかということ以上に、いつも笑顔を意識して、朝も玄関まで笑顔で送り出すことが、母親の心構えとして大事なのだというお話が印象に残りました。」と感想をおっしゃっていました。

 食べることは「わかちあう」ことで、喜びにかわります。みんなと作ること、食べることが大好きな子どもに育ってほしいものです。

 

可愛い弟子をとりました。

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 校長室を訪ねる子どもたちの多くが、ギターに興味を示してくれます。「先生、触っていい?」「もちろん。」低学年の子どもたちには少しボディが大きすぎて、抱えることはできませんが、それでも水平にしたギターの絃を撫でながら適当にジャラン、ジャランと音を出しています。「ドレミがわからへん...。」と大抵の子どもが言います。そんなとき、決まって言うのです。「むちゃくちゃでもいい。さあ、音出してごらん。強く撫でたら大きな音が出るやろう?そうそう。いいぞ。今度は1本ずつ弾いたら...また感じ違うやろう?」ピック(ギターを弾くときに使うプラスチック製の三角形のつめのことです。)なんか貸してあげたら、もう大喜び!ジャン、ジャン、ジャン、ジャーン。とさらに大きな音が部屋中に響きわたります。おかげで、ギターはあっちこっちでコツンとぶつかり、もう傷だらけ。今までに二度ほど修理にも出しています。でもこれらの傷は担任をしている頃からの「勲章」。というのも、赤野学級でギターの音色に触れた多くの子どもたちが、その後仲間とバンドを結成して、今でも歌を友だちにしていることは、わたしのささやかな自慢なのです。あながち、楽器に触れることは無意味ではないのかもしれません。

 全くの我流で、誰にも習ったことのない下手くそな腕前ですが、この1本のギターがどれだけの心と心を繋いでくれたことか...。これからも、下手でも歌は楽しいし、みんなの心を繋ぐ素晴らしいものだっていうことを、伝えていきたいと思っています。

 今日の中間休みに来た2年生の仲良しの男の子二人組。わたしの歌う歌に合わせて、ジャラン、ジャランと弾いていましたが、そのうち真面目な顔をして可愛いことをいうんですよ。「先生。弟子にしてください!僕も弾けるようになりたいんです。」わたしは必死で笑いをこらえながら、真剣に言ってやりました。「よし。じゃあこれから先生のことはお師匠様と呼びなさい!」ニコニコ顔になった二人は、嬉しそうに答えました。「わかりました!また練習に来ます。お師匠様!」初めて弟子をとりました。この二人を鍛えて、いつかバンドを組むのも悪くないなあと思っています。