February 2010 Archives

6年生の卒業旅行で沖縄に行ってきました。

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今日は、副校長の藤原がこのブログを書かせていただきます。

今朝5時半過ぎに起きてテレビをつけると、ニュースで「531分に沖縄で震度5弱の地震」という報道がされており驚きました。実は24日から6年生と一緒に卒業旅行で沖縄に訪れ、昨夜帰ってきたばかりでした。津波の恐れがあるということで、警報や注意報が出されていました。強い揺れがあったのは、糸満市や南城市ですが、三日間お世話になったホテルは南城市の太平洋を一望する場所にあります。とても心配でしたので、宿泊させていただいた「サンライズ知念」というホテルにお見舞いのお電話をいたしました。幸い大きな被害や津波による影響はなかったとのことで、ひとまず安心しましたが、棚に並べたグラスやビール瓶が落ちて割れたそうです。那覇市内でも水道管が破れたのでしょうか、道路に水が溢れているとの報道もありました。朝のニュースではまだ被害の全貌が分かっていませんでしたが、余震もあるようですのでこれ以上被害が大きくならないよう、お祈りしたいと思います。沖縄のみなさまにはこの場をお借りしてお見舞い申し上げます。

さて、卒業旅行では、一日目に『平和祈念公園』『ひめゆりの塔』を訪れ、事前に学習した沖縄地上戦のことをさらに深く知りました。二日目には『糸数の壕』に入り、ボランティアの方から当時の様子を詳しくお話ししていただきました。そのあとは、【サトウキビ刈りと黒糖作り】【紅芋掘りとチップス作り】【紅型作り】【シーサー作り】を選択して体験しました。そして、『美ら海水族館』ではたくさんの美しい魚たちを観賞しました。三日目は『首里城』を見学したあと、国際通りでの自由行動。お土産を買ったりアイスクリームを食べたりして楽しみました。

1年生の時から「合宿」を経験していますが、卒業旅行はその集大成。私もこの6年生に同行して「素晴らしい」と感じたことがいくつかあります。

    集合時間を全員が守れること。(ほとんどが班行動ですが、遅れないようにお互いに助け合っている様子も何度か見ました。)

    荷物の整理や部屋の片付けが手早くできること。

    自由行動の時も一人で歩いている人がいず、みんなで楽しく行動していたこと。

これらのことは、もちろん担任の先生方が指導をしていることではありますが、子どもたちの心の中に、最後の旅行を楽しく過ごし、みんなで最高の思い出をつくろうという気持ちが大きかったのだと思います。真っ暗な糸数壕の中に入ったとき、それぞれが懐中電灯を持っていたとのですが、私のものは灯りが弱く少し足元が見にくい状態でした。すると前を歩いていたI君が、自分の足元も危ないのに私の足元を照らしてくれ「先生、大丈夫?」と声をかけてくれました。心が育ってくれているなと実感し、嬉しく思いました。

来週はもう3月です。卒業まであと14日間しか登校してこない6年生。寂しいですが、それぞれの中学に進んで聖母で学んだことをむねに、大きく成長していってくれることを心より願います。

 

嬉しいできごとがありました。

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 「ありがとう!」のお話をふたつします。

朝、職員室を出たところで、1年生の女の子が「校長先生にプレゼント!」と小さな赤い千代紙で作った籠を両手で差し出してくれました。まるでお雛様を連想するような、桜の花が描かれた綺麗な紙は、丁寧に四角い3センチ角の籠を形作っていました。そして何とその籠には3本の土筆が飾ってあったのです。「わあ、すごいなあ。」春そのものを運んでくれた籠をわたしは大事に戴きました。「お母さんがね、校長先生は季節のものが好きだと思うから、持っていってあげたら。って言ってくれたの。土筆はわたしのおうちの庭で見つけたの。」感激でした。おそらくお母さんが作ってくださった籠に、女の子が土筆を摘んで飾り、わざわざ学校まで大事に持ってきてくれたのです。「ありがとう!嬉しい!」早速机の上にかざりました。素敵な春が来る予感がします。

もうひとつも1年生の女の子のお話。放課後、ちょっと用事で校長室を空け2階の教室に行って降りてきたときのこと。校長室の入り口で女の子がひとり、少し心配そうな顔で立っていてわたしを見るなり、「あっ校長先生、どこ行ってたん?探してたんやで。」とのこと。「どうしたの?」と尋ねると「あのね、校長室をのぞいたらお電話がずっと鳴ってたの。これは早く校長先生に知らせてあげなきゃって思って、ずっと探してたの。校長先生、大丈夫?」真剣なまなざしに思わず頭が下がりました。「ありがとう!それは悪かったね。ごめん、ごめん。」うちの校長室は、本当に日本一の素敵な秘書がいてくれる校長室です。

6年生も暑いくらいの天候のもと、沖縄で元気に旅行を続けています。今日は戦時中に人々が避難し多くの犠牲者を出したガマのひとつ、糸数壕を訪ね、祈りを捧げました。その後、さとうきびの収穫と黒糖作り、紅芋の収穫とチップス作り、シーサー作り、紅型染めなどに分かれて体験学習をした後、美ら海(ちゅらうみ)水族館を訪ね沖縄を満喫したようです。大いに学習し思い出をいっぱい作って、明日夕刻には全員元気に帰ってきてほしいものです。

6年生が沖縄に出発しました。

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 今日から6年生が沖縄への卒業旅行に出かけています。平和祈念公園で平和の礎・摩文仁の丘を訪ね、ひめゆり平和祈念資料館を見学した子どもたちは、今宵夕食後に戦没者のために宿舎で祈りの集いを行います。学校で学習を積み重ねた「戦争と平和」の問題、「米軍基地」の問題は、現地を訪ねてどのように深まっていくのでしょうか。

 これに先立って、昨日は6年生で創作浄瑠璃の鑑賞会を行いました。東京にお住まいの野澤松也さんという浄瑠璃の三味線奏者の方と、橘 凛保さんという大学の先生にお越しいただき、本校では初めて浄瑠璃を演奏していただきました。じつは、野澤さんと橘さんは6年ほど前から、日本各地に伝わる民話を題材として、橘さんが歌詞を書き野澤さんが曲をつけて、子どもたちに演奏される「創作浄瑠璃」という分野を切り開いてこられたお二人です。今回演奏していただいたのは、「広島に咲いた希望の花カンナ」。野澤さんが広島のご出身でお父さまも被爆されたという体験から、原爆の恐ろしさを伝えようと、太棹三味線の音色に託して作られた曲です。みなさんは広島原爆資料館の出口に1枚の白黒写真が掲げられているのをご存知でしょうか。これは焦土となった広島で被爆後の9月に1本の「真っ赤なカンナ」が咲いているのを、朝日新聞社の松本栄一さんというカメラマンが撮られた写真です。そこには次のようなコメントが掲げられています。『その秋「75年間は草木も生えない」といわれたヒロシマで新しい芽が息吹きました。焼け跡によみがえった緑に人々は生きる勇気と希望をとり戻しました』お二人は、この広島のカンナを平和のメッセンジャーとして紹介し、その株を配って全国に平和の花カンナを植えて育てる「カンナプロジェクト」を展開されています。すでに長崎、沖縄、長野、東京など各地に賛同する学校が現れ、カンナを植える運動が広がってきています。「全世界にカンナをひろげたいのです。」と橘さんがおっしゃるとおり、2008年にはNHK国際放送から世界17カ国にそれぞれの国の言葉でこの「広島に咲いた希望の花カンナ」が放送されました。昨年お二人と知り合ったわたしは、早速カンナの株を頂戴し、本校のE棟横の畑に植えました。見事な真っ赤な花を咲かせたカンナ。ぜひ、沖縄から帰ってきた6年生に掘り起こしてもらい、卒業記念にまたキャンパス内に植えてもらおうと思っています。

 「平和の天使」を目指す聖母の子どもにふさわしい「カンナプロジェクト」。これも毎年続けていきたいと考えています。そして、いつかプロジェクトに参加する学校の子ども代表が集まって『カンナ平和サミット』を開きたい。野澤さん、橘さんとともにそんな夢を持っています。

いよいよ明後日21日(日)は音楽発表会です。

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たくさんのお客さんの前で、歌や合奏を披露する『音楽発表会』の本番を目前に控えた学年のようすをお伝えします。今日は、3年、5年と最後の発表会となる6年です。

【3年】 初めてのオペレッタに挑戦している3年生です。

練習当初は、場面の様子を聴いている人に伝わるように歌ったり、朗読したりするのがとても難しく、猛特訓の毎日でした。

練習を重ねていくうちに、みんな「手ぶくろを買いに」のお話が大好きになりました。そして、登場人物の思いを込めて、せりふが言えるようになり、場面の様子を思い浮かべて歌えるようになってきました。

作品は、日に日にみんなの力で創りあがってきました。心温まる「手ぶくろを買いに」のお話を、たくさんのお客様の心に伝えたいと、心弾ませている子どもたちです。(一色華子教諭)

 

【5年】     5年生はリコーダー合奏「やさしさに包まれたなら」と合唱「虹色の明日」「WAになっておどろう」に取り組んでいます。「やさしさに包まれたなら」は、大だいこ、小だいこ、木琴、バスマスター、タンバリン、トライアングルなどたくさんの楽器とあわせるのがなかなか難しく時間がかかりましたが、練習のかいがあってやっとみんなの息があってきました。合唱は、高学年らしく歌声がそろってハーモニーも美しくなってきました。この音楽発表会からは6年に代わって5年がベルナデッタホールのいすならべや後片付けもするので、張り切っています。(髙木尚子教諭)

 

【6年】     小学校生活最後の音楽発表会にむけて、6年生は「ライオンキング」のメドレーを練習しています。男女ともに大きく口を開けて歌う6年生みんなが、ずいぶんたのもしくなったものだと嬉しくなります。例年以上に迫力のある歌声になっていると感じます。

       10年近くにわたって6年生が続けて歌ってきた「HEIWAの鐘」を今年の6年生も歌いたいと言いました。音楽科、6年担任で話し合い、最も効果的な演出ができるように工夫して舞台を盛り上げたいと思います。どうぞ、ご期待ください。(奥 清二郎教諭)

 

 

 

感動的な高校の卒業式でした。

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 今日は音楽発表会の演目を、子どもたち同士が鑑賞しあう発表会を小学校の体育館で行いました。保護者のみなさまにご覧いただく21日も大切ですが、先輩や後輩たちの一生懸命の合唱や演奏を味わうことは、さらに大事な学習の機会です。最初の1年生の挨拶。練習に練習を重ねて舞台に立った代表の子どもたち。ところが緊張のあまり途中で言葉がつまって出ないお友だちがありました。「大丈夫かな...。」一瞬ヒヤッとしましたが、一生懸命思い出し、立派に言葉を発表できました。そのことも素晴らしかったのですが、会場の2年生から6年生までの先輩たちが、一言も声を出さずにシーンとなってこの必死な1年生のお友だちを「大丈夫かな...頑張れ!」と見守ってくれたこと。何よりもそのことが、わたしは嬉しかったです。この瞬間、21日は心温まる素晴らしい会になる!と確信しました。

 今日はまた聖母女学院高等学校の卒業式がありました。真面目でまっすぐな学年とは中高の先生方からも伺っておりましたが、本当に聖母らしい、しっとりとした卒業式でした。式の最初から最後まで卒業生全員が凛とした姿で、話を聞き、礼をし、涙にむせびながら聖歌を歌う姿には、思わず涙がこみ上げてきました。3年、6年、また12年をこの聖母で過ごした子どもたちが、心からこの学校で出会えて良かったと思う気持ちが溢れていました。式に先立ち、卒業生と同学年のYちゃんのお父さまから1本のお電話がありました。Yちゃんは、本校を卒業され他の中学校に進学されたのですが、白血病のため中学2年生で急逝されたお嬢ちゃんでした。「今日聖母を巣立たれるお友だちに一言お祝いの言葉をお届けしたくて...お電話しました。」ご両親からの心のこもったお手紙はすでに高校に届けられておりました。心にしみいるお手紙でした。一節をご紹介します。

『(前略)でも苦労して学校に通わせてくださったご両親、ご家族の思いは12年間、変わることなく、更にこれからの長い人生が続く限り、変わることはないと思います。どんなに苦しいときも同じように悩み、苦しみ、また嬉しいときもその気持ちを同じように感じてもらえます。だから今日自宅に戻ったら、ぜひ両親やささえてくださった家族の方々に、何らかのお礼の気持ちをお伝えください。そしてもし娘と過ごしたときのことを思い出していただければ、大変うれしく思います。これからの長い人生それぞれ道は違っても、幾多の困難も、正々堂々、聖母の卒業生という誇りを持ってください。そして自分はなくてはならない存在であることを信じ、けっしてあきらめず乗り越えてください。わたくしたち夫婦も、力をあわせ、皆さまのこれからの希望あふれる未来を応援しています。』

 Yちゃんの思い出はわたしたち教職員の胸から離れたことはありません。穏やかな笑顔のYちゃんがすぐそばで見守ってくださっているのを感じました。

音楽発表会、直前情報です。

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 音楽発表会まであと4日。各学年の表情をお伝えしましょう。今日は1年と2年そして4年です。

【1年】        初めての音楽会が待ち遠しくて仕方のない1年生。ベルナデッタホールに組まれたひな壇を見て、「わあっ!」といろいろな初めてに歓声をあげつつ、張り切って練習しています。『ひびけ 宇宙まで』は元気な声が宇宙まで届くように。『ちょっと』では、いろんな「ちょっと」を歌やしぐさで表現して。『だいすき だいすき』では大好きなおじいちゃん、おばあちゃんに心をこめて歌っています。1年生の、とびっきりの笑顔と歌声をご期待ください。(芝 珠也子教諭)

【2年】        2年生は、宗教の授業や朝の会で歌う聖歌が大好きです。どのクラスの子どもたちも、とても気持ち良さそうな顔で歌っています。今回歌う聖歌「すンばらしき主イエスの愛は」「3つの約束」はとても元気の出る聖歌です。元気いっぱいの2年生にぴったりの曲です。子どもたちも休み時間などに何気なく口ずさんだり、ハミングしたりしています。また「アヴェ・マリア」や「スプリット・ソング」はしみじみと情感をこめて歌います。子どもたちの美しい歌声が心にしみてきます。「はりきりFight Man」では「好き好き好き好き好き」という言葉に、照れた気持ちを込めながら、にっこり笑いながら歌っています。指揮者の男の子がその素敵な笑顔を浮かべて歌っている友だちを見つめながら笑顔で指揮をしています。とても微笑ましいです。「あれっ?音楽会って踊らへんの?」と本気で不思議そうに質問してきたぐらい、歌うときには自然と体が動いたり、振りがついたりする2年生の、華やかな舞台をお楽しみください。

(藤井由香子教諭)

【4年】        4年生は、素敵な春の曲2曲と、有名な合唱曲に取り組んでいます。初めての二部合唱に練習当初は戸惑いましたが、強弱をはっきりつけたり、様々な歌い方を工夫したりと今は楽しんでいます。「ともしびを高くかかげて」では、三部合唱になっているところも少しあります。曲の出だしから声の出し方を工夫しているので、「おっ!」と驚いてもらえたら嬉しいです。合奏は松田聖子さんの「赤いスィートピー」です。最近、テレビで使用されたこともあり、子どもたちも大好きな曲です。美しいメロディーに酔いしれながら吹いている子どももいます。合唱曲「はるがきた」と合わせて、おだやかな春の風がみなさまの心に吹くように、頑張っています。(松村真紀教諭)

 

 

 

6年の姿に涙が出ます。

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 21日の音楽発表会に向けての各学年の練習も盛り上がってきました。先日は6年。そして5年の練習をベルナデッタホールに訪ねました。また今日は2年、そして3年の練習に。ここまで四つの学年を参観して感じるのは、とっても声がよく出ているということと、歌う表情が明るくて一体感がステージに感じられるということです。特に6年にとっては、いよいよあと1ヶ月の小学校生活。うまく言えないのですが、練習にもその重みが伝わってきて、この仲間と歌う時間を惜しむ気持ちが感じられ、いいもんだなあと思いました。やんちゃな学年で、舞台の上にじっとさせることが大変だった彼ら彼女らの1年生の音楽発表会での姿が懐かしいです。

先々週のこと。6年の男の子ひとりと女の子ふたりが、3人で校長室を訪ねてくれました。妙に緊張した面持ちで面接の練習のときのように直立してわたしの前に並びました。すると男の子が「校長先生、お世話になりました。ありがとうございました!」とお辞儀するではありませんか。ふたりの女の子も「ありがとうございました!」とペコリと頭を深々と下げてくれます。びっくりしました。「おいおい、明日卒業かい?まだもう少しあるやん。楽しく過ごしてや。」と3人をソファに招きました。「聖母の友だちは一生の友だちやで。男の子も女の子もみんな元気でいくつになっても仲良くしてな!」そんな話をしました。今日はまた、ひとりの女の子が手作りのカードを手に校長室を訪ねてくれました。「飛び出す絵本」式にふたつ折りのカードを開くと、カラーサインペンで綺麗に着色された14の文字が飛び出してきました。『6年間ありがとうございました』心のこもったカードに涙が出そうになりました。卒業式は泣いてしまうかもしれません。

舞台上の6年生に話したことがあります。「ぜひとも三つのことのために歌って欲しい。ひとつは自分と仲間のため。ふたつめは後輩とそのご家族のため。みんなの歌声は希望、憧れなんだよ。そして最後のひとつは、昨年この舞台で力いっぱい歌い、その後天国に召された先輩とご家族のために。ぜひ心を届ける舞台にしよう!」本校の看板である6年生がリードする心温まる発表会まで、あと6日。ご期待ください。

今日は、副校長の藤原がこのブログを書かせていただきます。

いよいよ音楽発表会が近づいてきましたので、子どもたちの練習に取り組む様子をお伝えします。今日は2年生と6年生の様子をご紹介します。

2年生は「かみさま だいすき」と「はりきりFight Man」そして「JOY

という歌をうたいます。練習の時の2年生は、前奏が始まるともう、体が曲に合わせて動き出します。はじめに歌う「かみさま だいすき」は、私もCDを持っていて聴いたことがありましたが、2年生の表情はみんなかわいく、きっと神様も喜ばれるだろうなと思ってしまいます。ナレーター役の子どもが元気よく「さあ!これから約束するよ、準備はいいかい?OK?約束できたね。じゃ、一緒にうたおう!」というと、続きに歌う部分がとってもかわいいのです。「おいのりはね(クムクム)まいにちするんだぜ(OK!)いつもイエスさま きいててくれるから」・・・これは歌詞のほんの一部で、( )の中はみんなが声を合わせて元気よくかけ声です。子どもたちの生声がお聞かせできないのが残念ですが・・・「JOY」という歌のときは、10人あまりの子どもが壇から降りてきました。松村真紀教諭は、「自分たちで休み時間に振り付けをしたのですよ。」と言っていましたが、それだけに動きもよく揃っていて楽しそうに踊っていました。3クラスの担任(藤井由香子教諭・嶽篤史教諭・橋本悠里教諭)も舞台の下から声をかけたり、一緒に踊ったりとなかなかにぎやかですが、それだけ学年が一つになっている証ですね。

6年生の方は、最後の音楽発表会なので、みんなで素晴らしい発表にしようという想いが伝わってきます。「SONGS OF LION KING」というタイトルで、「ライオンキング」の中から5曲、英語を交えて歌います。後半は松村教諭が指揮をするので、私も伴奏で一緒に参加します。実は秘かに、6年生の最後の舞台を共有できることが嬉しいのです。今日の練習は、赤野校長も観にきてくださったので、子どもたちはいつも以上に張り切って歌っていました。校長先生は最後に、「自分と仲間のために、後輩たちのために、そして一年先輩で4月に交通事故で亡くなった島田海人くんとその家族のために心を込めて歌って欲しい。」と6年生に呼びかけられました。毎年最後に『HEIWAの鐘』という歌を歌いますが、歌が大好きで、昨年この歌を元気よく歌っていた天国の島田くんに、今年の6年生の歌声が届くことを願います。

 

思いは甲子園へ・・・クラブ最終日でした。

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 今日は今学期最後のクラブ活動がありました。6年生にとっては最後の活動です。出張の先生の代行で、久しぶりにソフトボールクラブに参加しました。このクラブの発足時に担当していたこともあり、将来のイチローや金本の指導に目を輝かせて参加しました。

 わたしが担当したのはCチームとDチームの試合の審判。思わず感心したのは、ピッチャーになっていた6年生の両投手のピッチングです。ストレートもそこそこに、スローボールや外角にスライドする変化球もあり、うまいなあと思いました。また、守備も簡単なフライや内野ゴロはしっかりとアウトがとれるように上達していました。バッティングもほとんどの子どもがしっかりとミートをして、ヒットもたくさん打つのです。

 お話したかもしれませんが、わたしが大阪聖母に転勤してきたころは遊びの規則で野球が禁止だったこともあり、グラブのつけ方さえわからない子どもたちもたくさんいました。またラケットやバットを振るなり投げ出す子どももたくさんいました。それから、11年。休み時間にはラケットベースをするグループが、広いグランドに五つも六つもボールを追っているのが日常になりました。ボールをうまくミートする子どもも続出して、なんと大運動場角の体育倉庫前から中高のベルナデッタホール(体育館)の窓やギャラリーまで打ち込む子どもも何人も出てきました。

 ソフトボールのメンバーの中にも野球を、地元のチームでも一生懸命やってきた子どもがいて、中学入試以来久しぶりに顔を合わせたので、声をかけました。「入試。おめでとう!頑張ったね。中学でも野球やるんやろ?」彼は少し照れながら、うなずいて「はい。野球部で頑張ります!」と元気に答えてくれました。

 「野球部監督になって甲子園へ」夢の続きを、今、香里園で見ています。

今日は、副校長の藤原がこのブログを書かせていただきます。

今月21日()は、音楽発表会を開催します。1年生から6年生までが、運動会と同じく学年が一つになって歌や合奏を発表します。本番は聖母女学院中高等学校のベルナデッタホール(小学校の2階)をお借りして、広い舞台でたくさんの保護者の方の前で、元気よく歌声を響かせます。学年での合同練習は先週から始まっていますが、今週からは小学校のホールでの練習も始めます。今日は、5年生の手で舞台にひな壇が組まれました。明日はその壇に、1年生が初めて上がります。高学年は、合奏もする予定ですので、今日も中間休みの時間には、木琴やドラムの練習のために多くの子どもたちが音楽室に集って練習していました。私もついつい手出し口出しをしてしまいましたが・・・

吹奏楽部・合唱団は、音楽発表会でも発表をしますが、一週間前の14日()にも、私立小学校連合会が主催する『連合音楽会』に出演します。この音楽会には、姉妹校である聖母学院小学校(藤森)をはじめ、賢明学院小学校・京都女子大附属小学校・帝塚山学院小学校など、13校17団体が出演します。先週末の土曜日には、吹奏楽部も合唱団も最後の集中練習に励みました。

合唱団は、4月発足当初に比べ、随分笑顔でのびのびと歌えるようになったと思います。チャリティーコンサートやクリスマスキャロルなど、何度か舞台のチャンスをいただいたからでしょうか。この日は、「おめでとう誕生日」という歌の振り付けを、6年生が一生懸命考えて下級生に教えていました。

吹奏楽部の方も演奏曲の仕上げに取り組みました。GReeeeNの「遥か」と「FIRE DANCE」の2曲を演奏する予定ですが、どちらの曲もリズムが難しく、よほどみんなが息を合わせて演奏しないとそろいません。「指揮を見て心を一つにして演奏しよう」と呼びかけると、子どもたちも集中し、少しずつ音がまとまってきました。音楽会前日の土曜日に練習ができないので心配ですが、舞台ではきっと張り切って演奏できると思います。

子どもたち一人ひとりの心の残る発表会になってくれることを願います。

 

素敵な1年生の発想に出会いました。

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 昨日は寒い立春になりました。成田山不動尊の節分会に参拝に行かれる方々の人並みがいつまでも続いていました。最近は誰が始めたのか、「恵方を向いて巻き寿司を食べると幸運になる」などと言うらしく、いたるところで巻き寿司の宣伝ののぼりを見かけました。迷信だと決めてかかっているわたしは、全く関心も無かったのですが、スーパーにアルバイトに行っている息子が「売れ残ったからもらってきた。」と2本の巻き寿司を持ち帰ってきていたので、息子の言うがままに恵方と呼ばれる方角を向いて、まるかじりを体験しました。大の男二人が...と正直乗り気でもなかったのですが、まあ、幸運になるならいいか、と1本黙って食べました。食べ終えて、しばらくすると息子の「しまった!」の声。「どうした?」と尋ねると「恵方の方角を間違えてた。あかんわ。今年は...。」西南西を向いて食べているはずが、南南西だったというのです。やっぱり、やらないほうが良かったです。息子の言うことをうのみにしたこと、残り物で幸運を得ようと思ったことが間違いだったのかもしれません。

 幸運ということでいうと、名前ほどその子の将来を思って、つけるものは他にはありませんね。今日は1年生の女の子が、自分の書いている自由帳を見せてくれて、楽しい話をしてくれました。そこには『わたしの赤ちゃんのなまえ』といくつかの名前が書かれていました。「校長先生、わたし、生まれてくる子どもの名前をもういくつも決めてるの。女の子ばかりだけど。生まれてきてから考えるんじゃなくて、生む前にもう決めておいたほうが、すぐに届けてあげられるから。」びっくりしました。「正子 正しく生きる子 正しくこうどうする子」「七花 心も体も花のようにきれいな子 花のように生きる子」「赤子 ルビーのようにきれいなしんせいがおくれますように ルビーのようにあかるくきれいな子」「森子(しんこ) 森のようにきれいな子 とりのようなきれいなうたごえ」

 どうでしょう。この素敵な発想。キラキラしてますね。自分にいただいた名前もこうやって親がつけてくれたんだと思える幸せを感じているからこそできることですね。みなさんにも幸せのお裾分けをしたい気持ちになりました。

1年の学年ミサがありました。

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 今日は1年生初めての学年ミサが4時間目にありました。緊張した参観授業のあとで、大丈夫かな?と心配しましたが、ミサに参加する1年生は真剣そのもの。ミサの言葉も、聖歌の声も、心がこもっていて、聖堂いっぱいに響きわたっていました。ご参加いただいた保護者のみなさまも、さぞ子どもたちの成長ぶりを実感していただけたのではないでしょうか。ミサ後、校長室にふたりの1年生の女の子がやってきました。「今日のミサ、どうだった?」と尋ねると、口をそろえて「おもしろかった。」とのこと。「何が?」とさらに聞くと「パンを神父さまがペロッと食べたところ。わたしもほしい、ほしい。」と飛び上がって言いました。なるほど、初めてのミサで、「聖体(せいたい...イエスさまの体を象徴する丸いパンのこと)」を見るのは初めてであり、それを神父さまや信者の方が食べるのは、驚きなのですね。もう大昔の話ですが、卒業までにいっぺんあのパンを食べてみたいと思った6年生が、聖堂に忍び込んで食べようとして見つかり、こっぴどく叱られたことがありました。聖母ならではの可愛い事件でした。

 

 先日、漢字検定試験がありました。1年生にとっては、初めての体験です。次に紹介しますのは、検定のことをかいた「あのね帳」です。

『きょう、二じかん目のかん字けんていのしけんをしました。わからないところは、なかったです。みんなが百五十てんでごうかくできたらいいなとおもいます。六かいぐらいみなおしができたので、いいてんすうだったらいいなあとおもいます。みんなごうかくできたらいいなあとおもいます。』

頑張って合格してくれることは、もちろん嬉しいですが、みんなが一緒に合格できることを願ってくれていることは、もっと嬉しいことです。しっかり聖母色に染まってくれています。

「弱さ」のなかにこそ大切な意味があります。

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 今日から新しい月が始まりました。朝礼では、昔担任したKちゃんの話をしました。今は舞台俳優を目指して頑張っているKちゃんは、わたしが担任した当時、教室では小さな声しか出ない女の子でした。発表になっても、口を動かすだけで、その声はみんなには聞こえません。そんな彼女が、今は舞台で活躍しているのです。

そうなったきっかけをKちゃんに伺ったことがあります。彼女はニコニコしながら答えました。「それは、聖母の友だちのおかげです。先生、覚えてますか?みんながわたしのそばにいつも集まってくれたことを。」それは3年のときのこと。朝の会で発表の当番だったKちゃんの声が聞こえないとなると、ある男の子が言いました。「窓を閉めよう。聞こえるかもしれない。」何人もが立ち上がり窓を閉めました。ちょっと聞こえるようになりました。でもまだ小さい声。「そうだ!みんなでKちゃんのそばに集まったらどうかな。」また別の男の子の提案で40人ほどいたクラスの全員が、Kちゃんのそばにぎっしりと集まりました。みんな真剣にKちゃんの口を見ています。ちょっと戸惑いながらも嬉しそうに微笑んだKちゃん。こうしてKちゃんの言葉はみんなのものとなりました。それ以来、Kちゃんが発表するときになると、さっとみんながそばに集まるのが、わたしのクラスの慣習になってしまいました。「みんなが集まってくれたときの嬉しかったこと。今でも思い出すのです。みんなに声を届かせることの素晴らしさに気づいたのは、あのクラスのみんなのおかげです。先生、びっくりするでしょ。何と気づいたら舞台に立っていたんです。」彼女は明るく笑いました。

弱さがあるからこそ、お互いが思いやれる。弱さを分かち合える人の前だからこそ、弱さを素直に出せる。学校でなくては、学べない大切なことだと思います。