May 2010 Archives

修学旅行から帰ってきました。

|

 「校長先生、久しぶり!」出会う子どもたちが、ニコニコしながら声をかけてくれました。25日から修学旅行に同行して、今日は6日ぶりの登校でした。

 修学旅行で心に残ったことがあります。二日目の夜に行った「祈りの集い」で、わたしは、次のような話をしました。「6年は1年から5年の憧れでなくてはなりません。聖母には、修学旅行、運動会での組立体操、卒業旅行など、下の学年の人から見ると、6年になったらできる!ということが、いくつもあるのです。けれどもその影には、さまざまな方々が力になってくださっていることを忘れてはなりません。そのことに感謝を忘れないことも、先輩が守り続けてきた聖母の6年生の伝統なのです。」そしてその一例として、先輩が、お世話になったこのホテルをあとにするとき、ベッドメイキングをしてくださったホテルの方に一言お礼を書き残していったことを紹介しました。

 翌朝。わたしは男の子の班が出発した部屋を忘れ物がないか、確認してまわりました。何とすべての部屋の机の上に、班のみんなで寄せ書きしたお礼のお手紙が置いてありました。思わず微笑んでしまいました。そのうちのひとつをご紹介します。

 

 『三日間、ふとんのせいり、洗たく物を洗ってもらったり、おいしい食べ物を作ってくださって、ありがとうございます。大きくなったら、ひとりでこのホテルにとまりにきます。本当にありがとうございました。』

 

 子どもたちが、自分たちでお礼の言葉を残せたこと。今年もまたひとつ、伝統が受け継がれました。ホテルをあとにする子どもたちが、ひと回り大きくなった気がしました。

休校になってしまいました。

|

 昨夜からの天気予報で心配はしておりましたが、気象警報が解除にならず、休校となってしまいました。学校を楽しみにしていた子どもたちには、本当に申し訳なかったです。朝早くにおうちを出発した子どもたちもいて、何人かはいつもどおり香里園駅に登校。そこで駅で何人もの先生たちでお迎えして、おうちの方に連絡をとったうえで下校していただきました。わたしも、1年生3人と一緒に京阪電車に乗り、最寄りの駅までお送りしました。通勤通学のラッシュ時間とも重なり、電車の中はギュウギュウ状態。ところが、この3人のお行儀のいいこと!大人ばかりにまわりを囲まれた満員の中でも、一言もしゃべることなく、時々お友だちとニコッと目で合図を送りながら、乗っていました。まだ入学後2ヶ月にも満たない3人でしたが、さすが聖母の子!本当に立派でした。満員の電車の中で、わたしは子どもたちと黙ってジャンケンゲームをしました。「ジャンケンポン!アイコデポン!...」何度も何度もニコニコしてジャンケンを繰り返しました。こんなに遠くから重たい大きなランドセルを背負って、せっかく登校してくれた3人に、ごめんな...と思いつつ。

6年生は、明日から長野県茅野市方面に修学旅行に出かけます。時間をかけて準備してきた旅行です。どうか、天気が少しでも早く回復して、全員にとって思い出に残る楽しい旅行となりますように、みなさんでお祈りしていただきたいです。

ピック工房は大繁盛です。

|

 「校長先生、何作ってるんですか?」「うん、ギターのピックだよ。」「ふうん...それ何に使うんですか?」「そうだね。ギターをジャンジャンって弾くために使うんだよ。」校長室のわたしの手作業を興味深そうに覗き込んでいたのは、2年生の男の子3人組。柔らかいプラスチックをピックの形に切り取り、ドラえもんとドラミちゃんのスタンプを両面に押せばできあがり。「わあ、ぼくもほしいな。」「いいよ。クラスと名前を言って。」そこでお名前をメモしながら、わたしは彼らに話しました。「でも、少し待ってくれるかな。ちょっと注文がたくさん入っているから...順番に作っていくからね。」こんなちっぽけなモノですが、ひとりひとりに作って手渡しするからでしょうか。とても喜んでくれます。今日、渡したある男の子は真剣な顔で一言、「僕、お守りにします。」あまりに可愛く微笑ましくて、思わず笑ってしまいました。「どうか本当にお守りになりますように...」と祈りました。

校長室にも、小さなお客さまが日に日に増えています。特に1年生は、休み時間に校長室から流れる歌声に興味を持ってくれるのか、どんどん入ってきてくれます。「校長先生、歌を歌ってください。」とか「ギターを弾いてください。」という声に応えて、今は1年生も習った聖歌「神さまがわかるでしょ」を、声を揃えて何度も何度も歌っています。今年の傾向ですが、なぜか男の子がたくさん歌いに来てくれています。大阪聖母出身のミュージシャンが、いつかたくさん輩出する日が来るかもしれません。

方面別下校

|

今回は、教頭の長谷川が書きます。今日は、今年初めての方面別下校がありました。方面別下校とは、登校下校時の通学マナーを指導し、特に緊急時に安全に下校できるように、通学方面の近い児童をグルーピングし集団で下校する取り組みです。今年度の新しい取り組みとして方面別グループの中で更に5人から7人程度の小グループを組織し、それぞれの小グループごとに下校しました。6年生や5年生がその小グループのリーダーを務め、安全に下校できるように頑張りました。リーダーさんたちは、校門を出る前に、「マリア様に、帰りのお祈りをいたしましょう。」と、低学年の子に声を掛けたり、「先生、グループが揃ったので帰ります。」と、下校を確かめる先生に報告して帰っていきました。途中の道や、駅で下校の仕方を指導していた先生たちからも「初めての小グループでの下校でしたが、子ども達はとても整然と下校していました。」と、報告がありました。平素の登校・下校のマナーにも、是非生かしていって欲しいと思います。

笑うことを大切にしたいです。

|

 本校の全校朝礼は毎週月曜日に行っています。今月は聖母マリアの月。今月の聖歌「マリアさまの心」で始まり、ロザリオの祈りとして「主の祈り」「聖母マリアへの祈り」「栄唱」を全校みんなで唱えます。また月の初めは校長がお話をしますが、その後の朝礼では担任の先生も交代で自分の体験をもとにさまざまなお話を子どもたちにしてくれます。

今日は1年の橋本教諭が次のように語りかけてくれました。「みなさんは、今挨拶を大きな声でしようと頑張っていると思いますが、笑顔でできているでしょうか。一度ね、みんなでお腹を抱えて大声で笑ってみましょう!」橋本教諭はそう言うと、「ワッハッハッハ!ワッハッハッハ!」と大声で笑い出しました。すると会場の子どもたちからもワッと笑い声が起こりました。橋本教諭は続けました。「この『笑うこと』にすごい力があるのをみなさんは知っていますか?実は、『笑うこと』でNK細胞(ナチュラルキラー細胞)というものが元気になって、体や心を元気にしてくれるのです。学校、今日は行くのが嫌だなあ...なんて思う日は、思いきり大声で笑ってみてください。」月曜日にふさわしい元気になるお話でした。

わたしも、校長になって大きく変わったことがひとつあります。ふと気づいたのですが、笑うときに大きな声で顔いっぱいしわだらけにして笑うようになったことです。確かに笑うと体が元気になる気がします。その秘訣は...子どもたちとしっかり目を合わせて、まずニコッとすること。一度笑い合えればもうしめたもの。出会うたびに笑い合えます。おそらくその積み重ねで、表情筋が良く動くようになったのでしょう。

「笑う門より福来る」子どもの笑顔こそ、その入り口に違いありません。どうか、このブログをご覧になった方は子どもと一緒に大きな声で笑ってみてください。

 

[

|

3・4年生が合宿から帰ってきました。

|

 「ただいま!」「校長先生、お迎えありがとうございます!」バスから元気な子どもたちが、次々と降りてきました。今日は3年と4年の合宿の最終日。最終日のスケジュールが違うため、2学年は時間差をつけての別々の帰着となりましたが、どちらの学年も充実した合宿だったようです。ただ、5月のこの時期としては異例の寒さに見舞われ、特に田植えは、本当に冷たい水に浸かっての体験になってしまいました。

 昨日の二日目は、4年生が中心となって3年生のために昼食のカレーを作りました。「あのカレーは、先生、ほんまに美味しかったわあ。」3年生の談です。おうちで心をこめて作っていただいたカレーを食べているのに、大抵3年生は、「こんなに美味しいカレーは食べたことがない!」というのです。近江八幡の大自然のなかで、大きな鍋を薪で炊き上げてみんなで作るカレー。やっぱり、おうちで食べるのとは違うのでしょうか。3年はこのお礼に、4年生の分までお土産の焼き板を作りました。今年は「火が怖い。」「煙がだめ。」と言う子どもが多かったようで、なかなか上手く焦げ目がつかなかったようです。

 最終日の今日、4年は地引網の体験をする予定でしたが、風が強く実施できませんでした。そのかわり、船に乗って沖島にわたり、天然の太い鰻をみんなで両手でつかませてもらったり、60センチもあるブラックバスに触ったりと、初めての体験に大興奮だったようです。また3年は琵琶湖博物館を見学。楽しい合宿最終日になりました。

 

 昨日から、駅から学校に向かう石の階段を上ったところにプラカードを持って立っています。プラカードには『だまって歩きましょう』の文字。早朝、また夕刻、小学校だけでも500人以上、中高も含めると1000人もの子どもたちが、この閑静な住宅街のなかを行き来させていただきます。地域の方々にご迷惑をかけないように歩くことは、「何でも自由が一番」などという価値観がはびこるこんな時代だからこそ、とても大切な躾のひとつだと思います。わずか100メートルほどの区間ですが、日々意識して歩かせたいと考えています。

今朝、立っているわたしに「おはようございます。お疲れさまです。」とにこやかに声をかけてくださったおばあちゃんがいらっしゃいました。「いつもご迷惑をおかけしています。」とお辞儀しますと「いやいや、元気な子どもたちが家の前を通ってくれて...毎日会えるのを楽しみにしていますよ。」とさらに目を細めて笑ってくださいました。さらにおばあちゃんは続けて話してくださいました。「実はね。わたしも大昔の聖母の小学校の卒業生なんですよ。あのころは、女の子ばっかりのお嬢さまの学校でね。鉄棒でも逆上がりなんか、できなくてね。お上品な学校でしたよ。でも今は男の子も通う学校になって元気いっぱい。楽しみですね。先生も頑張ってくださいね。」びっくりしました。なんとおばあちゃんは、本校の大先輩でした。子どもたちが、毎朝、毎夕こうして地域にお住まいの大先輩から、温かく見守られていることを改めて実感する朝となりました。

地域の方々に、今も昔も変わらない「聖母の心」を行動を通してお届けしなければならないと思います。

 

 

1年生の居残り

|

今回は、教頭の長谷川が書きます。今週、1年生のアフタースクール見学会が行われています。見学を希望し、アフタースクールが始まるまで居残りをした子ども達は、私とすごしました。今日は、お天気も良かったので、まず、裸足の広場で、砂遊びをしたり、先生の足を砂で埋めて楽しんだり、鬼ごっごで遊んだりしました。鬼ごっこは、「バナナ鬼」といい、鬼にタッチされると、両手を頭の上にくっつけてバナナのポーズをとって、とまります。そして、仲間の友だちにタッチしてもらうと、再び動くことができます。鬼は私がなりました。子ども達は、ブランコや、ジャングルジムなどの遊具を障害物としてうまく逃げます。タッチされてバナナになってもすぐに友だちが助けに駆けつけます。鬼ごっこが終わると子ども達は、「先生、足おそいなー。」と、ニコニコ。「違うよ、先生が遅いんじゃなくて、みんなが早いんだよ!」と私もニコニコ。とても楽しい時間になりました。鬼ごっこの後は、コンピュータールームに移動し、ディズニーのビデオをプロジェクターで大画面に映し出し、映画鑑賞を楽しみました。もちろん、その後の、アフタースクールの見学もとっても楽しめたようです。

子どもたちの姿こそ、グッドニュースです。

|

 昨日は、2年と5年の参観日がありました。2年の参観にお見えだったおひとりのおばあちゃんが、「1年のときのことを思ったら、もう本当に大きくなってくれて...。勉強も頑張るようになりました。校長先生、ありがとうございます。もう、わたし、嬉しくて嬉しくて...。」と涙を浮かべて深々とお辞儀をしてくださいました。有難いことです。5年は、参観授業に続いて、全校で最初の学年ミサがありました。本校では、各学年とも1年に一回、保護者のみなさまにもご参加いただき、子どもたちや教員と一緒に、祈りのひとときを設けています。5年生の子どもたちの態度も、素晴らしいものでした。矢野神父さまの司式に応える大きな声。聖堂に響きわたる大きな歌声。「1年に一回ですが、こうして聖堂で子どもたちのお祈りするしゃんとした後姿を見ると、心が洗われる気がしますね。」とは、参加してくださったお母さんの言葉。これも、本当に有難い言葉でした。

 今日からは、3年と4年が合同で、滋賀県近江八幡市にある国民休暇村に二泊三日の合宿に出かけました。出発式では4年の代表の子どもが「去年、お兄さんやお姉さんにお世話していただいたように、3年生の面倒をしっかりとみてあげたいと思います。」と頼もしい挨拶がありました。開校式後昼食をとり、近くの農園でミニトマトやキュウリの収穫体験をしたあと、今年は泥んこになっての田植えも経験させていただいたようです。おうちを離れて友だちと過ごす夜。興奮してなかなか眠れないことでしょう。3年生と4年生がいっそう仲良くなって帰ってきてほしいものです。

聖母月の実践が始まりました。

|

 連休が終わり、いよいよ学校も再開。今日の朝礼ではわたしから聖母月の実践「自分からすすんで挨拶しよう」についてお話しました。どんなに宗教行事やお祈りをしようとも、身近に出会う人との挨拶が心をこめてきちんとできなければ、それは何の意味もありません。日本に古くからある「柔道」「剣道」においても、『礼に始まり礼に終わる』伝統があることを話したうえで、特に今日は「相撲」の話をしました。実は大相撲の幕内で活躍中の嘉風(よしかぜ)さんの奥さまが、本校の卒業生でいらっしゃるご縁で、先日お会いしてお話する機会を得ました。嘉風関は、外国人力士が台頭するなかで奮闘を期待されている力士のおひとりです。「どんなに番付に上下があろうとも、先にこの世界に入った方には、兄弟子として敬語を使う。こんなことも相撲が単なる勝負だけのスポーツではなくて、相撲道である証です。」「厳しく痛い思いを自分からしなければ、絶対に強くなれないのです。」「小学校からはじめた相撲ですが、小学校、中学校と本当に素晴らしい指導者に恵まれました。その頃は技術的なことよりも、本当に良く褒めてもらい、相撲ってこんなに楽しいものなんだと教えていただいたのです。その後、高校、大学とものすごく厳しい稽古の連続になっていくわけですが、それでもプロになろうと決心したもとには、その小学校・中学校の楽しかった体験があります。大好きなことを本当に楽しくやるって、大切なことだと思います。」相撲の型同様、本当に真っ直ぐで実直なお人柄とともに、教育にも通じる素晴らしいお話を伺いました。「子どもたちにひとりでも相撲に興味を持ってもらいたいのです。」そうおっしゃって、なんと来年3月の大阪場所の頃に、本校を訪問してくださることを約束してくださいました。校長室前には、嘉風関から戴いた番付表を貼っています。

 挨拶をはじめとする「礼」に溢れた学校となって、嘉風関をお迎えしたいものです。

忍者劇の鑑賞会がありました。

|

 今朝は今年最初の祈りの集いがあり、カトリック香里教会の矢野神父さまが司式してくださいました。神父さまは「ユダヤ地方では、朝でも晩でもすべてシャロームという挨拶を互いにかわします。お互いを大切にするという意味で挨拶はとても大事です。愛するとは、お互いを大切にすること。これは好きとか嫌いとかいうこととは無関係です。」とお話してくださいました。改めて挨拶を教員自ら率先しなければ、と思いました。

 また今日は午前と午後に低学年・高学年に分かれて「忍者劇」の鑑賞会がありました。ストーリーは、お殿様の家臣になって自分だけが有名になろうとする主人公、修行して戦いながら自分の行いを改めて、故郷のために生きようというもの。午前中の低学年の部では、ステージと会場が一体となって、大変盛り上がりました。忍者の戦いのシーンでは、主人公に頑張れー!と、まるで本物の格闘技を見ているかのように、大興奮で応援していました。きっと劇団員の方々を本物の忍者だと思ったのでしょう。忍者体験では、6人の子どもたちが実際に忍者の衣装に着替えて、忍者の走り方や手裏剣のよけ方を修行するというもので、これも会場から大声援が起こりました。教員からは嶽教諭が代表で体験。子どもたちから拍手喝采を受けていました。最後には、子どもたちからアンコールの大合唱となり、予定されていなかった劇団員の方々が慌てて衣装に着替えて再度舞台に登場されるという一幕もあり、大変楽しい鑑賞会となりました。

 「みんなでお腹を抱えて笑う」という貴重な体験となったことでしょう。

1年生を包む温かい一日でした。

|

 「校長先生、今日、5人だけで来たよ。」登校してきた1年生の女の子数人が、ニコッと笑いながら話しかけてくれました。「すごい。良かったね。迷ったりしなかった?」大きくうなずく女の子。いよいよ今日からは高学年の引率なしで登校してきます。朝の廊下では、何かを手にした1年生の男の子が、6年の教室がある方向に不安そうに歩いていました。「どうしたの?」と尋ねると「6年のお姉ちゃんにお手紙を書いたんだけど、渡したくて...。」手にしていたのは、小さな封筒に入ったお礼のお手紙だったのです。お姉ちゃんのクラスがわからないということだったので、「わかった。校長先生がお渡ししておくよ。」「ありがとうございます。」こんな微笑ましい会話を交わしました。それでも、1年生と一緒に登校してくれる6年生も何人もいました。ある6年の男の子が、ティッシュで鼻を押さえた小さな1年生の肩に手をおきながら、校門をくぐってきました。「どうしたの?」と尋ねると「鼻血を出しちゃって...。でも先生、大丈夫。保健室に連れていきますから...。」男の子の頼もしい言葉に、背中が大きくなったように見えました。

 いろいろなドラマがあったであろう1ヶ月。お世話をさせていただいた6年生も成長した1ヶ月でした。この温かい関係を大切に大切に育てていきたいものです。

 今日は、児童会主催の1年生を迎える集会が、体育館でありました。2年は玉入れ。何と1年生の勝利で、1年生は大喜び。3年は手話による「小さな世界」の斉唱。4年は学校内のものごとについての○×クイズ。5年はリコーダーによる「赤いスイートピー」の演奏。そして6年は、手をつないでのクラス対抗リレーで大いに盛り上がりました。この日に向けて一生懸命用意してくれた出し物に、1年生も大喜び。お礼に習いたての聖歌「かみさまがわかるでしょ」を元気に歌ってくれました。

 聖書に「神の国」という言葉が出てきます。これは、死後の話でも雲の上の話でもなく、日常のなかで人と人とがお互いに心から大切にしあうときに、まさに「神の国」が実現しているという意味で使います。今日の集会の1年生を包む温かい雰囲気は、まさに「神の国」です。すばらしい一日になりました。