July 2010 Archives

ホームステイが出発しました。

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 昨日でプール解放も図書館解放も終了しました。子どもたちの元気な声にかわって、一段と桜並木には蝉の鳴き声がひびいています。

 また昨日は5年生の最後の選択合宿、オーストラリアホームステイが、関西空港から出発しました。午前9時という朝早い集合でしたが、家族とともに元気な顔を見せてくれた子どもたち。昨年はインフルエンザの流行で中止となったため、今年は6年生も参加しています。いつもの光景ですが、「昨日、緊張して全然眠れなかった。」なんて言いながらも、ケロッとしている子どもたちに対して、見送ってくださる親御さんのほうが、「こんなに長く家を空けるのも初めてで...。先生、もう必死で涙をこらえているんです...。」とおっしゃる方もあり、出発の時間ぎりぎりまでお話は尽きなかったようです。くれぐれも、元気で充実したホームステイ体験を積んできてほしいものです。一行は昨日、夕方無事にシンガポールに到着。今頃は一路目的地であるアデレードに向かって空の旅を続けています。ひとりひとりの顔を思い浮かべながら、旅の安全をお祈りしました。

 ホームステイを経験した卒業生が、今でも「貴重な体験だった」と話すことがあります。それはオーストラリアのステイ先の方々が、本当に自分を「家族」として大切に温かく接してくださることです。滞在を終えて別れるときには、肩を抱き涙を流して別れを惜しんでくださる方がほとんどであるとのこと。「旅行をして人と別れるのに、あんなに泣いたのは初めてでした。家族っていいなあと、改めて考えました。思わず日本で待ってくれている家族のことを思い出してまた泣いてしまいました。」卒業生の談です。

 学校を離れての長い夏休み。子どもたちが家族について考え、家族の大切さを実感できる機会がたくさんありますように願っています。

今日の算数の授業も終盤である。5年生は私が与えた課題を考えている。静かに自分の世界に入り込み考えたり、お互い話し合ったり...と言いたいところだが、実際は、「はい、はい!」と手を挙げまくる。「先生私の意見を聞いて!」という子どもが圧倒的に多い。考えた意見をすぐに言いたくてたまらない。そんな明るい雰囲気で授業は進んでいく。問題集で尋ねられていたのは【長方形の対角線の折り目として折ったときにできる重なる図形の名前は?】であった。実は、その答えである『二等辺三角形』という解答は、ほぼ全員あっていた。しかし私が与えた課題は、なぜその答えになるのか?である。どのような答えが返ってくるか?心の中でにやにやしていながら聞いている自分がいる。最初「なんとなくです!」自信を持って答えたものがいた。「うーん、ちょっと厳しい答えやなあ~」笑いが飛び交う。「他は?」こう尋ねると、まだまだ手が挙がる。ある子どもが「この三角形とこの三角形が合同になるからこの辺とこの辺が等しくなる。だから二等辺三角形です。」と答えた。心の中で(これはすごい!よくわかっている!)と思った。合同と言う単語は2時間前の授業で教えたところである。もちろん少しのスパイスを加えて。他の子どもたちは、みんな笑い声やしゃべり声もなく聞いていた。(ふーむ...では)「じゃあね、なぜそことそこは合同といえるの?」褒めてやるのはもちろんだったが、その答えにさらに追い打ちをかけてみた。「ええっと...」みんなは、ここではあまり手が挙がらない。(ちょっと難しかったかな~)そこはスパイスをかけて教えたところだったので辛すぎたようだ。おっと時計を見るとあと8分。「ふむ、これはね...」説明し始めると目が輝く。また、「これもええけど、三角形の合同を使うのではなくて、もっと簡単な説明もあるで!」平行線の錯角を使う別の証明方法を教えてやると、さらに少女マンガの主人公のように全員がキラキラと目を輝かせながら、「すげえ!」と口々に言った。教師冥利に尽きる反応である。(実際は中2の証明分野に少し踏み込んだけど、まあいいか)でチャイム。今回は終わってからも質問が多い。

実際、小学校算数の問題は直感的に答える問題も多い。もちろん算数にかかわらずなぜ??がどの教科にも大きな課題(どこまで詳しく教えるか?のこと。例えば11=2である証明は私にもとっても難しい)であるが、あまりそのなぜ?をつっこんで教えると興味関心をそがれたりする場合も多々ある。だからこそ、その見極めを教授指導することがとりあえず教師の大切な役割の一つだ。そのレベルに応じた課題を選出すること、まさに今回はうまくいったと思った。(もちろん私の思いこみかも知れない!!)

...最近の問題集には解答がほとんどついている。それを最終的にはみればよい。私は、その子どもがどの問題をすることで弱点が少なくなり、どの部分をやることでさらに力がつき、どのような時間配分でどのようなやり方をすればよいのかということを考えることに力を入れている。そのことによって、その子どもの『わかった!』が見ることができることが、私の最大の喜びであるからである。

わたしは本校に勤める前に、京都市の小学校でたくさんの子ども達と関わってきました。その中で一番心に残ったのが、大文字駅伝大会です。本大会に出場するには地区別に予選で、上位2校となり選抜されねばなりません。当時5年の担任のわたしに「先生、大文字駅伝にどうしても出たいねん。」と子どもたちが熱心に言うので、「それなら、いっしょにがんばって大文字駅伝を目指そうよ。」と答えました。すると子どもたちは「無理、無理。いつも出る学校は決まってるもん。」と最初から諦めモードで答えるではありませんか。これではだめだと思いました。わたしは、声を荒げ毅然として「本気で大文字に出たかったら、先生についてきなさい!」と言いきりました。

さあ、それからの練習は大変なものでした。暑い夏も朝から練習を始め、図書室で勉強をし、夕方また練習です。こうして来る日も来る日も練習に明け暮れる毎日が2年間続き、中にはその厳しさに負けてしまった子どももいました。しかし、友だちの応援が励みになり、時には少しずつタイムがあがって喜び合うことも出てきました。

いよいよ予選の当日、在校生や学年全員が応援にきてくれて、走る子どもたちの緊張感は頂点に達していました。「今までがんばってきた成果を出したら、絶対本大会にいける」と言葉をかけ、いざ予選本番。接戦の末、なんと17校中2位に入り、ついに本大会出場が決まったのでした。子どもたちが肩を組み合い、抱き合いながらみんなで喜びあったのは言うまでもありません。始めは諦めることしかできなかった子どもたちが、時間をかけて努力し、チームワークの大切さを学びながら励まし合い、大きく成長した2年間でした。

この体験はわたしの原点です。大阪聖母の子どもたちと向き合う今、決して諦めずに何度も何度も繰り返して勉強し、わからない時は納得いくまで質問しながら、クラス全体が高め合い、認め合うことの大切さを是非とも体験してほしいと願っています。そのためにも、わかった時の喜びを一緒に喜びあい、褒めたたえ、一人一人が「友だちっていいな」と思えるクラスを目指しています。

これからも一人一人のよさを見つけ、伸ばし、それが自信につながるように指導をし、子どもの目線にたって相談にのれる教師でありたいです。

あるシスターが「宗教的な価値観は、教え込むものではなく、染み込ませるものだ。」というお話をされていました。「染み込ませる」とは、形が見えない分、簡単なようで難しいことではないかなあと感じたことを今でも覚えています。

ところが、その意味を肌で感じさせられたエピソードに出会ったことがありました。

本校では昼食(弁当)の際、当番の子どもがお茶の入ったやかんを二つ取りに行き、それをクラスで各々のコップに注いで、お茶をいただくことになっています。

ある日のこと。当番の子どもがいつものようにお茶を取りに行ったのですが、二つのうち、ひとつのやかんを持った子どもがなかなか帰ってきません。「おかしいなぁ」と見に行ってくれた子どもが、やがて「先生、大変!お茶がこぼれている!」とかけこんで来るなり、雑巾を手に持って拭きに飛び出していきました。わたしは「やさしいな」「えらいぞ」と心から思い、帰ってきたら褒めてあげようと思っていました。

しかし、話はこれで終わりませんでした。ひとつのやかんのお茶がなくなってしまったのですから、私は隣のクラスに分けてもらいに行こうかなと考えていました。ところが、子どもたちのうち、すでに自分のコップにお茶が入っている何人かが、やかんにそのお茶を戻そうか、というような話をして、ついには、みんながやかんにお茶を戻しだしたのです。『全員にコップになみなみと入ったお茶を配ることはできないけれども、少しずつならみんなが飲める。』と思ったのでしょう。ある子どもは、「私は水筒のお茶を飲むからいいよ。」などとそれぞれが友だちのために今自分ができることをやり始めました。これはまさに、聖書にある「分け合えば余る。奪い合えば足りない。」というみ言葉を、子どもたちが自分たちなりに実践したように感じたのです。

子どもたちにすれば「偉いことじゃあないよ」「そんなん当たり前やん」と思っていたかもしれません。けれども、それが実践できたのは、毎日の暮らしの中で、先生や友だちとお祈りを唱えたり、マリア様やイエス様を身近に感じてご挨拶をしたりと、聖母では当たり前のこととして続けていることが根底にあり、それによってカトリックの価値観が自然と身体の内部まで染み込んできているからなのだと思います。

日常の生活の中で、このようなエピソードが多くのクラスに溢れ、それを語れる本校は、「カトリックの価値観が染み込んだ子どもたちが居る学校です!」と胸を張って言えます。

素敵な愛に溢れた子どもたちと一緒に過ごせることを私は誇りに思います。

 

 私が大阪聖母学院小学校に赴任して、初めて担任を受け持ったのは3年桜組でした。3年桜組の子どもたちとの一年間はとても新鮮で、毎日が発見ばかりでした。次の年は2年梅組を受け持ちました。2年生は、3年生よりもできないことや、まだ教えてもらっていないことがたくさんあって「これは知っていること?」「こういうことは、できる?」と、子どもたちに尋ねながらのスタートでした。でも、1年が経つうちに、できることがたくさん増えて、2年梅組の子どもたちも立派に3年生へ進級していきました。

その次の年は1年梅組を受け持ちました。「1年生って、どんな学年?きっとなんにもできない学年なのだろうな。」と、思いながらの1年の始まりでした。幼稚園では一番大きな学年の子どもとして、いろいろなことができるようになって卒園してきた子どもたちですが、小学校では一番小さな学年です。初めてのこと、知らないことだらけのスタートです。たとえば、電車やバスに乗って子どもだけで通学するのも初めて。制服を着たり制帽やランドセル・補助かばんを身につけるのも初めて。勿論、学校に来てから校内着に着替えるのも初めてです。

入学式の翌日、6年生に連れられて教室に入ってきた子どもたちは、お兄さんお姉さんに教えてもらって自分の席に座り、クラスのお友だちが全員揃うのを待っていました。初めての学校でのお勉強は「挨拶と返事の仕方・お祈りの仕方・提出物の出し方・下校の仕方」。その次の日のお勉強は「昨日の復習・体操服の着替え方・学校探検・お弁当の食べ方」です。えっ?そんなこと?と、驚かれるかもしれませんが、これはとってもとっても大事なことです。本校で、今、誰もが普通にしていること、できて当たり前のことの全てを、身につけていくわけですから。それだけではありません。やがて3学期の最後には1年間の成長をおうちの方に見ていただく「生活科発表会」を自分たちだけで計画して、立派に発表します。そう考えると、1年生は、毎日毎日、新しいことをたくさんお勉強して、それをちゃんと自分のものにして成長していく、すごい学年です。わたしが担任させていただいた1年生も今は2年生。今年も入学してきた可愛い可愛い1年生に、お兄さんお姉さんとして、いろんなことを教えてくれています。

そして、私は、今年も元気で可愛い1年梅組の子どもたちと、素敵な毎日を過ごしています。明日は、どんな発見と成長が見られるかな?と心をときめかせる毎日です。

BSC体験合宿の出来事

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 今回は、教頭の長谷川が書きます。

 5年生は、夏休みにホームステイ・夏山登山合宿・BSC体験合宿の3つの中から、自分が体験してみたい合宿を選ぶ、選択合宿を行います。私は、7月21日(水)~7月24日(金)の3日間、琵琶湖の蓬莱にあるBSCウォータースポーツセンターでの合宿に同行してきました。(BSC=琵琶湖セーリングセンター)

 BSC体験合宿の主な内容は、トッパーと呼ばれる小型のヨットや、カヤックでのマリン実習です。初めてのマリン実習で、インストラクターから

「この部分の名前はわかりますか?」

と尋ねられると、

「セールです。」
「センターボードです。」
「ティラーです。」
「ブームです。」
「メインシートです。」
「マストです。」

と、すらすら答えて

「さすが聖母の子だね」

と、褒めていただきました。事前学習で学んだことが生かされて、子ども達はにっこり。

 全員で協力しながら湖畔にヨットを浮かべ、1つのヨットに2人ずつ乗り込み出発です。しかし、実際の操作となると、初めてのことばかりでなかなかうまく、いきません。うまく、風をとらえられなかったり、藻にからんで動けなくなったり、四苦八苦です。それでも、なんとかペアーの友だちと力を合わせ、沖の方へ進んでいくことができました。
 なんどか練習し、実習が終わる頃には、うまく進行方向を変えることもできるようになりました。

「初めて乗ったときより、ずっと、うまくなったよ。」

とインストラクターから声をかけてもらいました。

 そして、実習のあとは、たっぷりと自由時間があります。敷地内にながれる小川に多くの子があつまり、石を並べて3箇所ほどダムにしました。

「先生、見に来て、すっごく水がきれいになったよ。」

と、子どもが呼びにきました。何人も入って先ほどまでかなり泥水になっていた小川の水が、本当にすっきり澄んできれいになっていました。1日の終わりに書く日記にも「川遊びが楽しかった。」と、何人もの子が書いていました。

 カヤックでのミニツアー・ドラム缶のお風呂・ブラックバス釣り・キャンプファイヤーや花火・バーベキュー・祈りの集いなど、様々なイベントで楽しい3日間でした。なにより、1人もケガや病気がなく元気いっぱいに過ごせた合宿でした。

 4年生を担任させていただいた時の参観日。宗教の時間に「マキシミリアノ・コルベ神父」をテーマに授業をしました。コルベ神父は、第2次世界大戦末期にナチスドイツの手によってアウシュビッツの強制収容所に収監された際に、ひとりのユダヤ人を救うためにその身代わりを申し出て命を捧げられた神父です。その生きざまを学んだ後、わたしは、心をこめて子どもたちに語りかけていました。「みんなのこれからの人生にも、予想をしない大きな困難や苦しみが襲ってくるかもしれない。でも恐れなくて良いのです。聖書には、神さまは乗り越えられない苦しみは与えられない、とはっきりと記されています。そしてどんなときでもいつも神さまはともにいるとも記されています。みんな、これからどんな苦しいことがあっても、苦しみを乗り越える力を与えてくださる神さま、いつもともにいて見守ってくださる神さまを信頼して耐えていこう!自分に負けるな!決してあきらめるな!怖れずに生きていこう!そして喜びと感謝の気持ちを持ち続け、すすんで灯りをつける人になっていこう!神さまは今も私たちを見守り導いてくださっているよ。」

 ふと、何だか教室の雰囲気が違うと思い、真剣な子どもたちから目を放すと、なんと多くの保護者の方々が涙を流しておられるではありませんか。涙は聖霊の賜物と言われますが、子を思う親の気持ち、また保護者の方々の人生体験から溢れる涙であったように思います。

 本校では、各クラスの担任が宗教の授業をしています。宗教教育が『魂の教育』として本当に生きて働くためには、子どもたちと私たち教職員、そして何より保護者のみなさまとの絆が必要です。この日の授業は、本当にこの太い絆を結び祝福してくださる神さまを実感できた感動的な時間となりました。授業の最後にみんなで歌った歌は、教室だけではなくそこに集った全員の心に響きわたったように思います。担任が宗教を指導できる幸せを心から感じた瞬間でした。

夏山合宿から帰ってきました。

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 久しぶりの学校です。終業式の翌日21日から、5年の選択合宿が始まり、わたしは、上高地・飛騨高山を二泊三日でまわる夏山合宿に同行していました。猛暑の関西を抜け出して訪ねた上高地は、まさに別天地。うっすらとかく汗が心地よく感じるほどの涼しさでした。河童橋から明神を通り徳沢までの6キロのコースを歩くのですが、雪渓を残した明神岳や前穂高岳をはじめ、夏空に映えるアルプスの山並みの美しいこと。梓川のエメラルド色の流れとともに雄大なパノラマを見るようでした。宿泊先は徳澤園。井上靖さんの『氷壁』の舞台にもなった宿です。山小屋でありながら、美味しいこだわりの食事を提供していただけるこの徳澤園は、8月1日発売の『家庭画報』でも特集で紹介されるとのこと。興味のある方は、どうぞどんな宿で合宿をさせていただいているかを、ご覧ください。翌日は飛騨高山に移動し、宮川朝市で買い物をしたり、三之町の古い町並みで買い物をしたりして、小京都の風情や人々の人情に触れました。面白かったのは、30人ばかりの子どもたちの半分以上が、高山で木刀などの剣をお土産に買ったことです。(どうやら毎年のことだそうです。)帰りの駅で立ち止まるとは、剣を抜いて斬り合いをするものですから、注意しながらも、あまりの可愛さに笑ってしまいました。そういえば、細い竹を腰に差しては斬り合った幼い日々を思い出します。チャンバラは時代が変わっても子どもたちの憧れなのかもしれませんね。高山のホテルには大浴場が2箇所ありました。子どもたちは何回も友だちとお風呂に入ったとのこと。夏山合宿ならではの楽しい思い出になったことでしょう。

 学校には今日も100人を越える子どもたちが、プールに、図書館開放に、そして6年の補習に、桜並木の蝉の大合唱のなか登校してきました。今週いっぱいは、元気な笑い声が響くキャンパスです。

 

 明日から、このブログには本校の教員たちが文章を綴ります。教師をしながら感じた子どもたちの温かさやしなやかさを、みなさんにご紹介していければと思っています。どうぞ、ご期待ください。

今日の校長ブログは、副校長の藤原が書かせていただきます。

夏休みに入った初日の21日から、5年の選択合宿がはじまりました。「夏山体験合宿」は信州上高地から飛騨高山へ、「BSC体験合宿」は琵琶湖蓬莱BSCウォータースポーツセンターでヨットやカヤックの体験をしました。三日間、猛暑日ではありましたが好天に恵まれて、先ほど無事解散したとの連絡がありました。赤野校長が夏山登山に、長谷川教頭がBSC合宿に引率していましたので、昨日の夕方現地から届いたメールをご紹介します。

《BSC合宿》午前・午後を通してヨットの練習をしました。風の向きを考えて上手くコントロールできるようになりました。フィッシングにも挑戦し、見事ブラックバスを釣り上げた子どももありました。夕食は、楽しみなバーベキューです。

《夏山合宿》横尾まで往復のハイキングの途中には、雪渓残る美しいアルプスの山並みと青く透き通る梓川の景色を堪能しました。宿舎にもどっていただいたソフトクリームの味は格別だったようです。午後、河童橋まで行く途中で、梓川の浅瀬に足をつけて遊びました。

どちらの合宿でも、夏の湖や山を満喫したようです。来週30日から12日間、「ホームステイ」を希望した子どもたちがオーストラリアに出発します。南オーストラリアのアデレードに12間滞在し、毎年お世話になっているSt.Andrew's Schoolにお世話になります。私は、このホームステイに引率しますので、その様子をまたお知らせいたします。

さて、21日から始まった夏休み、学校では桜並木が蝉の声につつまれています。登校した子どもたちは、蝉の抜け殻を見つけて嬉しそうにしていました。7月30日まで「プール開放」や「図書館開放」が行われています。9時~11時半で希望すれば誰でも参加できます。21日は109名、22日は88名、今日は91名の子どもたちがプールに入って楽しみました。同時に午前中は6年補習授業も行っていて、多くの6年生が自主的に参加しています。

また、アフタースクールの教室もそれぞれ午前中に開講され、午後からは吹奏楽部が練習に励んでいます。

 

1年合宿で見た美しいものをお伝えします。

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 「校長先生、一緒に寝よう。」こんな可愛いお誘いをもらったのは、昨日の朝の校門でのことです。1年生の女の子の笑顔に、即「いいよ!」とは言ったものの、結局、ベルナデッタホールに着いたのは夜中の11時過ぎ。悪いことをしました。わたしは、音をたてないように、しずしずとはだしでゆっくりと子どもたちの布団を見て回りました。静まりかえったホールには、エアコンの音のほかには、子どもたちの寝息だけがあちこちで響いています。枕にだきついてうつ伏せで眠っている子。明らかに頭と足の位置が入れ替わって眠っている子。おへそを出して大の字で豪快にいびきをかいている子。くるくるっと海老のように小さく丸まって眠っている子。友だちと頭と頭をくっつけて仲良く眠っている子...。わたしは本当に美しいものを見た気がしました。まるで、おとぎの国の「こびと」達を見ているような、とっても穏やかな気持ちになったのです。

 ふと、教師になった翌年、4年生の合宿を引率した夜を思い出しました。わたしにとっては初めての宿泊合宿でした。やんちゃ坊主でちっとも言うことを聞かず、昼間わたしをさんざん困らせていた男の子たち。その子どもたちが、これまた「こびと」達のように可愛い寝顔で眠っていたのです。まるで時間が止まっているように感じました。息をしているのも申し訳ないくらいに、そのときも「ああ、なんて美しいのだろう。」と思ったのです。

 どうして子どもたちの寝顔は、こんなにも美しいのでしょう。今夜も多くの親御さんが、わが子の寝顔を見つめながら、癒されておられることでしょう。「また明日、頑張らなくては...。」と。

『人は神の似姿である』といいますが、子どもの寝顔はまさに神の姿だと思います。

1年生の合宿の夜を迎えています。

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 今日は2時間目に、6年生を対象に、大阪ライフサポート協会のご協力で、「救命救急講習会」を開きました。個々に心臓マッサージとAED装着の練習ができる機器をお借りして実習をしました。合図の音に合わせて心臓を両手で圧迫するのはなかなか体力がいります。真剣な表情で実習に取り組む6年生を見つめながら「AEDの普及で、助からない命が助かる確率が非常に高まりました。自宅で親を救った小学生の事例も報告されています。当たり前に誰でもが使えるようになることが大切です。」ご指導いただいた先生のお話でした。

 また1年生の合宿も午後から始まりました。体育館で集合して校歌を歌い、合宿でみんなが仲良くなれるようにお祈りをしました。どの顔も緊張気味。張り切っている様子が伝わってきました。その後、「パラシュート作り」に取り組みました。なかなか糸を付けるのに苦労していましたが、完成すると体育館の天井に向かってみんなで打ち上げて楽しんでいました。その後水着に着替えて甘い甘いスイカのおやつタイム。プールにもしっかりと入ることができました。

 夕食のカレーでお腹いっぱいになったあとは、「お楽しみ会」です。学期末で残っている教員が、何ヶ所かに分かれてゲームを準備して遊びました。わたしのゲームは校長室の机に24枚のカードを並べての『神経衰弱』。みんなで「ここやで!」「ちがう、ちがう、こっち!」そして、うまく当てられると鐘をならして「当たりー!」もう、みんなで大喜びでした。おもしろい企画は、「中高等学校の一番はしのA棟の最も奥の部屋までどうぞ!」誰もいなくなった大廊下は、それだけでも不気味なのに、そこから伸びるA棟の廊下は照明も消されて真っ暗。「怖い...。」「校長先生、一緒に来て!」もう泣いている男の子もいます。「大丈夫、大丈夫。」と尻込みする子どもたちとゆっくり進んでいくと...。ぼんやりと光が見えて人影が...「キャーッ」「戻ろう、もういやっ!」大きな叫び声が大廊下に響きます。そこでニッコリと二人の先生が登場。泣いている子どもも大笑い。楽しい肝試しになりました。

 みんなで体育館に布団を並べての初めての夜。お互いが大阪聖母の仲間になる大事な夜です。思い出いっぱいの二日間にしてほしいです。

叱ることより大切なことがあります。

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 「子どもの気持ちをくみとる」ことの大切さは言うまでもありませんが、日々の指導のなかでは、大失敗もあります。今学期のこと。教室移動のために1年生のあるクラスが、2階から1階に並んで降りてきました。「こんにちは!」と元気良く笑顔で挨拶をかわしていたその瞬間。黒い筆箱が階段の手すりをすべってわたしの足元に落ちてきました。誰かがいたずらで滑らせたにちがいない。頭にでも当たったらどうするんだ!そう思って階段を見上げるとやんちゃそうな男の子が、明らかにふざけてそこにいました。ははあ...この中の誰かに違いない!「誰や。筆箱をわざと落としたのは!危ないじゃないか!」わたしの大声に1年生も凍りついたようにだまって立ち止まりました。「正直にやった人、言いなさい!」そのやんちゃそうな男の子も目を大きく開けてこちらを見つめています。「君らあやろ!」と言葉が出かかったときに、凍りついたのは今度はわたしの方でした。なんと半泣きで前に出てきたのは、とってもおとなしい別の子どもでした。慌てて駆け上り「ほんまに君の筆箱か?なんで落としたんや?」と尋ねました。「ごめんなさい。でも落としたんちゃう...手に持っていて...滑ったの。」男の子はぼろぼろと大粒の涙で顔をくしゃくしゃにしながら謝りました。わざとではなかったのです。「ごめん、ごめん。わかったよ。わざとじゃなかったんだね。もう泣かないでいいよ。」自分の指導の浅はかさを恥じる結果となりました。

 教師の勘というものは大切ではありますが、この勘に頼りすぎますと、よく事情も調べずに予断で叱ってしまうことにも繋がります。大切なのは、叱るより理解すること。厳に自戒しなければなりません。

わたしの大切な宝物をお教えします。

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 校長室には、子どもたちからいただいたドラえもんの絵が、いくつも展示してあります。本校に転勤してきた初日。全校の子どもたちとの出会いの式で「ドラえもん」の歌を歌っって以来、わたしはドラえもんのニックネームをいただきました。自分としては、『あんなことができたらいいなあ、と思っていることを、一つでも二つでも実現してあげる先生でいたい!』という誓いを込めて、結構真面目に歌ったのでした。子どもたちは「あっ、ドラえもん先生!」と入学直後でもすぐに声をかけてくれます。そしてある子どもは、紙にドラえもんの絵を書いてプレゼントしてくれます。そうやってくれたドラえもんの絵は、胸証の裏に入れて大切に使わせてもらいます。そんなたくさんの絵を額に入れて校長室に飾っているのです。

 もうひとつ大切にしているものが、子どもたちからもらったお手紙です。最近は、ピックを作ってくれたお礼に次のようなお手紙をいただきました。

 

 こうちょうせんせいへ

きょうは、ギターのピックありがとう。ぼくがおおきくなってギターがひけるようになるときにつかいます。こうちょうせんせいみたいにかっこよくひけるかな。それまでたいせつにします。またこうちょうしつにいきますので、ギターをひいてください。

 

 また、校長室には赤いリボンをまいた大きな画用紙に可愛いドラえもんとしずかちゃんの絵といっしょに書かれたお手紙がおかれていました。

 

 こうちょうせんせいへ

 チップありがとうございます。ギターひいてくださってありがとうございます。またこうちょうしつにいったらギターをひいてくださいね。いつもありがとうございます。

 

 校長室は可愛い宝物館です。捨てるなんて、どんな小さな紙であってもできません。

 今日は保護者会・文化教養部の主催で、「子どもの力を引き出すには」というテーマのもと、教育コーチングの研修会を開催していただきました。なんと140人を越えるみなさまのご参加があり、熱気のこもった素晴らしい研修会となりました。ご指導を伺いながら、自分自身が経験した野球部でのできごとを思い出しました。

 中学校1年の秋の新人戦。初めての試合に出た時のこと。それまで相手チームの速球派投手の前に、わたしの学校は三振の山、山、山。とても打てそうにありません。自信のかけらもなく始めての打席に立ったわたしの初球は、なんと内角の顔面近くの速球。ガツン...。痛あっ!ボールはわたしの顎に当たり、わたしはうずくまりました。デッドボールです。目から火が出るほどの傷みをこらえて立ち上がり、1塁に走ったのを覚えています。しかし本当のところは、初めての打席であがってしまい、よけられなかったというのが真相でした。その日の試合後のミーティング。鬼のような真っ赤な顔で、「情けない!」とチーム全員を怒鳴りちらされた先生が、その後びっくりするような言葉を発せられたのでした。「へっぴり腰でバットも振らない奴ばっかりの中で、唯一目立ったのは、赤野の闘志だ。お前ら、わかるか?顔の近くに来たボールに、逃げることなく向かっていったのだ。あの負けん気を見習え!」顎を腫らしながら、わたしはデッドボール以上に心臓がバクバクとしていました。照れくさくて、恥ずかしくて...でも、すごく嬉しかったのを覚えています。その日から、本当は気弱で泣き虫だったわたしは、チーム1の「ファイトマン」に何故か変貌しました。内角が来れば、平気で当たっては出塁。デッドボールでチャンスメイクする1番打者になっていったのです。

 今思えば、わたしが打つセンスがなく、どんくさい弱虫だったことは、先生が一番ご存知でした。でもその先生の一言で、まわりの見る目も一瞬で変わったのです。この一言で、わたしは以後野球に没頭することになりました。そしてその先生に憧れ教職についたことを思うと大袈裟ですが人生を変える一言だったと言えます。どんな言葉を子どもに発するか?人生がかかっていることを、自覚しなければなりません。

 

久しぶりの来客に心がほっとしました。

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 1階の廊下には1年生が作った笹飾りが、また2階には2年生が作った笹飾りが、七夕祭りを盛り上げてくれています。丁寧に書かれたひとつひとつの願いがかなうといいなあと思います。

 出張続きで、学校を空けることが多かったのですが、今日は久しぶりにお昼休みに校長室にいました。「あっ、校長先生いはる!」と廊下から可愛い声。ノックに続いて4年生、2年生、1年生の子どもたちが入ってきてくれました。

「校長先生、今日はどこにも行かずにいてくれますか?」とは4年生の女の子。「いるよ。もう今日は出かけないよ。」「じゃあ、ゆっくりしていっていいですか?」「どうぞどうぞ!」どうやら、彼女はここ数日何回も休み時間に訪ねてくれていたとのこと。何か申し訳ない気持ちになりました。「よしっ。さあ、歌一緒にうたおうか。」久しぶりにギターを手に、大きな声で歌い出しました。『ビリーブ』『大きな古時計』『涙そうそう』『たんぽぽ』...。校長室の扉からは、子どもたちと合唱する声が大きく響いたのでしょう。どんどん、子どもたちが入ってきました。全部で12人くらいになり、合唱の声もいっそう大きくなりました。みんなで歌うって、本当に楽しいことだよ!そんなメッセージが、何となく伝わればいいなあ...と思います。

 また今日は、「先生、ポトスを分けてくれませんか。」と3年生の女の子がやってきました。そういえば、去年、廊下で育てているポトスの枝を切ってあげたことがありました。どうやら、それを大切にコップで育ててくれているお友だちに聞いたようです。「もちろん、いいよ。大事な命だからね。大切にしてやってね。」はさみで枝を切って、切り口を濡らしたティッシュで包み、アルミホイルを巻いて出来上がり。「ありがとうございました。大事にします。」ペコリと丁寧に頭を下げて、嬉しそうに女の子は出ていきました。小さな小さな命に、毎日関心をもって暮らすって素敵なことだと思いませんか。とても嬉しい訪問でした。

 子どもたちが訪ねてくれた日の校長室は、ほんわかと温かい空気に包まれます。どんな時でも、入りやすくて居心地のいい校長室でありたいなあ...改めてそう思った一日でした。

 

かわいいお客さまを授業にご案内しました。

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今日の校長ブログは、副校長の藤原が書かせていただきます。

毎週月曜日の朝は全校朝礼がありますが、今日はそこに中高のお姉さんが来てくれました。併設する聖母女学院中高等学校では、6月26日に音楽祭を開催しました。クラスごとに選曲して合唱を発表するのですが、審査の結果賞が決まります。その中で最優秀賞を受賞したクラスが、小学生に歌声を披露しに来てくれたのです。中学3年百合組は「明日に渡れ」という曲を、高校2年藤組は「川よとわに美しく」という曲を歌いました。美しい声がホールいっぱいに響きわたり、クラスがひとつになって表現している様子を見て、子どもたちもお姉さんたちへの憧れを抱いたに違いありません。

今日は、午後から学校見学を希望される方が来校されました。3人の年長のお子様とお母さま、そしてまだ1歳前後の下のお子さまを二人お連れでした。暑い時間帯でしたが、一緒に校内をご案内しました。ちょうどお昼休みの時間でたくさんの子どもたちが外に出て遊んでいました。最近はこうした見学の方もよく来校されるので、子どもたちは通りかかると元気よくあいさつをしてくれます。今日は、よちよち歩きのお子さんが一緒だったので、「かわいい!」などとやさしく声をかけてくれました。3年梅組にお邪魔した時、担任の嶽篤史教諭が「今日はお客様がいらっしゃっているので、いつもの計算プリントをかっこよくしようか。」というと、「え~!」といいながら、もう机の上を整理して、鉛筆を握りしめて準備をしていました。50問の割り算問題ですが、3分以内でという指示です。「ようい始め。」の合図で一斉に計算にとりかかり、全問終了すると「ハイ!」と言います。すると担任はストップウォッチを見て、タイムを言います。一番早くできた人は、1分41秒でした。その時、一緒に来ていた1歳の男の子が「ハーイ!」というので、かわいいこと。子どもたちもニコニコとして和やかな雰囲気の中、頑張って計算に取り組んでいました。

クラスが「チーム」になるために

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 2年生の教室での二日目。昨日はお友だちの発表を聞くときは、しっかり顔を見て聞きましょう、プリントを渡すときもお友だちの顔を見て声を掛け合って渡しましょうと教えました。今日になったら、みんな立派にできているではありませんか。「すばらしい!立派な2年生だね!」朝からおおいに褒めてあげました。

 2時間目の宗教では、ワールドカップで負けた日本のチームを題材に取り上げました。話の中心は、PK戦で失敗してしまった駒野選手。ピッチで泣き崩れてしまいインタヴューも受けられなかった駒野選手が、昨日の会見ではニコニコとした晴れやかな顔で話していたことが、とても印象に残ったからです。「どうして、駒野選手は変わることができたのだと思いますか?」と尋ねると、次々にチームメイトが責めるどころか励ましの言葉かけをしたおかげだという意見が出ました。もし責められていたなら、きっともうやる気もなくなっていたのではないか...と。2年生なりに活発な意見を発表しあいました。

 「チームって、ひとりではどうしても解決できないことを、みんなで力を合わせて一生懸命に解決しようと頑張る集団のことだよ」と話し、クラスもそんなチームを目ざさなくてはね、と締めくくりました。どんなときにも「責めない」、「大丈夫、大丈夫!」「何とかなるよ!」と励ましの声を掛け合うようなクラスにしていこう!本当のチームになっていこう!とみんなで友だちを称える『拍手』の練習もしました。

どんなときにも支えあえるクラスでなければ!担任として譲れない一線です。

子どもたちの中にいられる幸せを感じました

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 「校長先生、今日、ドッジボールできますか?」と3年の男の子が久しぶりに声をかけてくれました。「いいよ。でも2年生のプールの授業もあるし...。休み時間の前半だけ行くね!」こんな約束をして向かえた中間休み。実は彼とは2年生のときに、何度も投げあった仲です。2年生とは思えない速いボールに、何度も取り損ねたことがあります。「やった!」「よっしゃ!」その都度、自慢げに叫ぶ彼に、わたしは遠慮なくきついボールを投げこみました。そういう意味で、彼とわたしは、「ライバル」なのです。

 小運動場では、3年生が元気にドッジボールをしていました。やがて、彼はボールを持つと、わたしを目がけて思いっきり投げ込んできました。まずは、キャッチ!「おりゃあ!」とわたしも彼を目がけて投げ込みます。ドスっと彼もキャッチ。結局今日はわたしが2回当てて、彼もわたしを1回当てて終わりました。汗びっしょりの3年生たちと、久しぶりに爽快な休み時間になりました。

 今日はお休みの先生の代行で、2年生の担任に入りました。主にテストの授業が多かったのですが、楽しいお話やゲームもいっぱいしながら、久々の担任の醍醐味を味わいました。やっぱり、教師は子どもの中にいてこそ、教師になれます。明日もう一日、担任として入ります。子どもたちにとって、忘れられないくらい楽しい一日にしたいなあ...。ムクムクと担任魂が蘇ってきました。