子どもたちを伸ばすのは仲間だと実感しました。

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 今日は3年・4年の参観授業があり、たくさんの保護者のみなさまにお越しいただきました。特に4時間目は3年の学年ミサがあり、元気な子どもたちの声が聖堂に響きました。矢野神父さまは「ひとつになれるように、神さまのお使いとして働くことが大切です。悪口を言うのではなく、友だちが喜ぶような言葉をぜひ使っていきましょう。」とお話してくださいました。わたしは、神父さまの儀式をお手伝いする奉仕をしながら、子どもたちの生き生きとした顔を見つめ、歌声を聴いていました。「いい声だなあ...。」思い起こすと、この子どもたちの入学式が校長になって初めての入学式でした。ピカピカの1年生の前で、どんなお話をしようか。当日の朝まっさらなモーニングを着て、校長室の鏡の前で何度も練習したのを思い出します。先日のメールで1年生について書きましたが、やはり3年間の成長はすばらしいものです。「どうか、みんなが仲良く、幸せな学校生活を過ごすことができますように...。」心を込めてお祈りをしました。

 1階の廊下には5年のスキー合宿の写真を掲示しています。今ふり返ってみると、改めて子どもたちの成長する力を実感した四日間でした。最初の日は、ほとんどの子どもが初めてのスキー体験なので、スキーをつけて歩くのだけでも一苦労で、滑っては転び滑っては転びの連続でした。二日目からはリフトで山腹に上り、さらに広いゲレンデでの練習でした。そのなかで指導されるコーチの方法で感心したことがあります。それは、班のメンバーがどんなに転んで列から遅れようとも、あるポイントで必ずそのメンバーが起き上がり自分の力で滑って追いついてくるのを待ってから、進んでおられたことです。当然班の中には技術を身につけるのが早い子どももいれば、なかなか言われたようにできない子どももいます。しかし、怒鳴るわけでもなく過保護に手を出すわけでもなく、じっとその子どもが自分で来るのを待つのです。もちろん班のメンバーも黙って待っています。「みんなに迷惑をかけるわけにはいかない...。」立ち上がろうとする子どもから、何度もそんな必死さを感じました。おかげで、三日目以上は全員がぐんぐんと上達し、スピードについていけずに転んだわたしに「大丈夫ですか?校長先生、骨折らないでください!」と余裕で声をかけてくれました。「待つ」ことの大切さはもちろんですが、待ってくれる友だちの力が一人ひとりの力を引き出すのを目の当たりにした体験でした。