聖母の子ども

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 休校から一夜明けた今日、やはり子どもたちの声が戻ってきた学校は、確かにいいものだと思います。素直にそう感じます。この子どもたちの声、表情、私達に語りかけてくれる言葉に結局私たち自身が励まされ、愛情を呼び起こされてかかわりを続けていけることを思うと、子どもたちの存在に感謝しなければならないのかもしれません。今日は、5月を通して聖母マリアへ心を向け、「相手を大切にする言葉と行い」を実践することを心掛けてきましたが、そのことを全校生で確認する会がありました。各学級から自分たちで決めた目標を発表し合い、目標に貼られたバラをみんなで見ましたが、1ヶ月を通じて240を超える数に達しました。素晴らしい取り組みになったと思います。

 朝通用門で、「どんなことができた?」と尋ねてみました。「友達のために、教室のロッカ-を整頓して、使いやすいようにしてあげた」「ケンカしないようにした」「おはよう!と自分からできるだけ言うようにした」と、子どもたちの具体的なかかわりの様子が伝わってきました。私も、子どもたちの取り組みの素晴らしさを伝えました。マリア様は、何事も静かに受け止め、目立たない存在であり続けたが、人々のために、救い主をおあたえくださった。友達が見ていても見ていなくても、周囲の人に自分からすすんで静かに相手のためになることをし続けられる人が、本当に優しくまた強い人なのだということ。また、これらのことを進めている中で、自分の限界を感じたら、マリア様を自分の"ママ"と呼びながら、恵みを願っていいことも話しました。

 

今日子どもたちに紹介した、幼きイエズスのテレジアの言葉を皆様にも紹介したいと思います。

 

     「 聖母はわたしを見守ってくださること、

      そしてわたしは聖母の子どもであることを悟りました。 

      それで、もう聖母マリアを

      "ママ"としか呼ぶことができませんでした。

      わたしには母よりもママという呼び方のほうが

      もっと愛情がこもっているように思えたのです。」