朝夕がしのぎやすくなり、すっかり秋の気配を感じさせてくれます。運動会一色に染まっている学校ですが、何となく一息つきたくなる時ふと八木重吉の名が心をかすめました。20代の頃に手にした詩集が思い出されます。中原中也にも心酔して、彼の詩の中に登場する「冬の長門峡」のタイトルにも魅せられて、実際に、冬に長門峡を訪れたこともありました。
八木重吉・・・彼の名を知る方も多いのでしょうが、日本人の心に寄り添うように、淡くせつなくしかもひとり求道の日々を送り、夭折した詩人です。神戸の御影師範で英語の教師をしながら、妻と子供との静かな日常の生活の中で、人知れず神に深く心を向け続けた人でした。香里教会の矢野神父と若く多感だった大学生の頃、二人で、この詩人について語り合ったことを懐かしく思い出します。
今日は、この詩人の詩をお送りします。心をニュ-トラルにして頂くのも一興かと思います。
◇ ◇
花がふってくると思う 天というのは
花がふってくるとおもう あたまのうへの
この てのひらにうけとろうとおもう みえる あれだ
神さまが
◇ おいでなさるなら
あすこだ
わたしのまちがいだった ほかにはゐない
わたしのまちがいだった
こうして草に座ればそれがよくわかる ◇
◇ きれいな気持ちでいよう
花のような気持でいよう
人と人とのあいだを 報いをもとめまい
美しくみよう いちばん美しく
わたしと人とのあいだを なっていよう
うつくしくみよう
疲れてはならない