February 2012 Archives

何だろう " 四旬節 " ?

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  今日はカトリックの世界の中での「四旬節」の意味についての解説をお送りしたいと思います。

 

キリスト教の暦の中で最大の祭である復活祭は、毎年同じ日付ではありません。古代ユダヤの暦に基づいて「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」という決め方をしているからです。復活祭の前の四十数日間の期間を「四旬節」と言います。四旬節が始まる日を「灰の水曜日」と呼んでいます。

 灰の水曜日には、灰を頭にかける式が行われます。この灰は、前の年の「受難の主日」(復活祭の一週間前)に使った枝を各家庭で飾っておき、それを集めて燃やして作ります。灰は、旧約聖書の時代から回心のしるしでした。わたしたちが「塵にすぎないこと」=罪びとであり、滅びゆく人間であることを自覚し、その人間を生かしてくださる神の愛を味わうものです。

 ちなみに、昔は四旬節の断食が厳しく遵守され、肉を食べることが一切許されなかったため、その始まりに先だつ数日は「カーニバル」(肉よさらば)と呼ばれるようになったと言われています。

 「四旬節」という言葉は「40日の期間」という意味ですが、聖書の中でこの数は試練や苦しみを表すシンボリックな数です。イエスが荒れ野で40日間断食されたことをモデルにして、伝統的に四旬節には40日間の断食が行われていました。一方で、キリスト教には「日曜日はいつも主の復活の祝日だから断食しない」という伝統もあり、このため四旬節の数え方は、日曜日を除いて復活祭までの40日と決められるようになりました。灰の水曜日から始まるのはそのためです。   

四旬節は本来、復活祭に洗礼を受ける人の、直前の準備期間として形作られました。求道者がふさわしく洗礼の日を迎えるため、キリストにしっかりと結ばれるように心を整えていく時期です。四旬節第1主日のミサの中で「洗礼志願式」が行われます。この式で、洗礼志願者は教会共同体全体に紹介され、洗礼への願いを表します。共同体はその決意を受け取って、洗礼志願者のために祈ります。教会共同体は、四旬節の間ずっと洗礼志願者の歩みを見守り、祈りをもって支えます。 すでに洗礼を受けている信者にとって、四旬節は、復活祭をふさわしく迎えるために、キリストの十字架の道を思い、回心の道を歩むときです。

「回心」とは単なる反省ではなく、心を神に向け直し、そこから神との関係・人との関係を新たに生きることです。この回心のしるしとして伝統的に大切にされてきたのが「祈り、断食、施し」でした。今では普通、「祈り、節制、愛の行い」と呼ばれています。 

四旬節に勧められている「祈り・節制・愛の行い」とは、単なる宗教的なお勤めのようなものではありません。これらのことすべてが目指しているのは、わたしたちが本当に神に心を向け、隣人に心を向けて生きることです。それは同時に、十字架の死に至るまで、父である神に信頼し、すべての人を愛し抜かれたイエス・キリストの歩みに従うことでもあります。このように四旬節とは、わたしたちが毎年新たな心で、キリストとともに神を信じ、人を愛する道を歩もうとする季節なのです。

 

 

糸数壕から平和を・・・

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  先週22日から24日まで、6年生の「卒業旅行」に同行しました。以前沖縄には一度足を運んだことがありましたが、今回は私にとっても殊の外、考えさせられる旅となりました。それは、過去に沖縄で繰り広げられた戦争という痛ましい過去と、私自身想像以上に深く向き合わなければならなかったからです。

6年生にとっては、友達と出かける最後の旅行。仲良く過ごし、思い出に残る内容にしてほしいと願っていましたが、十分そのような形になりました。

出発は、飛行機の中が、私立学校貸切専用機のような状態になり、広い機内は、制服に埋め尽くされていました。トラブルに巻き込まれないように、また起こさぬようにという"親心"から、少しピリピリする引率者の気持ちは、きっと保護者の方には理解して頂けないことだと思いますが、今回も全くの取り越し苦労となりました。

那覇空港に着きすぐバスに乗り平和祈念公園へ。ここは、1945年史上まれにみる激烈な戦火に襲われたこの島が、戦争の犠牲になった多くの霊を弔い、また戦争の記憶を消すことなく、何よりも平和を祈念し続けようという願いのもとに造られました。子ども達もたっぷりと時間をかけ館内を見学しました。戦争の悲惨さと無意味さ、終わった後にも多くの人々の心の中に深い傷を残し続けるものであるということ、そして何より究極の差別行為であるということを実感してくれたものと思います。

次に向かったのがひめゆり平和祈念資料館。米軍の沖縄上陸作戦が始まった1945年、沖縄師範学校の生徒222人と教師18人は沖縄南部の陸軍病院に配属され、そこに運び入れられる負傷兵の看護にあたります。しかし戦況が悪化する中、多くの教師・学徒が命を失っていきます。

最後に私自身が深く心を揺さぶられた「糸数壕」への訪問となりました。陸軍病院の分院として「ひめゆり部隊」が看護活動を行っていた場所。長く闇に覆われた洞窟で、学徒たちは命を懸けた看護にあたりますが、多くの方々がこの洞窟の中で息を引き取ったということです。私自身、その場に身を置き説明を聴きましたが、次第に心と魂が凍りつく実感に襲われ、ただ立ち尽くしていました。その闇がどれほどのものであったかということは、私の想像の域をはるかに超えているものだと強く感じました。故ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が長崎と広島の地を訪れ、発した歴史的な平和アピ-ルの言葉を思い出し、子ども達にも伝えました。

 

「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。」

 

「平和の天使」となってこれからの時代、平和を力強く創造していってもらいたいと願いました。

 

 後半は、様々な体験学習のプログラムの中で、十分に楽しみました。また、沖縄美ら海水族館では、ビッグな魚たちに目を見張りました。首里城の壮大さにはみんな驚かされることとなりました。本通りでのお土産の買い物にはみんな大いにチョイスに大いに悩まされました。最後の昼食は、調理パフォーマンス付ビフテキ。みんな至極ご満悦でした。

 

大変長くなりますが、旅行の感想文を載せることにしました。これらは、卒業文集の原稿(一人当たり1ぺ-ジにいくつもの内容を書き込むため)のため、短いコメントになっています。

 

〇 沖縄に行きました。沖縄では、戦跡を巡り平和への願いが強くなりました。そして、美ら海水族館に行き、たくさんの生き物を見ました。それから国際通りで買い物をして、キャプテンズでステーキを食べました。

 

〇 初めて行った沖縄県。糸数ごうの中に入り、電気を3秒間だけ消した。初めは3秒ならだいじょうぶやろと思ったけど電気を消すと本当にまっくらでとてもこわかった。

 

〇 沖縄では戦争の辛さや悲しみを知り、戦争の間、「平和」という二文字の言葉をどれだけ求めていたのかを学んだ。

 

〇 私が卒業旅行で学んだことは、「平和の大切さ」です。糸数壕や、平和の礎を見て、今は、じゃぐちをひねれば水が出るけど、当時は水は簡単には手に入らなかったことにびっくりしました。

 

〇 国際通り・首里城・美ら海水族館の見学など、楽しかったことはたくさんありましたが、ぼくが一番印象に残ったことは、糸数壕とひめゆりの塔に行ったことです。実際に沖縄戦を体験した人の話を聞き、戦争の悲惨さ、平和であることのありがたさを知ることができました。

 

 

 

 

 

 

 

ご無沙汰しました・・・・

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 「校長先生、インフルエンザだったんでしょう?お母さん言ってた!」という言葉に、思わず「エッ!」と絶句。ブログに確か載せなかったし、子どもにも言わなかったのに・・・と思いつつブログを開いてみると、個人情報は、見事に開示されていました。長い教員生活。インフルエンザで休んだことは今回が初めて。しかし、テレビのニュースでは、今年は60歳以上の発症率が多いということでした。乗らなくてもいい流行に乗ったというわけです。ブログも随分と間が空いたものです。

 

   19日の「音楽発表会」にはたくさんの保護者の方々のご来場を得て、大成功の裡に終えたこと、心よりお礼申し上げます。子ども達の歌声、演奏がその力と相まって素晴らしいホールに響き渡り、私も大きな感動に包まれた一日となりました。ちなみに関係者の方の話によると、このホ-ルは、プロの音楽家の方たちも、時々ここに機材を持ち込んで録音することがあるという優れもの。そんな施設で発表できた子ども達自身も、いたく感動していたようです。インフルエンザによる学級閉鎖、また学年閉鎖という時間的なハンディーを見事に克服し、保護者の皆様の心にも深く届く発表会になったことと思います。大阪聖母の子ども達はみんな元気です。みんな自分の力のありったけを花開かせています。そして何より、友達みんながつながって、一つの事を成し遂げられます・・ということを力の限り、皆様に証して見せた会でもあったような気がしてなりません。会場を後にされた皆様の笑顔に、十分楽しまれ、また発表の内容にも納得された様子が見てとれ、私達も確かな手ごたえを感じることができました。指導される先生方も、強く心が入った指揮と伴奏になり、先生方の気持ちも一つにつながった感じがしました。1年生にとっては初めての音楽発表会。そして6年生にとっては、小学校生活最後の発表会となり、ご覧になった保護者の皆様の感慨もひとしおだったことと思います。チケットに関しては、ご不便をおかけした面もあったようですが、今後はまた改善を加え、皆様により楽しんで頂けるよう取り組んでもらえるものと思います。

 

先週22日から24日までは6年生の「卒業旅行」があり、沖縄に出かけました。こちらに私も同行しましたが、思い出に残る旅行となりました。この内容については、明日お知らせしたいと思います。

 

6年生の卒業旅行

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 今日は、教頭の長谷川が書きます。

 実は、校長先生は先週、インフルエンザにかかってしまわれ、しばらくお休みされ、ブログのほうもお休みでした。また、今週は6年生の卒業旅行の引率のため、沖縄へ行かれていました。校長先生や6年担任から送ってもらった卒業旅行の様子をお知らせします。

2月22日(水):1日目

 午後5時みんな元気にホテルに到着しました。欠席はありません。飛行機には、大阪府内の私立小学校2校も同乗しました。予定通り那覇空港へ到着。すぐバスに乗り込み平和祈念公園へ。沖縄戦で犠牲になった多くの方々の写真や手記に触れ、戦争がもたらす悲惨さをみんな心に強く刻み込むことができました。また、語り部さんの話を館内で直接聞きましたが、みんな食い入るように話に耳を傾け改めて平和の尊さを実感していました。 続いて ひめゆり平和祈念資料館でも、証言ビデオを観て、当時沖縄が置かれていた状況の厳しさに想いをはせました。このあとは夕食、祈りの集いの予定です。

2月23日(木):2日目

 朝方は今にも雨が降りだしそうな空模様でしたが、一日いい天気にめぐまれ、全員元気に二日目のプログラムを終え、今ホテルに向かうバスの中です。 今日は、沖縄の歴史の中に刻まれた、戦争の犠牲になった数多くの尊い命に、心からの祈りを捧げる日となりました。糸数壕は、米軍の攻撃の犠牲になった人々がひめゆり学徒の手当てを受けるための陸軍病院の分室となった場所ですが、600人以上の負傷者でうめつくされ、次々と命尽きていった人々の嘆きが今も伝わってきそうな場所に立ち、全員で心から無言の祈りを捧げました。続いて体験学習の場へ。さとうきび・紅いも・シーサー・紅型のグループに分かれての活動では、みんな初めて体験する内容に楽しいひとときを過ごしました。最後は美ら海水族館へ。ビッグなジンベイザメ、色とりどりの魚たちに、すっかり心奪われ、カメラのフラッシュが水槽の前に溢れました。早くも明日は最終日、思い出に残る旅行にしたいと思います。

2月24日(金):3日目

 卒業旅行最終日三日目は、曇り空の中全員無事行程を終了しました。今日はホテルを出発したあと首里城の見学に出かけました。首里城は世界文化遺産に指定されているだけあって、大変豪華な感じのする建物でした。国王が座る椅子はとても立派でした。各クラスで記念写真を撮りました。続いて国際通りへお土産を買いに出かけました。長い通りにはたくさんの土産物店がならび、みんな迷いながらの買い物となりました。最後の昼食は、豪華なステーキを食べ、みんなすっかり堪能しました。

看護士にとってのいのちの尊さ

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  昨日もブログが途絶えてしまい、うっかりすると続くこともありそうなので、頑張ってパソコンに向かうことにしました。

 今日昼休みに運動場に出てみると、風がなかったせいもあったためか、陽射しの中に、何故か春の訪れを微妙に感じました。子どもたちも、それを感じてか、今日は今までの状態を取り戻すかのように運動場に散らばっている姿が目に入りました。6年生の長縄跳びの列に私も入り、一緒に跳びましたが、褒められる気配ありませんでしたが、思ったよりは煙たがられず、しかし、盛り上がりに欠ける乱入となりました。

今日は校長室も大賑わい。20人近くの低学年の子どもたちが、孤独な管理職を見舞ってくれました。6人ほどが、「先生ダンスするから見といて!」と強くアピールしてきました。始まったのは、全員けん玉を持っての行進。それもにぎやかな歌唱付き。「何の歌?」と訊ねると、「キッザニアのパレ-ドの歌!!」と返ってきました。

明るい声と走り回る子ども達の姿があふれる学校は、やはり本来の健康的な学校の姿といえるということを再認識しました。学校の健康度というものがあるような気がしてなりません。私達の学校も、もちろん時には深刻な問題が生まれてくることもありますが、それらを乗り越えていこうという強靭な教師の連帯感という体力にも支えられている気がしてなりません。子どもたちが単純に活き活きとしていて、いつも学校が楽しいという気持ちが見て取れる笑顔があふれる学校が何と言っても健康な学校だと言えるのではないかと思います。また学校全体に漂う雰囲気が温かなものであってほしいと、つくずく心から願っています。

 今日もベルナデッタホ-ルへ音楽会の練習を見に行きました。3年生はオペレッタの練習でした。6年生もさすがに息の合った合奏を聞かせてくれました。みんなうまくなってきているので、ここでそのほんの一部を皆様にもお伝えしたいところですが、そこは私もぐっとこらえて、当日保護者の皆様に、正にライブで感動を味わっていただきたいと思います。

 今日は4年生がゲストティーチャーを招いて、素晴らしい話を聞くことができました。看護学校で将来看護士を目指している若い方々の指導にあたっておられる丸尾先生という方に来て頂き、いのちの尊さ、看護士という仕事の持つ意味などについて、4年生の心にそったお話を聞かせていただくことができました。

  いのちの現場で働いている人々は、何を大切にして働いているのか、という大きなテ-マに基づくものでした。病気は患者さんにとり、大きな石を背負うようなもの。その石の重さを半分にしてあげたい、そのためには患者さんに何かしてあげたい、患者さんを大切にしたい、という愛と奉仕の気持ちを持つことが看護士には必要であること。そして、そのとき患者さんや家族の方達からの感謝の一言が仕事のやりがいになっていることの実例を挙げてくださいました。子どもたちは、いのちはみんなで守られているということが実感できたようです。

発表に向けて只今ヒ-トアップ中!

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  音楽発表会そして図工作品展の準備も次第にヒ-トアップして来ている今日この頃です。今日は久し振りに来客や用事が入っていなかったので、早速1時間目から6時間目まで(34時間目は打ち合わせ)学校の中を見て回りました。

1時間目は早速ベルナデッタホ-ルへ。4年生が合唱の練習です。フランス語も顔を出し、ルンルンののりで歌っていました。若い田中先生の全身を使った熱血指導が入ります。指揮とピアノと両方を仕切り、息つく暇もありません。先生の熱が十分に伝わっているコ-ラスに仕上がって来ています。

 3年生は磁石の勉強。西村先生のユ-モアに富んだ説明に子どもたちも目を輝かせての授業になっていました。2年生は「漢字」の勉強。今日は、「実」と「所」を覚えているところでした。2年生の廊下のロッカーの上には、何とも可愛いお店屋さんが所せましと並びます。会場に展示されたら、きっともっと可愛く目に飛び込んでくるだろうな、と一人ウキウキした気持ちになっていました。私も前任校で9年間教頭をしながら、図工と宗教を担当していたので、作品展の前ともなると、自ずから血が騒いできます。村田先生のこれも熱血指導の成果を見ることが楽しみです。

 2時間目は同じくベルナデッタホ-ルで今度は1年生が体育。マット、跳び箱が本当にきちんと並べられ、しかも跳び箱は2段から5段までの高さのものが4列きちんと用意され、子どもたちが整然と練習していました。担当は木村先生。後ろまわりを練習するの子どものマットの横に自身もしゃがみ、正に子どもの目線になって見守っている姿はさすがでした。優しい言葉を特に誇張しながらかけるのでもなく、かといってもちろん厳しく接するのでもなく、自然な感じの中に何とも言えない温かさが感じられる展開でした。「ガンバレ!」と、私も思わず声をかけてしまいました。

 4時間目、1年生が6年生の教室を訪問。6年の総合的な学習の一環として1年生に九九を教える時間です。6年生が優しく接する場面が見られる微笑ましい場面になっていました。

 5時間目は、5年生が発表会の練習。ト-ンチャイム、リコ-ダ-、大太鼓、木琴、トライアングルそして藤原先生のピアノ。松村先生の優しい指導の下、嶽先生、柴田先生の目も光ります。仕上がりは上々の状態の様です。

 6時間目は、3年生が「昔遊び」のグル-プ討議を終えて教室に戻ってくるところでした。「どんな遊びするの?」と訊ねるとうれしそうにプリントをめくり教えてくれました。けん玉・あやとり・百人一首・おはじき・竹馬・缶けり全部で何と13種。これは自分がする時迷うことでしょう。

 音楽発表会は、八幡市文化センターで開催されます。私も今から大変楽しみにしています。保護者の皆様も是非ご一緒に楽しんで頂けたらと思っています

何度繰り返しても?

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  今日は正に" 悪夢の日 "「保護者講座」の日でした。何度こうした場所に臨んだことかわからないのですが、前日の心中は火の車。「自分が楽しくやれば、きっとお母さん方にも伝わるから・・・」と何度言い聞かせてもだめでした。昨晩京都の学校での打ち合わせがあり、こっちに戻ってきたのが夜9時過ぎ、原稿を考えようと始めましたが、遅々としてまとまりません。結局部屋を出たのがあくる日1 時。なるだけテ-マに沿って話をしなければならないと考えれば考える程、遠ざかっていきました。本番の今日、1 時間半、途中からは少し楽しくなりそれでも何とか終えることが出来ました。しかし、途中メモを取ってくださる方や、私が話の中で取り上げた神父の名前を、会が終わって聞いてくださる方もいて救われた感じがありました。「 宣教?」になったのでしょうか。

 自分の生い立ち、学生の頃の事、教職に就いてからの事、カトリック(キリスト教)と自分自身の内なる関係等々。また、カトリックの世界の人達で、私が影響を受けた人たちの話もしました。トラピスト会士のトマス・マ-トン、シャルル・ド・フコ-、三位一体のエリザベト、ヘンリ-・ナウエン、アンゼルム・グリュ-ン等、自分自身こういった人達の著作に、随分と精神的に助けられてきたことを実感として感じていることを伝えさせて頂きました。またこれからも生きて行く限り、新しい著作との出会いも含め、影響を受け続けることと自分でも思っています。

 カトリック校に通う子どもたちには、今現在この時にあって、混沌とした世相に左右されない、心の中の" 静まり "― ヘンリ-・ナウエンが強調している事 ― を通じて、自分自身の存在理由と存在価値をキリスト教的な価値観に照らし合わせながら、しっかりと実感してほしいと思っています。「 わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している 」(イザヤ43.4)という言葉に集約されるキリスト教的な考え方、私達を無から想像してくださった" だれか "がいる。そのだれかは、私達の髪の毛一本一本にまで心をかけてくださる。そのように心にかける方がいる、という普遍的な真実を伝えていくことが求められているのかもしれません。話の最後を次の言葉で締めくくりました。フランスの古生物学者でイエズス会司祭としても活躍し、北京原人の発見に参加。進化論とキリスト教を統合し、人間を宇宙の進化の中心として捉えた二十世紀の偉大な思想家、テイヤ-ル・ド・シャルダンの言葉です。

 

      「 人間にはたった一つの義務しかない

            愛することを学ぶこと

人間にはたった一つの幸せ しかない

     愛することを知ること 」

 

 

 

「無理せず、ひがまず、いばらない?」

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  卒業する6年生のために何か一言、との依頼が入り始め、卒業にむけての雰囲気が本格的に感じられる時を迎えようとしています。例年この時期になると頭を悩まされます。" 作文 "が至って苦手な私は、B5一枚の原稿を頼まれても、3日も4日も書いては直し、また書いては直しの作業を繰り返すことになるからです。今日も悩んだ挙句、「千日回峰行」という仏教の中でも荒行中の荒行と言われる行を2度やり遂げ、「大阿闍梨」-生き仏―と呼ばれている" 酒井雄哉(ゆうさい)さん "の言葉を引用することにしました。ミッションスク-ルの人間が仏教側の人間の話を・・・とひんしゅくをかうかもしれませんが、いい話ということで勘弁してもらいたいと思います。ドイツにあるベネディクト会修道院(観想修道院)の修道士たちが、わざわざ日本の禅寺から僧侶を招き、座禅を組む場面がテレビで放映されていましたが、現代は、キリスト教の中にも「座禅」やメディテ-ションの要素を積極的に採り入れようとする傾向があります。またそれにまつわる書物も出版されています。

 「千日回峰行」とは7年をかけて1000日の修行をするもの。一日30km~84kmの距離を歩き、お寺を巡礼して回ります。睡眠は3時間を切り、食事はゆでたイモ数個と麺類を一日2回だけ。1000日間で歩く距離は、地球一周分に相当する4万km。酒井さんはこの行を、一回目54歳で成し遂げます。このような荒行を2回も成し遂げていながら、酒井さんの言葉はいたって穏やかなもの。人が歩いていく時に大切にしなければならないものは何ですか、と訊ねられたところ、次のような言葉が返ってきたといいます。

 

「無理せず、急がず、はみ出さず 

力まず、ひがまず、いばらない」

 

歌手の松山千春さんが、コンサ-トで、酒井さんからもらった数珠を首に下げ、大観衆の前で、真摯に反省している場面がありました。この言葉をしみじみ引用しながら、

「 いばらない? そういばってたわなあ 確かにいばってた。そのうちいばりちらしずしができるんじゃないかというくらいいばってたわなあ 」

 

 子どもたちも、急がず、力まず、何事にも謙虚になって物事を見ることが出来るよう、そのような成長を願っているところです。

「イ・ム・サ! イ・ム・サ!」

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  今年一番の寒さかもしれないと思えるくらい寒い一日となりました。「イ・ム・サ」「イ・ム・サ」と友達3人ほどで手をつなぎ繰り返し唱えながら?元気よく朝2年生が登校してきます。もちろん「さ・む・い」の反対。通用門に立っている私もついつい凍えてしまいそうです。前任校でも毎朝7時から8時までの一時間、校長と2か所に分かれて立って毎朝子どもたちと挨拶をしていました。一年の内2~3日ぐらい、終われば、両足の小指が軽い凍傷状態?になりしびれていたことを思い出します。また、冬の金剛山も、教員にとっては、難関でした。ある年など、学校からバスのタイヤにチェ-ンをまいて出発し、膝まで積もった雪の中、遭難?状態になって戻ったこともありました。しかし、思い出の中では、微笑ましいシ-ンとなって蘇ります。

 今日は4時間目に、4年生の公開授業がありました。友達の書いた作文の表現の仕方の優れている点を各自見つけ、発表しようというねらいを持った場面でした。3人の作文を取り上げ、みんなで個々に感想を書き、その後発表し合います。4年生ならではの感じ方を、我々も改めて感じ取らせてもらった授業となりました。

 午後になって、寒い中ですが、外に出てみました。さすがに今日は外に出る子ども達も数が限られている感じでしたが、それでも、真っ先に目に飛び込んできたのは6年生。縄跳びを使って遊びます。滑り台を楽しむ子、やっぱりラケットベ-スの子、追いかけっこの子、走り回っていても、両手は袖の中に隠れてしまいます。「先生鬼ごっこしようよ!」と誘ってくれたのは6年生、しかし、そばにいた男の子から、「やめとき先生!心不全になるよ・・危ないから止めとき!」と温かい気配りが感じられる言葉が耳に届きました。雪も少し舞う一日となりました。大運には前川先生が寒風の中、立ちっぱなしで子どもの監督、近寄ってねぎらいの言葉をかけておきました。

2月14日は「ベルナデッタの集い」。今日その式の流れのプリントが手元に届きました。しばらく準備の期間があり、集いにつながっていくこととなります。「祈りの集い」等の普段の活動も、宗教委員の子どもたちが率先して先生方と行事に取り組んでいます。子どもたち自身の活動を通じて、学校の中に宗教的な雰囲気が深く根付いてほしいと願っています。子どもたち一人ひとりの中に、両手を合わせ、静まりのうちに、心の安らぎを実感できる習慣が身に付いてほしいものです。

 

世界一の鍵盤ハ-モニカ?

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  今日は、感動的なライブの一日となりました。3時間目から、きっと子ども達もワクワクしていたことだと思います。お招きしたのは、「世界一の鍵盤ハ-モニカ奏者」・・・になりたいという願いが、きっと世界一強そうな" 松田昌 "さんという方です。"世界一?"とは少し風呂敷が、と思いながら聞き始めてみると、もしかしたらそうかも・・とさえ思えるような迫真のライブとなりました。外国にも楽器一つを携えて様々な国の人々の中に飛び込み、音楽という名の福音を広めて回られているようです。他に3人のメンバ-を従えての登場。「まささ~~ん」と全員のラブコ-ルでさっそうと登場。いきなりノリノリの演奏となりました。普通は片手で引いていくものなのに、昌さんは両手弾き。鍵盤ハ-モニカの従来のイメ-ジをはっきりと打ち破る演奏となりました。楽器は他に、キ-ボ-ド、ドラム、パーカッション、それぞれ一人ずつの奏者でメンバ-が構成されています。昌さんは東京芸術大学出身の本格派。ピアニカ歴30年になるというほとんど名人。" 愛こそものの上手なれ? "と言えばいいのでしょうか、もう胸元のハーモニカは、昌さんのすごい技術の中で自由自在の状態でした。愛は楽器の元の音色さえ変えてしまうのでしょうか。子どもたちとのト-ク、楽器の解説、そして外国での体験談すべてがセットで楽しめる内容でした。聴かされた子どもたちもみんな驚きの表情。ヘンリ-マンシ-ニの名曲「子象の行進」自作の「バス旅行」と「モアイ」、「トルコ行進曲」「アメ-ジング・グレ-ス」と続き、最後は、みんなで「世界に一つだけの花」を大合唱。大きな感動のうちにライブは終わりました。

途中、アフリカの原住民が使っているという太鼓一つを持って、子どもたちの間を奔放に移動しながら、魂からの叫びを聴かせてくれた"新さん"にも心揺さぶられました。

 子どもたちに帰りがけ、「演奏会どうだった?」と聞いたら、予想通りの答え。たずねた中の一人の女の子、帽子を見るとベルトの間に、モアイ像・・・。早速鉛筆でモアイ像を描き、ちゃんとはさんでご帰宅となっていました。自分もモアイ像の前に立ってみたくなったのでしょう。

鍵盤ハーモニカの音色がいつの日か、学校の中にも可愛く響いてくれたらな、と思いながら楽しむことができた演奏会でした。