


私は小中高と聖母女学院に通いました。小さい時から日本と海外を行き来して育ったので、12年間の全てを過ごしたわけではないのですが、日本では大学入学まで聖母女学院以外の学校に通ったことがないことになります。小学校で編入したときには日本語の読み書きがあまり得意でなかったのですが、担任だったシスターや、今も続く友人達のおかげで、すぐに聖母での学校生活に馴染みました。緑いっぱいの美しい環境の中で過ごした日々は思い出深いものです。先輩や後輩が活躍している姿をみて、とても誇らしく、嬉しく思います。

通勤途中で聖母の学生を毎日見かけていた父が、「ぜひ入学させたい」と憧れ、小学校からの12年間を、香里の丘で過ごしました。校則が厳しすぎる、と反発したこともありましたが、振り返ると、今外資系の会社で働いているのも、聖母時代に先生方が英語への興味をかき立ててくださったおかげだと思います。また、聖母時代の友人達とは今でも子どもも含めた家族ぐるみのつきあいです。母校に、心より感謝しています。

もともと外国語に興味のあったわたしが「将来は外国語を学びたい!」と強く思うようになったきっかけは、聖母での12年間で経験した様々な国際交流でした。その「想い」を「目標」にして実現させるには不安や辛いことも沢山ありましたが、熱心にご指導してくださる先生方や、いつも励まして刺激にもなってくれた友人達のおかげで、現在の進路に進むことができました。
今後も聖母で学び得たことを心に留め、さらなる目標達成のために勉学に励んでいきたいと思います。

わたしは今、京都大学の法学部で一般教養と国際法について学んでいます。大学での学びでは、自主性のある行動や自発的な思考が求められ、こういった人間的な素質は社会においても必要とされるものです。この点において、聖母女学院での12年間の学びと経験は実のあるものであったと思います。なにより、学年・クラスで一丸となって作り上げていく体育祭や文化祭、合唱コンクールでは、積極的に参加すればするほど、自分の力を発揮する場ができ、仲間との結束も固まってより大きな達成感や充実感が得られます。今、わたしが公私ともに充実した大学生活を送っているのも、聖母で培ったあらゆる人間性や社会性、そして信頼できる友人ができたおかげだと考えます。聖母女学院はわたしにとって第二の我が家のように安心して帰ってこれる場所になっています。

青春時代の貴重な時間を受験勉強ばかりに費やすのを嫌って、母が選んでくれた学校が聖母女学院でした。入学したときのことは今でもよく覚えています。桜がきれいで、夢見るような気持ちで校内にある桜並木を歩いたのを今でも思い出します。今まで方々の学校を訪ねましたが、あの正門あたりの雰囲気はほかにはありませんね。
中学生のときには、聖書の話に魅せられ、週一回、授業の前に自由参加で聖書の話を聞ける集会祭儀に通いつめていました。この聖書との出会いは、後年、西洋美術を学んだ際に、聖書が主要なテーマの西洋絵画を理解するのに大いに役立ちました。

両親や祖母の勧めで聖母を希望したのは中1の夏、北海道からの転校の折でした。カトリックの雰囲気や校風にはすぐ馴染め、今も続く良き友人にも出会えました。聖母には各自が個性や興味によって選択し挑戦できる様々な「参加」の機会があり、ボランティア活動も私がその一つとして出会ったものでした。初めての老人ホーム訪問で大きく心動かされ、以降、色々なボランティアに学生時代を通じて参加することになりました。こうした奉仕の経験をはじめとし、マナー、躾といった人として、女性としての生き方の根幹にある大切なものを、教え、磨いてくれる場─それが聖母での中高時代、また先生方との関わりであったように感じます。現在こうしてモデルという仕事をする中で、よく「品格」という言葉を頂きます。聖母生として過ごす中で自然に培われた、私の生涯に渡る財産だと思っています。

英語を話すことが日常となっている現在、中学に入った頃には想像もしなかった自分の姿がそこにはあります。最初はむしろ苦手だった英語を心底学びたいと思うようになったきっかけは、在学中に経験した短期の海外語学研修です。帰国後も少人数できめ細やかな指導体制の中で私の希望がどんどん現実のものへと近づいていくのを実感しました。学習面だけでなく一人一人を大切にし他を思いやる精神に包まれた学校生活。そこで得られた大切なものをお客様のサービスに少しでも役立てようと日々の乗務に取り組んでいます。

幼少時からの憧れであった「空飛ぶ」モノに携わりたいとの思いが、航空宇宙(工学)分野への進学という形で具体性を帯びていく一方で、大学・就職の門戸の狭さに躊躇していた私の背を押して下さったのが聖母の先生方でした。成績だけを見て安全な道を勧めるのではなく、先生方ご自身が最大限の学習サポートと心からの支援をもって、私に自分の気持ちを貫くようご指導下さったのです。
夢の職場で、多忙ながらも充実を感じる現在、困難に出遭う度に今でも思い出すのが「本当にやりたいことなら諦めず精一杯やりなさい。」という当時の先生の言葉です。諦めずに精一杯やり通すという生き方─これこそが私が聖母の青春の日々に学び得た人生の宝物です。

聖母女学院での「出会い」は何より貴重なものであったと心から思います。文理どちらに進もうかと考えた時、中学時代に出会った数学や理科の先生方の興味深い授業がきっかけとなり、迷わず理系に進みました。夢を実現させるためには先生方のご協力が不可欠でしたが、聖母の先生方は授業で教えている、いないに関わらずいつも親身に指導してくださいました。勉強面だけでなく、六学年が共に取り組む学校行事は生徒全員に連帯感と達成感を与える思い出深いものでした。聖母は心のふるさとです。お世話になった方々に深く感謝しています。

私は今、大学で児童・青少年の発達心理学を主に勉強しています。その中で、聖母で送った日々のことをよく思い出しますが、私の中・高校時代は本当に恵まれたものだったと感じています。「人は皆個性を持ち、自分を表現し合うことと、他人に共感・協調することを通して生きていく」ということを、聖母でさまざまな友達と出会う中で学ぶことができました。これは、聖母の先生方が一人ひとりの個性を伸ばし、また他人を思う気持ちを育姿勢を大切にして私達に接してくださったからだからと思います。将来は子供に関わる仕事に就きたいと考えていますが、それも聖母で過ごした6年間があってのことです。聖母は私の原点です。

音楽が好きだった私が「教師」を志すきっかけは聖母の学校生活の中にありました。クラスが一丸となってひとつの音楽を作り上げる合唱祭のあの一体感や達成感は今でも昨日のことの様に思い出されます。
音楽祭だけでなく、様々な行事やクラブ活動、日々の授業の中で切磋琢磨しあって得た仲間は、今でもお互いに支え合うことのできるかけがえのない存在です。優しく温かな心につつまれた環境で、一人一人を大切にし豊かな人格を育てる、そんな中で私たち仲間は成長しました。聖母で学んだ大切なことを、大好きな母校で生徒たちにしっかりと伝えていきたいと思っています。