学校BLOG
2026.05.19
中2学年会にて
さて、先日、中学2年生の学年会で、「愛とゆるしと信じること」をテーマに校長先生がお話をしてくださいました。
お話の内容を、みなさまにお伝えしたいと思います。
アダムとイブが最初に神から造られたことは、聖書の最初に載っている『創世記』の最初の4ページ目まで読めばわかります。
このことは、聖書を読んだことのない日本人でも多くの人々に知られています。
しかし、聖書の世界での最初の兄弟がカインとアベルという兄と弟だったことはあまり知られていません。
10年ほど前のフジテレビ系ドラマ『カインとアベル』の方が、皆様方にも馴染みがあるかもしれません。
聖書の『カインとアベル』の話を読むと、人間はある観点から、二種類に分類されることがわかります。
カインの末裔と、そうでない人々ということになるのだと思います。
先ほども申し上げましたように、聖書の世界では、カインとアベルは人類史上初の兄弟です。
この兄弟に悲劇が起こりました。同じように供え物をしても、神様は明らかにアベルを優遇し、カインには冷たかった。
それを妬んだカインはアベルを殺してしまったのです。
もちろんこれは神話なのでしょうが、聖書をそのまま読めば、人類史上初の兄弟において、すでに殺人が行われたということになります。
そして、カインは神様から「今、お前は呪われる者となった。」(創世記4章11節)と言われ、
続く12節では、「お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」と宣言されます。
すると、カインは神様に言います。
「わたしの罪は重すぎて負いきれません。
今日、あなたがわたしをこの土地から追放なさり、わたしが御顔から隠されて、地上をさまよい、
さすらう者となってしまえば、わたしに出会う者はだれであれ、わたしを殺すでしょう。」(13・14節)と。
弟を殺したカインは地上をさまようことになるわけですが、その途上で出会う人に自分が殺されてしまうことを恐れるのです。
続く聖書の箇所(15節)によれば、そんなカインに神様は、「君を殺す者は、だれであれ7倍の復讐を受けるであろう」と言い、
カインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられたのです。
なかなか複雑です。
神様は、カインを楽園から追い出し、さまよい、さすらう者としました。しかし、殺されないようにしるしをつけたというのです。
この箇所は、神様のあわれみを表すとある神父様から教わった記憶があります。
私もそのように読んでいます。人は基本的に殺されてはいけない存在なのです。
神様が最も大切にされたものはいのちです。
神様はどんな罪をおかした人間も生かし、刷新されようとする方です。
しかし、見方を変えると、これはなかなか厳しいことです。
罪をおかした人がどんなに罪悪感に苦しんでも生きなければならないと神様は定めておられます。
そして、それは万人にあてはまります。
罪には、大罪の他に、思う罪、言葉の罪、気づかない行いの罪、鈍感であったために行うべきことを行わなかった罪、挙げたらきりがありません。
罪をおかさずに生きてゆくことができる人はいません。
どんなことがあっても人は生き続けなければなりません。
自分にはもう生きていく価値はないと思っている人も生きなければなりません。
そして神様は、人に、その日一日生きてゆけるだけのお恵みを毎日毎日与えてくださっています。
それがカインに刻んだしるしなのかもしれません。
神様が、これからさまよい続けるカインに刻んだというしるし。
手塚治虫氏の名作マンガ『旧約聖書物語』では、それは、額の真ん中に刻まれています。わかりやすいです。
しかし、そのしるしは、実は、愛(=人を生かすいのちの息吹)という形で人の心の奥深くに隠れて下さった神様ご自身なのではないでしょうか。
神様は共にいて下さいます。
カインが護られるために刻まれた刻印が、すべての人々に刻まれていることを忘れずにいたいと思います。