香里ヌヴェール学院
校長からのご挨拶

本校は1921年に、メール・マリー・クロチルドをはじめとするヌヴェール愛徳修道会のシスター7人が、フランスから船に乗り、40日間かけて、神戸の港に到着したときから始まります。今から100年以上の前のことです。その頃のヨーロッパの人たちにとって、日本という国は、いったいどんな国なのかわかっていませんでした。ただ、ヨーロッパで知られていたことは、日本という国には、フランシスコ・ザビエルという宣教師が1549年にキリスト教を伝えたにも関わらず、すぐに禁教令が出て、大勢の殉教者がヨーロッパの人たちにも知られるほど、たくさんいたということと、その後250年もの間、キリスト教信仰が禁止されていたことにも関わらず、神父様もいない、教会もないという中で、ひそかにカトリックの教えを守り抜いてきた人たちがいるということでした。
ヌヴェールのシスター方は、そんな日本に行きたいと思いました。カトリック教会として日本にシスターを送り出したいと決まったとき、200人ものシスターが日本に行くことを志願したといいます。
そんな中で、先ほど述べたメール・マリー・クロチルド他、総勢7人のシスターが日本に派遣されることが決まりました。100年以上前、40日間の船旅は、必ずしも安全ではなかったでしょうし、嵐や海原での強烈な陽ざしなどが、シスター方を大いに苦しめたことでしょう。それでもシスターたちは、日本に行きたいと思いました。どうしても行きたいと思ったのです。
どうしてでしょうか。それは、どうしても伝えたいことがあったからです。命がけで伝えたいことがあったからです。そして、それを日本で学校を作ることによって、若い人たちに伝えたいと思った。
そのような使命から、神戸の港に到着してから2年も経たない1923年、香里ヌヴェール学院の原点である聖母女学院を大阪の玉造に作ったのです。
それから9年後の1932年に、学校は、ここ香里の丘に移転してきました。
その後、日本は戦争、それに伴うシスターたち当時の敵国外国人への抑圧、貧困や不況など様々な困難の時代に翻弄され、フランスの修道会設立の学校であるこの学院もその影響を大きく受けました。学校教育を断念しなければならないような危機にも何度か見舞われました。
それでも、この学校を続けて来られたのは、この学院に在籍してきた生徒たち、卒業生、保護者の皆さん、地域の方々、教職員の献身的な理解と協力の賜であることはいうまでもありません。しかし、それだけでは学校というのは続けることはできません。
何があったから私たちはここで教育を続けられてきたのか。それは、この学校には使命があるからです。その使命とは、冒頭で述べた100年以上前にフランスからやってきたシスター方7人がどうしても伝えたかったことを、伝え続けるということです。
伝えたかったこととは何か。そして今もなお伝えていること。それは、「すべての人は神の前に尊い存在である」。このことです。「すべての人は神の前に尊い」。これは喜びであり、最高に良いお知らせです。グッド・ニュース。これを「福音」といいます。
最も大切なことは、まず、最初に神様の方が私たち一人ひとりをよくご存じで、幸せになってほしいと願われ、共に喜び、共に悲しんでくださっているということです。私たち人間は塵のようなものであるけれど、神様は、そんな自分と、そんな私と、共に喜んでくださり、共に悲しんでくださる。神様は私たち一人ひとりの人間を例外なく尊い、大切な存在であると考えてくださっている。
この文章を読んでくださっている皆さんも、この学院に招かれているのではないでしょうか。ですから、ここにいらしていただいて、そのことをもっと知っていただきたい。そして、香里ヌヴェール学院で、神に愛されている尊い自分と出会い、その喜びに生きる人となってほしいと願っています。
私たちもあなたと出会いたいのです。
香里ヌヴェール学院中学校・高等学校
学校長 大矢 正則