追悼祈りの集い

カトリック教会では11月は死者の月と呼ばれています。死者のために祈り、お墓参りをし、教会でミサを捧げる習慣があります。特に、1日は諸聖人の祭日、2日は死者の日、どちらも教会の交わりの中で一生を終えた人びとすべてが記念され、共に過ごした日々を思い、キリストとの交わりの中で彼らとともに祈る日です。本校では2日、全校生がベルナデッタホールに集い、死者のための祈りの集いを行いました。香里教会の赤波江神父様に神様のお話をしていただき、本校児童のご家族やご親戚の皆さまでこの1年の間になくなった方々のために祈りをささげました。

■赤波江神父様のお話

命は与えられいつかは終わります。スタートがあればゴールがあり、制限時間、持ち時間があります。「命はどこにありますか?」と子どもたちに問いかけられ、子どもたちは、考え込んだり胸に手を当てたりしていました。神父様は、命は臓器そのものであって、大切なものは見えません。命は見えなく感じるものです。時間です。一人ひとり制限時間があり、生きている間にどれだけ人のために時間を使ったかが大事です。命は1回限りです。繰り返されません。「祈りは神の引力」です。目に見えない力は否定できません。

神父様がおっしゃった言葉「命は感じるもの」「人のために時間をつかうこと」を日々の学校生活の中でつなげていきたいと思いました。

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