マリアさまに会えるかもしれんなあ♪

今日は、聖ベルナデッタのお祝い会の日でした。
全園児がお遊戯室に集まり、
ベルナデッタの紙芝居を見たり、
現地に訪れたことのある岡林先生のお話を聞いたり、
みんなで歌をうたったりしながら、
ベルナデッタさまのように、
強く優しい心がもてるようお祈りをしました

教室に戻り、自分のロザリオを手にお祈りしていると、
「ベルナデッタさまっていつもお祈りしてはったんやろ」
「だから、マリアさまに会えたんやもんなあ」
「〇〇も、マリアさまに会えるかもしれんなあ♪」
「マリアさまっていま何してはるんやろなあ」
「フランスってどうやって行くんやろ」
「あっ!タクシーとか!!」
子どもたちはいろんな想像をして、頭をフル回転。
ベルナデッタさまやマリアさまのことをたくさん考えながら、
みんなでお話できた良い時間となりました。

画像

画像

画像

画像

by 倉畑 歩美

 

知れば、知るほど

 食わず嫌い、という言葉を聞けば何を思い出しますか?

 文字通りにとれば、食べたこともないのに嫌いだという人のことですね。言葉の持つイメージとしては、思い込みが強い、先入観がある、思考が凝り固まっているといったところでしょうか。ちなみに食わず嫌いと英単語はないそうです。試しにググってみると、I hate eatingってそのままです。

 いろいろと調べてみると、prejudiceという言葉にたどり着きました。こちらは直訳すると【偏見】という意味です。なるほど、思い込みが強い、先入観がある、思考が凝り固まっている、というのを【偏見】というのですね。

 知らないことでも、初めてのことでも、先入観をもたずに取り組んでみたいものですが、なかなかそうはいきません。食べてみれば美味しいのに、やってみればおもしろいのに・・・・知れば知るほど・・・すればするほど・・・という言葉もあります。

 歴史や伝統という言葉は大切にしなければなりませんが、どうしても先入観や思い込み、変わることないステキな慣習が邪魔をするのです。

 前にも書きましたが、それは脳の特性でもあります。変化という刺激にはストレスが伴いますので、なるべく変化を嫌うのだそうです。楽な方へ楽な方へと進んでしまうのも脳の特性といえばそれまでですが、変化もしなければ、進化もしません。

 できるかもしれない・うまくいくかもしれないという【楽観性】は、OECD2030で示されているキーワードの一つです。幼児期は大人ほど偏見メガネを身につけていないので、この時期にこそ果敢に挑戦し、何度も失敗しながらも、安心してチャレンジできる環境でありたいと思います。そのためにも私たち自身がそういう環境でありたいものです。

 今ごろになって気づいた事ですが、自分の偏見は自分で取り除けますが、他人様の偏見はどうすることもできません。

 聖書では、他人の目にあるおが屑は見えるのに、自分の目の中の丸太には気づかないのか、偽善者よ、まずは自分の丸太を何とかしなさいと教えています。

 やはり子どもから学ぶしかないようです。

by 田中 圭祐